ノトス視察の夜に
ノトスでの視察は想像以上のものになった。
リディアは当初の不安であった、王国からの配給品が喜んで貰えるのだろうか?という悩みも、
男爵の
「肉はたくさん手に入る様になったが穀物や塩が不足しがちなのです」
という話で解決した。ましてや砂糖のような嗜好品は本当にありがたいと喜ばれた。
食糧の配給の予定が、まさかのウォーターリザード三匹を八割引で購入でき、これの差額を今年の徴税とする旨をグレオール男爵に伝えると泣いて喜ばれた。
滞在中の宿はグレオール男爵邸に招かれた。
邸宅では男爵夫人が
「長旅の疲れをしっかりと癒して貰えるようにいたしましょう」
「「「かしこまりました」」」
メイドや料理人たちが張り切って返事をする。
「本日はりょう様よりお土産に頂いたオーク肉を使い腕を振るいましょう!先ほど来られて頂いた海の魚もたくさんございますので」
料理長は楽しそうに報告をする。
「りょう殿にはいつもお世話になりっぱなしで、どう恩返ししたものか…」
「でも、ありがたいですわね」
グレオール男爵は夫人と見つめ合いながらしみじみ語った。
しばらく経ち日が落ちてきた頃
「リディア王女殿下。夕食のご用意が整いました」
今日の食事は大人数のため、バンケットホールで行われる。リディア王女と騎士団長、徴税官は主賓席でグレオール男爵夫婦と一緒に食事を取る。
子供たちは成人前なので別室で食べるようだ。
「本日は珍しい食材が手に入りましたのでお楽しみ下さい」
「まあ、ウォーターリザードでしょうか、私も先ほど運良く購入させて頂いたのですよ」
グレオールの妻のセリシアとリディア王女が楽しそうに歓談している。
「お口に合えば良いのですが…」
「我々も先日初めてウォーターリザードを食べることが出来ましたが、何とも言い表せない極上の肉でした」
「ノトスに入ってからは驚きの連続です」
グレオール男爵は男性たちと歓談しているようだ。そこに前菜が運ばれてきた。
「こちらは前菜のサラダ仕立てのアジのカルパッチョでございます。食材とレシピを提供頂いたのでノトスでも初めてのメニューでございます」
「まあ!美しいお料理ですわね。こちらは生魚では?」
美しく盛り付けられたカルパッチョを前に、食べたことの無い生魚に一同は驚きを隠せない様子。
「今朝採れたての新鮮な魚だからこそできる料理のようです」
リディア王女の毒味役の側仕えが恐る恐る食べる。あまりの美味しさに笑顔になる側仕え。
「姫様…どうぞ」
毒味を終えリディアの前にカルパッチョが出される。ゴクリと喉を鳴らしたのち、リディアは覚悟を決めてナイフとホークで食べ始めた。
「……あら!………まあ!何てことでしょう!」
語彙が乏しくなるほど美味しかったのかもくもくと食べていた。
騎士団長や徴税官達も
「なんと!魚がこれ程美味しいとは…」
「我々が食べる魚と言えば川魚…これは違うのか?まったく泥臭くない…」
「お口に合いましたでしょうか?」
心配しながら尋ねるグレオール男爵に満面の笑顔で王女殿下や家臣たちが答える
「このように美しく美味しい料理は初めてです」
「まさに至高の一皿でした」
そこに給仕が次の料理を持ってくる。
「チキンスープのふわふわ卵落としでございます」
「「「卵ですか!」」」
やはり王都であっても卵は貴重な食材のようだ。
「はい、じっくりと鶏ガラを煮だしたスープに卵をふんだんに溶き入れたものでございます」
「………」
毒味役の側仕えは早く早くと待ちわびている。プロ意識が負け始めているようだ。
「なんて濃厚なスープでしょうか?そしてこのふわふわ卵………失礼しました。姫様…どうぞ」
そして、食卓には濃厚な旨味あふれるスープとふわふわ卵を堪能し、備えだされたパンをかじりながら至福の表情に満たされた。
「続きまして、こちらはサバのポワレ、トマトソースがけでございます」
次々と出てくる料理にリディア王女は驚愕した。
