知らなければいけない事
少し前の王都
長く続く冬の寒さは城壁の中に容赦なく入り込んでいた。王城の謁見の間では
「国王陛下、発言をお許し下さい」
「発言を許す申してみよ」
書類を抱えた文官が王への陳情を伝えようと、決死の覚悟で顔を上げた。
「4年前より始まった飢饉により、年々減り続けている税収ですが…更に前年比で6割減となっております。食糧に到りましては王都への納入が9割減…このままでは王都が、食べるものが無くなります」
毎年報告を上げていたにも関わらず、財務大臣や農林大臣などの上位貴族の派閥に潰されて来た報告。もう限界だと命懸けで陳情を述べる文官を、ゴミをみるような目でにらむ上位貴族たち。
何の対策も取らずに「余計な事を…」と文官を睨み付けている。
王国では4年前から飢饉が続いている。
しかし、各領地から食糧を集め、王都へ優先的に運ばせることで、王都の中ではその深刻さが見えにくくなっていた。
「飢饉じゃと?4年…?」
「はい…」
「大臣達よどうなっておるのじゃ!ワシには何の報告も入っておらぬぞ!」
「はい!そのものの戯れ言かと…」
この期に及んでもシラを切ろうとする大臣や上位貴族たち。
「各地の報告では、餓死者が増え続けています」
「…4年もの期間じゃぞ?」
「はい」
「バカもの!」
王の一喝で謁見の間の空気は凍りついた。
あわててに平伏す家臣たち
「申し訳ございません!国王陛下に要らぬ心配を掛けまいと…」
「その言い訳が通じるのは4年前までだ!お前たちの処分は全ての収集がついてからの後だ!このままでは連座は免れぬぞ!」
宰相は鬼の形相で怒鳴り付けた。
「これからの行いで連座が免れるかもしれぬから死ぬ思いで挽回せよ!」
王は冷たく放つ
「陳情を上げたこの者の命や家族、使用人に至るまで何か不慮の事故があろうものならお主らの連帯責任とする!先ずは視察団の編成と食糧の配給を致す!民あっての王国ぞ!」
国王はすぐさま指示を出す。
怯え震える家臣たちは動けなくなっていた。
周辺の領地がどれほど苦しんでいるのか。
どれほどの民が飢えで命を落としていたのか。
王都に住む者たちは知ることがなかった、
いや………
正確には知ろうとしなかった。
冷えきった空気と緊張の中、鈴がなるような綺麗な声が響き渡る。
「失礼致します」
入って来たのは王族の一人だった。
銀色の髪。
細身で穏やかな顔立ち。
第三王女である。
「私にも各領地からの報告書を見せてください」
「姫さま…」
文官から報告書を受け取り真剣に読む姫は、ため息とともに言いはなった。
「この内容からみるに、魔の森に隣接しているノトス領の被害が一番甚大ですね。1000人規模の受爵したてのノトス領…4年で900人の餓死者…貴方たちは何の手も差し出さなかったのですか?それをもみ消すとは………ひどいわ」
「ひっ!」
穏やかな顔立ちの王女の眼差しはもはや凍てついたものに変わっていた。
「お父様!いえ、国王陛下。私も視察団に加わり実際の王国をみて参ります。……そして手をさしのべなかった事を詫びたいと思います」
「なりません!現在の各領地は危険過ぎます。街道も整備されておりませんし、野党や魔物も増え続けています。危険でございます」
宰相があわてて引き留める
「いえ、私はそれでも行きます」
王女は静かに言った。
「私は、いや、私たち王族は知らなすぎるのです」
その覚悟に誰も口出しは出来なくなった。
「そうか…行ってくれるか」
「はい」
「では王命を下す!」
そうしてノトス方面の領地視察団として第三王女
一行が設立された。
数日後、真冬の雪のなか王都を出た一団はノトスに向かって出発した。
最終地点のノトスまで約20日~25日の長期的視察団は街道を進んでいた。
王家の紋章を掲げた馬車。
その周囲を護衛する騎士団たち。
そして税務官たち。
その一団の中に第三王女もいた。
形式では納税として回るのであるが、王女の采配で免除を言い渡すのも第三王女の今回の務めである。
「……静かですね」
馬車の中から外を眺めながら、王女が呟く。
村がある。
しかし、人の姿が無い。
王都から離れる毎にそういった村が増えてくる。
真冬もあってか畑には雪が積もり、荒れている。
家屋のなかには人が住んでいないように見えるものまで増えてきた。
「この村にももっと人が住んで賑わっていたのでしょうか?」
「……はい」
税務官が答えた。
「ですが昨年の冬を越せなかった者が多く…」
「そうですか…」
王女はそれ以上聞かなかった…
いや、聞けなかった。
更に進む。
「これよりクラート領に入ります。この領地は2500人規模の小領地ですが、昨年の報告書では中々頑張っていた領地です」
少しでも明るい報告を王女の耳に入れようと税務官は王女に報告をする。
「そうですか、何とか耐えていてほしいです」
しばらく進むと村があった。
しかし、村には人の気配がまったくなかった。
薪も積まれていない家、所々に見える人骨…
「……どうして…」
止められるのを制して馬車を降りた第三王女が人骨のそばに跪く。
「せめて弔いを…」
騎士団たちに王女が命じる。
その日はこの廃村で夜営となった。
城では食事が出ていた。
常に暖炉には薪がくべられ、厨房からは料理の香りがたち、用意される暖かい料理に暖かいお風呂…
それがあたり前だと思っていた。
けれど…
この景色を見れば、それがあたり前でなかったのだとわかる。
「姫さま」
向かいに座る税務官が重い口を開く。
