弦の音
ニーニャと犬たちは気配を消して森を進む。
雪に足跡を残しながら。しばらく進むとニーニャは手で犬たちに止まるように指示を出してボウガンを構える。
ボウガンで狙う先にはイノシシが土に顔を入れ何かを食べている姿が遠目で見える。
ボウガンの射程距離の外だ。
しかしニーニャはボウガンを構えたまま狙いを定める。ボウガンの矢の矢じりに風が纏わりつき、ニーニャは引き金を引いた。
弦の弾ける音と共に矢じりはイノシシの頭を貫いた。刺さるのではなく貫いたのである。
それと同時に犬たちは駆け出す。
「え?」
りょうが驚いて小さく声を漏らす。
「うふふん♪驚いた?」
ニーニャが得意気にニンマリと微笑んだ。
「あの距離をボウガンで?…魔法?」
ニーニャはコクりと頷く
「エルフの弓は凄いのよ」
うふふん♪と自慢げに語るニーニャは少し大人の魅力を漂わせていた。最近のニーニャの成長が著しい。
「凄いよ!猟師だからこそわかる凄さだよ!」
普段より興奮気味のりょうは尊敬のこもった言葉をかける。
「こういう事も出来るのよ」
ニーニャはまた違う方向性の木に向かいボウガンを2回弾く。しかし放たれた矢は木を避けてうねるように飛んで行く。
そしてソルとレオがその方向へ走り出す。
ファルカがイノシシの血抜きをして内臓を取り出して収納しているのが視界の端を過る。
矢は木々を避けて二頭の鹿の頭を貫いて来た。犬たちは仕留めたのを確認した後に矢を拾って来てニーニャに渡して頭を撫でて貰っている。
「ずっと練習していたの」
「エルフって凄いんだな!みんなこんなに凄いのか?」
「ううん、これは死んだおかあさんの魔法なの」
どうやら母親が亡くなる前にニーニャに教えてくれたらしい。母親は左手の筋をケガし、狩りが出来なくなったらしい。
「ケガさえ無ければ餓えて死ぬ事もなかったはずなの…だからりょうに出会って狩りの腕を見たときは驚いたのエルフの女は狩りの出来る男に弱いのよ」
うふふん♪と次々にボウガンの引き金を引くニーニャは本当に楽しそうで綺麗だった。
幼さは残るがエルフのニーニャは美しかった。
あっという間にニーニャが放つ矢は、30頭ものイノシシと鹿、アナグマを狩っていた。
そこで遠くで雪なりと木の折れる音が聞こえた。
「何かいるわ!」
ニーニャがボウガンを素早く構え魔力を大きく纏わせている。
りょうには既にわかっていたようだ。
冬眠をしなかったヤツをりょうの感知は最初から捉えていた。
「何だ?あの生き物は?大きい!」
ファルカが嬉しそうに、ウズウズと剣の柄に指を這わす。
「ヒグマだな」
「魔物?」
「いや、動物だよ…ただ危険なくらい強いよ」
りょうはニーニャに気をつけてと目配せする。
犬たちも警戒態勢だ。
「やってみる」
ニーニャはモコモコに回り込ませて熊の注意を引き付ける様に指示をする。
魔力を大きく纏わせている矢を弾き出す。
確かに頭を貫いたはずのヒグマがニーニャに向かい四足で走ってくる。
モコモコがヒグマの首もとに噛みつき仕留めようとしているが…噛みつかれたまま2メートルを越える巨体は止まらない。
後3メートルという距離でニーニャは2本目の矢を弾き出し脳天から体内まで矢が埋まり、あと1メートルの所でヒグマは止まって動かなくなった。
ニーニャの額に汗が伝う。
「よくやったな!」
りょうが声をかけるとニーニャの表情が緩み、ヘナヘナとしゃがむニーニャ
「なんなの?!頭を貫いてからも襲ってくるなんて~!」
山の中にニーニャの文句が響く事はなく、雪に吸い込まれていく。
「凄まじい生命ですね」
ファルカが冷や汗をかきながらニーニャに寄り添い引き起こす。
「この熊を狩れたニーニャはもう一人前の狩人だ」
りょうは絶対防護結界を出す手前で仕留めきったニーニャに尊敬の眼差しを向けている。
「びっくりした~!」
ニーニャはりょうに抱きついて安堵の笑みをりょうに向けた。
「今日は熊パーティーだな」
三人と犬たちは家に向かって歩きだした。
ニーニャはりょうにくっついたままで寄り添うように歩く。
「ねぇ、りょう!今日のわたしどうだった?」
「いや、本当に凄かったよ!特にあの曲がる矢!かっこ良かったなぁ!あの2本の矢が生き物のようにうねりながら木を避けて飛んで行くの!どうやったんだ?」
あの時の興奮を思い出したのかりょうが食い入り気味に質問をしている。
「あれはね、風の通り道を標的まで作ったの。あの道に通せば必ず標的まで届くわ」
「マジか!すげーな!」
りょうが少年の眼で語るのは珍しい。
「ボウガンだと2射が限界だったけど、おかあさんは同時に3本ずつ連射出来たの」
珍しくニーニャも亡くなった母親の事を語ってくれている。森がエルフの血を騒がせるのだろうか?もしくは弓が?
ニーニャは母親の話を続ける。
「秘密なんだけどおかあさんはね、森から来た古いエルフなんだって。お父さんはみんなと同じ新しいエルフだけど、おかあさんは違うらしかったの」
ニーニャから初めて聞かされる親の話し。
森から来た?どういう事なんだろうか?
ニーニャは続ける。
「この弓の魔法も古いエルフの魔法なの、お父さんは使えなかったみたい。お父さんはおかあさんの方が強かったって言ってたの。わたしはおかあさんに似たらしいわ。すごいでしょ?」
獲物を狩った興奮のままニーニャは続ける。
「最後の時に、お父さんは獲物をとりに本当はおかあさんの村に行きたかったらしいんだけど…迷いの森はアルカディアに連れて来たみたい」
少し悲しげな眼をしたニーニャだが、りょうの眼をしっかりと見つめてから
「でもりょうに会わせてくれたから今は感謝しているの」
そう潤んだ眼で言った後、ニーニャは踊るように前に駆け出し振り返る
「大好きよ、りょう」
そこに普段の幼いニーニャはいなかった。
りょうの眼には美しい幼さを残した女の姿が映っていた。
冬の暖かな日差しが木漏れ日となりニーニャを美しく照らしていた。