「まだ出るのですね…王宮での食事を超えているのですが……もぐもぐ…なんて美味しいのでしょう…皮はパリッと身はふっくらで噛むとじゅわっとあふれる旨味…このトマトソースというソースの程よい酸味と旨味が……ああなんてことでしょう」
リディア王女はもはや料理評論家のごとくいかに美味しいかを表現しながら食べている。
「続きまして、こちらはオーク肉のステーキガーリックソース仕立てでございます」
「「「オーク肉!!!」」」
「………男爵!素晴らしいお料理ばかりですがこれ程の高級食材をいったいどの様に…?」
「いやはや、ちょうど偶然手に入りまして」
「そうそう手に入れることのできる食材ではございせんよ!お教え頂けないでしょうか?」
「………むむむ……」
黙り込む男爵にどうしても知りたい王女。
「王女殿下、このノトスは迷いの森に隣接した領地です。よって強い魔物がうようよいるのです。単純に今までは倒せなかった強い魔物を倒せる者が現れたと言うことです」
「……倒せる者?」
リディア王女が興味深そうに聞き返す。
「はい」
「いったい、どなたなのです?」
その問いに、グレオール男爵は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「それは……」
「男爵?」
「……私から申し上げるより、ご本人から聞かれた方がよろしいかと」
「ご本人……」
リディア王女は首を傾げる。
その横では騎士団長も、徴税官も、どこか苦笑いを浮かべていた。
「それほどの方なのですか?」
「ええ」
男爵は静かに頷く。
「少なくとも、私どもノトスにとっては、命を救っていただいた恩人でございます」
「……」
リディア王女は、目の前に並ぶ料理を見つめた。
新鮮な魚。
貴重な卵。
見たこともない調理法。
そして、王都では滅多に口にできない魔物の肉。
それらすべてが、まるで当たり前のようにこの食卓へ並んでいる。
「……その方は、一体何者なのでしょう?」
リディア王女の小さな呟きに、誰もすぐには答えなかった。
ただ、料理長だけは厨房の奥から次の皿を運ぶ準備をしていた。
「次の料理をお持ちいたします」
「……まだあるのですか?」
リディア王女が思わず呟く。
料理長は満面の笑みを浮かべた。
「もちろんでございます」
リディア王女は、思わず椅子に座り直した。
………ノトス。
この街には、まだ自分の知らないものが山ほどある。
そして、その中心には。
一人の男がいるらしい。
時間を少し前に遡る、リディア王女と騎士団にウォーターリザードを売ることの出来たりょうは上機嫌で男爵邸に向かった。
「こんにちはー!」
「これはりょう様」
セリシア夫人が出迎えてくれた。屋敷の中はドタバタとパニック状態である。隅では料理長が頭を抱えて震えている。
「これはどうされたのですか?」
「実は…ノトスに王女殿下御一行が視察に来られたそうなのですが、滞在中はこちらの領主館に滞在されるのですが…お料理など王家の方にだせるメニューも素材も無いのでございます…」
セリシア夫人は料理長を見ながら涙目だ。
「ああ、ちょうど良かったです。お土産たくさん持って来たので、ついでにレシピとお料理の仕込み教えながら手伝いますよ」
料理長が顔を上げズイズイと近づき足にしがみ付いた。ちょっと怖い。
「りょう様ー!ありがとうございます!本当に…本当に…」
オッサンの上目遣いは違う意味で破壊力満点であった。鳥肌がすごい…
「味見は妾に任せるのじゃー!」
でーん!といつものポーズでルシェがふんぞり返る。
厨房に移り、調理開始して味見という名の昼食を食べて帰宅した。明日も来て欲しいと懇願されたので仕方なく了承した。
そして今である。
バンケットホールの中は美味しい食事を堪能する面々と疑問を胸にしたリディア王女の姿と食事にがっつく毒味役の側仕えの姿があった。




