32. 我が愛しの姫『奪還イベント』
先だっての魔獣討伐につき、改めて確認したいことがある。
そんな国王の呼び出しを受け、ロイドとレティシアは王宮へと出向く。
……本当なら、もうここにはいないはずだったのに。
三才児姿で世話になった手前、突然消えるのも憚られ……去るタイミングを決めあぐねてしまう。
相変わらずこちらを値踏みするように、国王は注意深く視線を送ってくる。
それなりに認めてはいるが、腹に一物ありそうで、正直苦手なタイプだった。
「手に持っているのはなんだ?」
「れてぃの、ねこ」
「見れば分かる。何故連れてきた」
小太りのネコは、ふん、と鼻を鳴らし、レティシアの腕の中から国王を一瞥する。
本来であれば王宮に獣を連れ込むなど……謁見の場に同席するなど、許されるものではない。
だがレティシアが珍しく我儘を言ったところ、なぜか国王から異例の許可が下りた。
「……さいきん、だれかにみられてるきがする」
レティシアは、ヴェリアルをぎゅっと抱き直す。
別に魔力反応があるわけではない。
かといって誰かに覗かれているわけでもない。
ただうまく言えないけれど、何となく見られているような嫌な感じだった。
「このこがいると、あんしんする」
国王は少し考えるが、それ以上は何も言わなかった。
ヴェリアルは薄目を開けて、レティシアを見上げる。
一番に相談したのはヴェリアルだったが、彼もまた同様に、覗かれているような気配を感じていた。
魔力も戻っているため大丈夫だとは思うが、万が一ということもある。
「では先日の一件ですが――」
すっかり顔なじみの魔法師が読み上げたところで、ドン、と衝撃音が響いた。
「て、敵襲です――!!」
大広間の外から、騎士が血相を変えて飛び込んでくる。
言い終わる前に、二度目の衝撃が来た。
今度は一度目の比ではなく、王宮がぐらりと揺れる。
そして三度目。ドォン、という轟音とともに、王宮の外壁が蜘蛛の巣状にひび割れ、砕けた破片がバラバラと床に散らばった。
王宮の騎士たちが、一斉に剣を抜く。
ロイドもまたすらりと剣を抜き、レティシアとヴェリアルをそっと背後に押しやった。
どこかで感じたことのある、濃密な魔力の気配。
……知っている魔力だ。レティシアとヴェリアルは、思わず顔を見合わせる。
怒声が飛び交い、崩れ落ちた外壁の向こうに人影が見えた。
侵入者はたった一人。
太陽を背に、ローブをはためかせながら、まるで魔王さながらに降りてくる。
「その娘を寄こせ」
呆然と見つめる騎士達を嘲笑うかのように、侵入者はレティシア達のいる大広間へと足を踏み入れた。
「ネコもだ」
なぜか太ったネコも一緒に所望し、広間に静寂が落ちる。
最近夜更かししすぎて寝不足気味のヴェリアルが、そろりと薄目を開けた。
排除しようと侵入者に切りかかった騎士達が、一瞬で弾き飛ばされる。
続いて剣を構えて突っ込むが、侵入者は一瞥すらせず、指先をスッと滑らせた。
風の刃が横薙ぎに走り、剣ごとまとめて吹き飛んでいく。
衝撃で床石が砕け、両脇の壁がひび割れる。
「すべての魔法師を呼んできてもいいぞ? 五分、待ってやろう」
王宮付きの魔法師が三人、魔法を展開しながら前に出る。
侵入者はそちらをちらりと見て、小さな虫を払うように手を振った。
次の瞬間、三人分の魔力が霧散する。魔法式を起動する前に、外側から圧壊させられたのだ。
魔力を根こそぎ押さえ込まれた魔法師たちは膝をつき、肩で息をしている。
単純な魔力量が、桁違い。圧倒的だった。
「この盗人め!!」
そしてロイドを見咎め、侵入者は高らかに叫んだ。
続けて、ロイドの背に隠れていたレティシアに目を留める。
「我が愛しの姫をお返しいただく!」
我が愛しの姫!?
突如始まった侵入者の『奪還イベント』に早くも飽きて、持参した革袋にのんびりと口を付けていたレティシアは、ぶっと水を吹き出した。
何を言ってるんだ、アイツは!?
侵入者のローブは防護布。貴重な布をこんなふんだんに使っている国は他にない。
圧倒的な魔力に、愛しの姫宣言。
見る者が見れば、魔法国に所属する魔法師だと一目で分かってしまう。
「我が愛しの姫……あの幼女が?」
国王の眉がひくりと動いた。侵入者の視線の先にはレティシアがいる。
それもこの状況で、のんびり水など飲んでいる。
魔法帝に娘はいないはず。
ただの娘ではないと気付いていたはずの国王の顔に、じわりと汗が滲んだ。
「……レティを返せだと?」
「レティ!? 愛称で呼んでいるのか……!?」
ロイドが切っ先を侵入者へ向け、真っ直ぐに対峙する。
「お前ごときが呼び捨てにしていいお方ではない!!」
ゴォッ、と風が巻き起こった。
収束した魔力が光の塊となって襲い掛かる。
ロイドは剣を一閃し、火花を散らせながら真っ二つに切り裂いた。
「ロイドだったか? こんな弱小王国の将軍ごときが、ボクに勝てるとでも? お前、気に食わないんだよ」
「レティは俺の妻だ」
ロイドの言葉に、侵入者の形相が変わる。
侵入者が腕を振るうたびに、火球が、風の刃が、次々と形を変えて襲い掛かった。
流れを読みにくい。しかも一発一発が重い。剣で弾くたびに、ロイドの腕が押し戻される。
「……すごいな。剣で魔法を弾くのか」
レティシアは目の前で繰り広げられる光景に、ほうと感嘆の息を吐いた。
ロイドは強い。それは認める。
判断も早く、魔法の動きを読む目も確かだ。
接近すれば互角以上に渡り合えるだろう。
だがいくら何でも、――相手が悪い。
距離を詰めようとしてロイドが踏み込んだ瞬間、足元の床石がパァンと爆ぜた。
飛び退いた隙に、氷の刃が飛んでくる。弾くと、次は上から火球が。
躱しても躱しても、侵入者の魔力は尽きることなく、ロイドはじわじわと追い詰められていく。
「くそ……お前、魔法国の人間だな?」
剣が届く間合いまで、どうあがいても入れない。
ロイドは歯を食いしばり、真正面から踏み込むが躱される。
魔法師達が集まり、再度攻撃をしようとしたところで、ロイドは片手を上げて制した。
「潔いな。英断だ」
侵入者は肩をすくめ、ゆっくりと右手を持ち上げた。
渦巻く魔力が、一点に収束していく。
「これで終わりだ。ロイド、消えろ……!!」
巨大な魔力が無数の氷となって、轟音とともに放たれた。
縦横無尽に伸びる氷の刃は、ロイドだけでなく、その周囲一帯を薙ぎ払うように広がっていく。
その進行方向に、――レティシアがいた。
「レティシア、隠れていろ!!」
ロイドが叫んだ。彼女を護ろうと後ろへ飛びすさりながら、小さな身体に向かって手を伸ばす。
――その時。
レティシアが、ふっと微笑んだ。
「……あんずるな」
小さな胸を張り、ロイドと身体を入れ替えるようにしてふわりと、前に立つ。
「わたしが、おまえをまもってやろう」
氷の刃が容赦なく、レティシアへと襲いかかった。






