2. 冷血将軍、即答する
「ああ、気が付いたようですね。名前は言えるかな?」
「れてぃ……」
魔法師に問われ、絞り出すように紡いだ声は、まるで幼子のようにたどたどしい。
他国の魔法師程度、通常であれば指先一本で沈めるところなのに。
この状態では攻撃するどころか、逃げることさえ儘ならなかった。
「……召喚は、失敗だな」
凍てつく眼差しでレティシアを見据えたまま、黒髪の男が歩み寄る。
無造作に歩くだけで空気がひりつき、レティシアの肌が薄く粟立った。
無意識に身構えたところで、ふと桜貝のような可愛らしい爪が目に入る。
「?」
紅葉を思わせる、ぷくぷくとした小さな手。
そろりと視線を上向ければ、男が携えた抜き身の剣に、ひとりの幼女が映り込む。
黄金の髪に、紫の瞳。
つやつやほっぺに、小さな体。
――ん?
なにやら見覚えのあるその顔に、背筋が凍る。
これは一体……まさかの、……私?
服だったものは見る影もなくボロ布と化し、どこもかしこも縮んでいる。
取り留めもなく剣を見上げる幼女の姿は、どう見ても、どう多めに見積もっても三才程度。
自分で言うのもなんだが、ついぞお目にかかれないほどの美幼女だった。
「ですがロイド将軍――」
「我々が喚んだのは、聖獣ヴェリアル様だ。この程度の魔力ではない」
魔法師の言葉を遮るや否や、ロイドはレティシアを一瞥する。
どうやらレティシアの従属獣である、『聖獣ヴェリアル』を召喚しようとしたらしい。
毎夜レティシアの足元で眠るのが常なのだが、今日に限っては身の毛もよだつような叫び声を上げながら、突如現れた魔法陣に吸い込まれそうになっていた。
足を掴んで引きずり出し、助けたところで、今度は代わりにレティシアが召喚されてしまった。
なぜ幼女になったのかは分からないが、魔力の回復には時間がかかる。
ひとまず温かな食事と、寝床がほしい。
レティシアは必死に上体を起こすと、潤んだ瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「……おにいさまたち、こわいひと?」
小さな手のひらでボロ布を握りしめ、小首をこてん、と傾げてみせる。
最強の魔法帝などともてはやされているが、実際は息をつく間もなく仕事に追われ、まともな余暇すら儘ならない。
並みの貴族令嬢であれば、夫を支え社交界に勤しみ、我が子の将来を見据えて婚約者探しに乗り出す……そんな年頃だというのに。
最強・社畜・行き遅れ――。
つまりは、とうに成人済みの二十五才だった。
「ふぇ……お、おこって……る?」
「大丈夫、怖くない。それに怒ってないよ」
最高傑作のネコ被りを披露した結果、一番に釣れたのはレティシアを召喚した魔法師だった。
さぁおいで、と申し訳なさそうに手を差し伸べる。
だが次の瞬間、ボロ布の隙間からレティシアの腕がのぞき、魔法師がぎくりと動きを止めた。
「……ッ、これは……?」
焼けただれた痕に、鋭利な何かで切り裂かれたような線。
魔獣の噛み痕のような、――いびつな窪み。
とっくの昔に塞がった古傷ばかりだが、その数は目を背けるほどにおびただしく、三才児の身体にあっていいものではない。
「陛下。少ないながら、この子には魔力があります。欲しがる貴族も多く、攫われて奴隷にされていたのかもしれません」
魔法師がそろりとレティシアの袖をまくると、凄惨な傷跡が露わになり、国王が眉根を寄せる。
「まったく潰してもキリがない。そろそろまた、本格的に取り締まらないといけないな。……ロイド。お前の母は大変な子ども好きと記憶していたが……?」
「はい。少々行きすぎたところはありますが、間違いありません」
王宮を訪れる度、はぁはぁしながら他家の子どもを愛でていた前辺境伯夫人。
実の息子ロイドが思いのほか逞しく育ってしまったため、可愛い孫で中和したいと嘆いていたのは、この場にいる誰もが知っている。
国王は思案するように目を伏せた後、ふむ、と小さく呟いた。
「ではロイド。その娘を、お前の妻にせよ」
――は?
レティシアは耳を疑い、思わず脳裏で繰り返す。
「帰すことも難しく、この容貌だ。神殿に目を付けられたら厄介なことになる。それにお前は、まだ婚約者がいなかっただろう?」
続く言葉に本気だと分かり、控える家臣達を慌ててぐるりと見回すが、誰一人として諫めない。
声を上げる者すらいないだと……!?
お、おかしい。花嫁が三歳児なのもさることながら、相手は王国が誇る将軍である。
それも由緒正しき辺境伯。
どこの馬の骨とも分からない謎の幼女を嫁にするなど、許されていいはずがない。
「入籍時期や、公示するタイミングはお前に任せる。お前なら、万が一のことがあっても対処できる。ちょうどいい」
「承知しました」
承知をするなぁッ!
理解が追い付かないまま、声にならないツッコミだけが空回りしてしまう。
何もできず呆気に取られているうちに、ロイドが一歩前へ出た。
三歳児を妻にすることに、一切の疑問を抱いていない。
なんら感情を伴わない愚直なまでの忠誠心で、命令のすべてを受け入れている。
いや、疑問を抱いた上で受け入れたのか……どちらにしろ、普通ではなかった。
この男、思った以上にヤバそうだ……。
ロイドはレティシアを荷物のように小脇に抱え、退室しようとしたところで、「着替えさせるから、少し待て」と国王から静止の声がかかる。
「そのなりではいくらなんでも可哀想だろう。領地には連絡をしておくから、そう慌てるな」
鬱陶しいが、今は我慢だ。
……まりょくがもどりしだい、ほろぼしてやる。
身体が幼児になると、頭脳まで幼児に近付くのだろうか。
そうしてレティシアは綺麗に磨かれ、子ども用ドレスに身を包むなり、再びロイドの腕に回収されたのである――。




