#55
新学期直前に実妹にボコボコにされたレオポルト・ウリヤノフ。
十月の最初に行われる入学式を前に、ドーラは学園都市の女子寮に入寮を果たしていた。
去年、入学式が終わった後に入寮を果たしたレオポルトであったが、あれはそもそも彼の持つ荷物が少ないからであり、ドーラなどの荷物が多い生徒達は事前に早入している場合も多かった。
ネルの場合はそもそも士官学校なので荷物を多く持ち込めない上に、彼女自身必要以上の荷物は持たない主義の人間だった。
ただそれでも多いと思ったのは男だからなのだろう。
「ふぅ…」
少し大きめに息を吐いてレオポルトは寮の部屋で作業をしていた。
「入学式は明日か…」
カレンダーを見て、改めて思う。
一年前、初めて学園都市を訪れた時の事。合格をして、みんなで抱き合って喜んで…。
一年間、二度も大きな事件に巻き込まれたりはしたが、それでも進級を果たし、無事に二年生を迎えることができた。…実家に帰ってこなかった事は散々詰られ、愚痴られたが…。
なおその時にレオポルトはドーラに聞いた。
『試験で手を抜いたな貴様?』
聞くと我が愚妹は悪ガキの表情を見せてテヘッと笑いやがった。畜生、こいつめと思ったが、彼女曰く。
『主席なんて仕事増えるし目立つからヤダ』
だそう。前世は魔王として前線を走っていた彼女は、ずば抜けた学力を幼少期から叩き込まれており、正直魔学院なんて主席で行けんじゃねぇか?と言う成績を幼少の頃から残していた。
俺?先生から何とも言えない評価だったよ。絶対行けるとも絶対行けないとも言われない、順調にやってたら行けるだろうってよ。めっちゃフツー。
ちなみに次席の座はまだ誰にも譲ってないぞ!あの大学に行けなかった変態たちの中で!俺はやってるんやぞ!
「もう一年かよ…」
時が経つのを早く感じるのは精神的に歳をとっているからなのだろうか。
去年の入学式を思い出し、レオポルトは感傷的になる。
「…やるか」
そして歳をとると言うことに若干の抵抗感を引きずった彼はその考えを彼方に放り投げると、パソコンのキーボードを叩き始めた。
せっかく実妹が魔学院に入学を果たしたのだ。おかげでやれる手も増える。
レオポルトはそんな事を考えながらパソコンの計算機で計算を行っていた。
「うわぁ…」
「すごい荷物ですね」
その頃の女子寮。女の秘密の花園、男子生徒の垂涎の的であるその場所でヴァージニアとアニは軽く唖然となりながらそれを見ていた。
「すみません。わざわざ手伝ってくださるなんて…」
そう言い、ドーラは自分に貸される女子寮の一室に送られてきた段ボールの山の一つを運びながら言う。
この時期、女子寮にはダンボールが積まれていることが多い。そのほとんどが引越し業社のものであり、新入生が荷物を送って来るのだ。
「ちょっ、これすごい荷物じゃないの」
ヴァージニアはドーラの持ち込んだ引越しの荷物を見て思わず言ってしまう。そりゃそうだ。部屋に積まれた段ボールの数は流石の一言であり、部屋が埋まるんじゃないのかと冗談混じりに言ってしまうほどだった。
「これでもママと相談して数を減らしたんですけどね…」
そこでダンボールに書かれた中身を見る。
「すみません。この荷物はこっちの部屋にお願いしてもいいですか?」
「オッケー」
「分かりました」
ヴァージニアとアニはドーラの言う通りに段ボールを運んでいく。
「重っ」
1DKの彼女の兄と同じ構成の部屋だが、女性寮は出入り口が一箇所しかなく、男子寮と違って外からは何が起こっているのか見えないように工夫されていた。
防犯上の対策でエレベーターも、女子の学生証でしか動かせないようになっており、宅配物も一回の配達ボックスの中に放り込まれる。
これにより、女子生徒の安全を確保したこの女子寮は男禁制の場所となっていた。
なお、男禁制のと言っても女子側の許可があれば入る事が出来るので、かつてこの学園で全ての校則違反を行ったと言う伝説の不良生徒は女子寮に大量の彼女を作って堂々と表から入って行ったと言う。
その人、女子人気が凄まじく、彼が何かしらで問題を起こしても女子が庇ったと言う話がボロボロと出ている。
「?これって…」
「ああ、私の使っている化粧品です。いい香りがするでしょう?」
ドーラはそこで段ボールの封を切って中身の化粧品を見せる。
「へぇ、こんなの初めて見るわ〜」
「私のおすすめの一品なんですよ。いい香りですし、使いやすいですし」
そう言ってクリームをすこし手の甲に出して軽く塗り込むと、ヴァージニアとアニに優しい花の香りが漂う。
「わぁ、本当にいい香りね」
「強すぎないですし、よく色も出ていますね」
ヴァージニアとアニはドーラの持ち込んだ化粧品をみてそう呟くと、ドーラはそこで大いに頷く。
地元でもこう言う化粧品での話は盛り上がっていたなあと思い出していた。
「ですよね!私、この化粧品とかも結構おすすめで…」
「あっ、この会社知っているわよ。瑞穂のよね?これ安いけどすごく良いのよね〜」
