5-3 知らない人が見たらサチカは凄い使い手に見える
(ふん、ふん……そろそろ来るかなあ……チンピラかごろつきか……)
ニヤニヤと笑みを浮かべながら私は教会に向かって歩いていた。
少しずつ周囲の治安が悪くなっているのを感じながら、私はゾクゾクするのを感じ取る。
(ああ、やっとこの世界で男にありつけるのか、私は……)
思えば折角この『貞操逆転世界』に来たのに、私は一度も男の体を抱けなかった。
ブラス王子はどこか私のことを誤解していたし、周囲の兵士たちも理由は分からないが私のことを『優しい聖女』とかほざいており、手を出すものはいなかった。
よくよく考えれば『王子の婚約者候補』である私に狼藉を働くような命知らずがいるわけもないのだから、当然なのだろう。
(これで私が傷物になれば、はれて私は婚約破棄って寸法だよなあ……。断罪エンドが近いなんて最高じゃんか……!)
そう思っていると、私は背後から突然声をかけられるとともに、背中にチクリとナイフが刺さる感触を感じた。
「おい、あんたがサチカだな?」
「…………」
一瞬恐怖に声を失った。
だが、彼らが今ここで『ナイフで刺さなかった』ということから、彼らの目的が私の命ではなく貞操だということは明らかだと悟る。
(うっひょお! 来た来た……!)
そう思った私は高揚感を隠しながらも答える。
「ああ、そうだよ。で、私はどこで相手すればいいんだよ?」
「……!」
ん? 急に周りの空気が凍り付いた気がする。
私は何か変なことを行ったか?
「こ、こっちだ。ついてこい」
「ああ」
そういうと男たちは裏通りのさらに奥の路地裏に私のことを案内した。
「へえ……一応ガラスは片づけてくれたんだな」
そこは完全に人通りのない、薄暗い場所だった。
なるほど。ここで私をもみくちゃにするんだな。そう思いながら私は緩む表情を隠しながら呟く。
「……ああ」
「で、あんたらの目的は分かってるさ。相手は多分……キュプラかな?」
「それを答えるつもりはない」
男たちはそういいながらナイフを突きつけながらもこちらを遠巻きに見つめる。が、すぐにこちらに襲う素振りは見せずどこか一番後ろにいる年長の中年男性の様子を伺っている。
(なるほど。『誰から私を襲うのか』を悩んで逡巡してるんだな)
だが、見たところリーダー格の中年男性も子分の若者たちもみんな私には余裕でストライクゾーンだ。誰から来ても構わない。私は子分たちを値踏みするように見つめながら、誘惑するように手招きしながら答える。
「……安心しな、全員まとめて相手してやるからさ」
「お、親分……やっぱりこいつ……」
「……もう少し待て。挑発に乗るな」
そういうと、リーダー格の男性は張り詰めたような雰囲気でこちらを睨みつける。
なるほど、見たところかなりの慎重派だ。私が暗器を隠し持っていることを疑っているんだな。だが心配ない。私は寧ろお前たちに襲われることを望んでいるのだ。
「安心しな。私はなにも隠しちゃいないぜ」
そういって私は、彼らを安心させるべく衣服を派手に脱ぎ捨てた。
そして武器を持っていないことをアピールるべく上半身裸になり、さらに抵抗しないことをアピールするべく両手を大きく振り上げ、叫ぶ。
「さあカモン! カムヒア! どこでも使いなよ!」
……だが、次の瞬間はじけるような大声でそのリーダー格の男が叫んだ。
「間違いない! 退け!」
「は、はい!」
そういうと彼らは脱兎のごとく駆け出した。
「え……あれ……?」
「やはり貴様は精霊か? 神族か? 食らえ!」
さらにそのリーダーは卵の殻のようなものを取り出し私に向かって投げつけた。
その卵は破裂すると、凄まじい目の痛みとくしゃみが私に襲い掛かる。
「う、うわ……! ぶえっくしょ! これは……催涙弾?」
訳が分からず私はしばらくの間むせて、せき込んだ。
幸いというべきなのは、次に聞こえたのはその男が猛烈な勢いで、その場を走り去っていく足音だったことだ。
……そして、視界が晴れたころには、そこには誰もいなかった。
「あ、あれ……? みんな、逃げたのか……?」
「サチカ!」
そして目の前にはブラス王子がいた。
酷く私のことを見て心配そうな表情をしている。
「セドナから聴いたんだ! 誰かがこの裏通りに君をおびき寄せたんだって!」
「誰か? ……ああ、あの侍女か?」
「いや……彼女も誰かに頼まれただけだと言っていた。そんなことより……」
そういうとブラス王子は顔を背けた。
ああ、そういえば私は上半身裸だったな。
「ひょっとして、サチカ。君は男たちに無理やり……」
「ああ、心配いらねえよ。私から脱いだんだけど、あいつらビビッて逃げっただけだから」
「……本当にか?」
「ええ、それは間違いないっすよ」
そういうと、後ろからセドナが現れて、そう答えた。
「流石に取り逃がしちまいましたが、奴さんらはサチカさんが突然服を脱ぎだしたことに驚いて逃げちまったのは聴いておりやす」
「そ、そうか……」
そこまで聞いてブラス王子はどこか安堵したような表情を見せた。
「そんなに私が先に手を出されるのが嫌なら、先にあんたが手を出していいんだぜ?」
「いや……。まだ、僕にそんな資格はないよ。それよりこれを羽織ってくれ。サチカの服、野盗どもに踏まれて泥まみれだからね」
そういうと、ブラス王子は自分のマントを外して私に被せてくれた。
「あ、ありがとな、ブラス……」
「……それにしても、一体だれがこんなことを考えた? 明らかにサチカ個人を狙うものだったようだが……」
「ちょっと待って下せえ! あそこに何か落ちていやす!」
セドナが指さした先には、このスラムのような路地に不釣り合いなブローチが置かれていた。だが、あのブローチには見覚えがある。ブラス王子はそれを見て信じられないという顔をした。
「これは……兄様の!」
「そんな……じゃあ……」
「その通りだ、サチカ」
間違いない、これはゴルド王子のものだ。
そのブローチを見ながら、ブラス王子は哀しそうな表情をした。無理もない。私に乱暴を働いてくれそうだったのは、ゴルド王子の差し金なんて思いたくないだろう。
そう思いながらブラス王子を見つめていると、彼は忌々し気に呟く。
「サチカを襲おうとした犯人の黒幕は恐らく、兄様……」
「だよな……」
「を陥れようとした、誰かだな……許せないぞ……!」
「え?」
この動かぬ証拠を見て、なぜゴルド王子が犯人じゃないと思えるのか。
一瞬私はそう不思議に思って尋ねる。
「なんでそうなるんだよ?」
「当たり前だろう? あのブローチは僕が同じものを持っている、貴重な品だ。それを落として気づかないというのはありえない」
「あ、そうか……」
「だが、いくら何でも安直すぎる。いくらなんでも、犯人はこれを見て僕が『犯人は兄様だ』と思うほど愚かだと思ったのか? こんなのに引っかかるのは、よほどの大バカ者だ」
「う……」
一瞬だが、下手人をゴルド王子だと思ってしまった『よほどの大バカ者』の私は、思わず口ごもる。
「……一体誰が、何のために……?」
「ブラス王子! どうされたんですか!?」
そう考えていると、遠くから聞きなれた声が聞こえてきた。
「急に走り出したから驚きましたわ! ……って、あれ。サチカさん?」
やってきたのはキュプラだった。