「ノトスはこれ以上かもしれません」
「それはどのような」
「昨年の報告書でみていただいたように元の1000人規模から900名の餓死者…去年のお話しでございます…」
王女は息をのむ。
「今は...」
「わかりません…もしかすれば」
「私たちは遅かったのかもしれませんね…」
苦しそうに胸を押さえる王女。
「……それでも…私たちは行かねばなりません!見ないと、知らないとならないのです」
王女の決意に皆も姿勢を正す。
「クラートに到着いたしました」
比較的に大きな街並み、税務官の報告通り栄えていたのであろう、しかし、街の門には騎士もおらず中に入っても静寂が訪れただけであった。
領主の館からは煙が上がり人の気配が感じられた。領主館に到着した所。出てきたのはボロボロの衣服で出てきた貴族たちだけ。
話を聞くと「数ヵ月前に朝起きたら誰も居なくなっていた」と口々に伝えてくるだけで、もはや精神的に不安定過ぎて会話にすらならない状態であった。
「これも我々王族のせい……」
涙を流しながら物資を分け、クラートを離れノトスに向かった。
ボン男爵一族は王族の御前であっても物資の奪い合いを始めるほどに困窮していた。
そこからの第三王女は責任を感じ塞ぎ込み話さなくなっていた。
進む。
村が見える。廃村。弔う。
進む。
村が見える。廃村。弔う。
進む。
野盗に襲われる、騎士団が取り押さえる。
正体を確かめると、元クラート領の騎士団の残党…
夜営を行い、食事を取る。城で食べるような料理ではない。携帯食で味気もない。
しかし、各領地の民たちはこれすら食べれなくて死んで行った。
覚悟はしてきた、でもこれほどとは思っていなかった。第三王女はノトスももはや…と塞ぎ込み食事を取らない日が出てきた。
「姫さま、これよりノトス領に入ります…」
「…わかりました。覚悟は決めました」
強がりではあったが第三王女の目には強い光が灯されていた。
進むと最初の村が見えてきた。
「姫さま村に到着いたしました」
騎士からの報告の声が明るい。
馬車から外を見るとそこには、眼を疑うように賑やかな村があった。
第三王女の目には大粒の涙がたまってこぼれた。
「生きていてくれた……ありがとうございます……」
村に入ると盛大な歓迎を受けた。
村は決して栄えている訳ではない、しかし子供たちは笑って駆け回り、目にはいる家からは暖炉の煙が立ち上る。偽りの無い笑顔や精気に満ちた目には希望が宿っている。
「私は夢でも見ているのでしょうか?」
と驚きと喜びに満ちた第三王女の鈴のような声
「夢ではございません…姫さま…」
騎士団の者たちの目にも光るものが見えた。
「「「王女殿下、ようこそノトス領へ」」」
歓迎の宴が開かれ、肉の焼ける良い匂いが村を満たした。
「肉ですか?」
「はい!こちらは先日、ノトスから配られたレッサーウルフとなんとウォーターリザードの肉にございます」
「どういうことだ?ウォーターリザードなんて城でも出ない高級肉だぞ!」
「そうなのですね!我々も初めて食べる物なので先ずは王女殿下にと思いまして」
にこやかに高級肉を差し出す村人たち。
「私たちよりも皆さんが食べてくださいませ」
第三王女は自分たちは我慢して差し出して来たのだと思い、断ろうとする。騎士団たちは残念半分、その通りだと言う気持ち半分で会話を聞いている。
「王女殿下、配られた肉が早く食べないと干し肉にしないと駄目になりそうなのです。遠慮せずに召し上がってください」
「え?」
大量の肉を見せる村人たち。目を点にさせる第三王女。それではと食べたウォーターリザードの肉に舌鼓を打つ第三王女と騎士団であった。
「なんて柔らかく旨味が口内を満たします。溢れる肉汁は最高に美味しゅうございますね」
王都を出て18日、久しぶりに食べる精肉に感動を覚える王女一行。
「なんて柔らかくうまい肉だ…」
「ああ!俺はこんな高級肉食べたの初めてだぞ!」
「家族に自慢出来ますね!美味すぎます」
騎士団や税務官たちは大興奮でがっついていた。
その一行の中に一人王女とは違う目線を向けメモを取る女がいた。
「ノトスには食糧がある…いったい何処から…」
同じ頃。
ノトスから遠く離れたアルカディアでは……。
「おーい!ごはんだぞー!」
「クゥ~ン」
「「「わんわん!」」」
とモコモコたち子犬たちがりょうの足元にじゃれつく。
「はいはい!わかった、わかった!ほら今日もウォーターリザードの低温調理肉だぞ!」
ガツガツと食べるワンコたち。
「お前たち、ウォーターリザード好きだな、いっぱいあるから沢山お食べよ!」
「クゥ~ン」
嬉しそうに尻尾を振るモコモコのお皿におかわりを入れてりょうは自身の研究に戻るのであった。
「あともう少しなんだけどな~」
「パパ!まだやっておるのか?」
畑で取れたスパイスを並べて調合をするりょうにルシェが興味津々で聞いてくる。
「んー!そうなんだよ、惜しいところまで来ているんだけどな~」
「パパの作るカレーは美味しいからの!頑張るのじゃ!」
「よーしカレーの道も一歩から!頑張るぞ!」
「おー!なのじゃ!」
「肉は多めが良いのじゃ!」
「バランス良くなー!」
「なぜなのじゃ!」
その横では、モコモコが大きなあくびをしている。
本人――いや、神獣本人は、自分が何者なのかなど気にする様子もない。
今日もアルカディアは平和だった。
ただ――。
その平和な場所へ向けて。
まだ誰も知らない視線が、少しずつ近づいていた。