「へぇ、これ良いんですか…」
と、引越し作業をほっぽって化粧談義に走りかける三人。
もしここでアニが腕時計の時間を見て言わなければ二時間は話してしたところだろう。
「うぐっ、おっも!」
そこである一つの段ボールを持った時、その重さに思わずヴァージニアは変な声が出る。
「大丈夫?」
そこでアニが声をかけて来ると、彼女は大丈夫だと言って改めて腰を入れて荷物を運ぶ。
「はぁ、やれやれ。これなら男どもを召喚した方が良かったかもね…」
「ですね…あとで呼びませんか?」
「全然アリ」
何処ぞの小間使いのような扱い方をされるレオポルト達の事を言いながらヴァージニアは軽く今は運んだクソ重い荷物に首を傾げた。
「うっ…これは結構、ですね」
試しに持ってみたアニが思わずそう言ってしまうほどには重たく、ギックリ腰の可能性が脳裏をよぎってしまった。
魔法史学ゼミは、この一年間は座学である事が多く、常に資料作成とデータ収集で身体中の関節がホネホネロック状態だった彼女は、この歳にしてヘルニアの危険性を孕んでいた。
「ドーラちゃーん!これ何〜?」
「はーい?」
ドーラは部屋の台所から現れると、そこでヴァージニアが段ボールの中身を聞いたので、彼女は止めていた段ボールのガムテープを外した。
その中身は大量の魔導書だった。
「よく一人で運べましたね」
分厚い魔導書がパンパンに詰め込まれた段ボールに、ドーラは父と二人がかりで運んでいたので、軽く感心していた。
「重いもの運ぶのは得意よ」
そこでヴァージニアはふんっ!と自慢の二の腕を見せる。ドラゴンの血族である彼女はジャクソンと同じで体力自慢が取り柄である。
ハンドボール部のピッチャーで、時速一二〇キロの投球で今まで多くのバッターを沈めて来たエース投手でもあった。
「これ…古代魔法ですか?」
そこで背表紙を見たアニが魔導書の一冊の背表紙を見て聞くと、ドーラは頷いた。
「お兄が持ち出さなかったから、私が代わりに持って来たんです。家にある資料なんですけど…」
「ああ、あのデータのことかな?」
そこでヴァージニアは、脳裏にレオポルト主催の古代魔法の講座を思い出す。あれに使う資料がこれかと、納得した。
「多分それですね」
ドーラもレオポルトが古代魔法でやろうとしている事を知っているので頷く。兄があれほど信頼している相手なので、ドーラもそれを信じてヴァージニア達に言う。
家に帰ってこない馬鹿兄貴ではあるが、人を見る目は確かな実力があるので、この人たちはいい人達なんだろうと思っていた。
「あれ凄かったわよ。古代魔法の詳しい資料とかもあって…」
「教科書よりは詳しい情報も載っていますからね。ただまあ…」
するとドーラはそのうちの一冊を手に取る。
「データと違って本物はめちゃくちゃ強烈ですよ」
彼女はそう言うと、その古代魔法を記した魔導書を両開きにすると、
ッーーー!!
ヴァージニアとアニの耳に悲鳴のような絶叫のような声が響き渡った。
「「っ!?」」
空気中の魔力を伝って声として認識されるその波に驚く二人。思わず耳を塞いでしまう。
「何々!?」
「あぐっ…」
思わず耳を塞ぐが、魔力を介した音なのでそれでもガンガン耳に響いて来る。するとドーラは魔導書を閉じ、それと同時にふっと音も聞こえなくなった。
「まあ、これは強力な部類ですけどね。古代魔法の魔導書なんてこんな感じなものが多いですよ」
ドーラはそこで魔導書を段ボールに戻してケロリとした様子で話す。
「えっ、えぇ…」
「こ、これが魔導書?」
困惑する二人に、ドーラは魔導書を入れたもう一つの段ボールを軽々と両手に持つ。
「古代魔法の根底にあるのは、血と肉を生贄に捧げること。だから古い古代魔法の魔導書には血塗られた呪文が書かれていたり、人の皮で作った本とかもあったりしますよ?」
そこで古代魔法の魔導書をそのまま部屋の奥に入れると、そこでヴァージニアは思わず呟く。
「どうしてそんなものを段ボールに放り込んでいるのよ…」
「え?そりゃだって、」
するとドーラな当たり前と言わんばかりに答えた。
「体に害を与える呪術系ならまだしも、ただの魔導書ですよ?閉じときゃ大丈夫ですもん」
「「…」」
ちょっと魔法に対する危機感と倫理観がずれているあたり、『あぁ、やっぱりレオポルトの妹なんだなぁ』と思ってしまう二人であった。
その後、届いた段ボールを部屋ごとに仕分けるだけでほぼ一日を終えてしまった。
「ああぁぁぁぁあああっ!!」
「流石に疲れましたね…」
寮一階のラウンジで休憩をする二人はそんな事を言う。
「今日は有難うございました」
そんな二人にドーラは飲み物を買って労う。
「あっ、噂の新作シェイクじゃない。気が効くわね」
「いただきます」
そこでストローからすごい勢いで消えていくシェイク。わざわざドーラはヴァージニアにキングサイズを買って来ており、彼女は気分を良くしていた。
新作の苺味に三人は疲れを癒していると、
「あ、あの…」
ドーラにある一人の生徒が声をかけて来た。




