#54
「「「「「は?」」」」」
駅の中でドロップキックを盛大にくらったレオポルトを見て全員が同時に呟いた。
「ふんっ!」
そしてボーリングのピンの如くすっ飛んでいったレオポルトを見て鼻を鳴らすのは、今年に魔学院への入学が決まったレオポルトの実妹であるドーラ・ウリヤノフ。
彼女の顔は怒り浸透、と言うか不満たっぷりというか、とにかく不機嫌なのはよく理解できた。
「おい、この親不孝兄!」
そして駅の中で盛大にドロップキックをかました事で若干それを見ていた人たちは唖然となっていた。
ドーラはそのまま蹴っ飛ばしたレオポルトに近づくと、そのまま胸ぐらを掴む。
「私、前に言いましたよね?『偶には帰ってこい』って?」
「…はい」
言われ、レオポルトはすぐに降参する。これは反論をすると余計痛い目に見ると言うのが今までの経験から学んでいた。
「この一年間、ママとパパ、私はお兄ちゃんが帰ってくるのを待っていたわけです」
その言葉の一つ一つがとても重く、そして途轍もない怒気に塗れていると言うのは周囲で聞いていたネル達にも伝わってくる。
「ね、ねぇ…あの子がレオの妹さん?」
「そう…なんだけど」
「めっさ怒ってますやん」
思わずヴァージニアがネルに聞いてしまい、ジャクソンは唖然となっていた。
「「…」」
ヘンリーとアニは、ひしひしと伝わってくる怒気と迫力に置いてきぼりにされ、口を挟むことすら憚られるので早々にレオポルトへの救援を諦めていた。
「なのに一度も帰ってこないのはどう言う了見だぁ〜っ?!!」
「誠に申し訳ございませんでしたぁ!!」
顔面にドロップキックを喰らったままのレオポルトはそのまま綺麗な動作で妹の前で土下座を敢行した。
「おい、大丈夫か?」
思わずジャクソンが隣を歩くレオポルトに聞くと、
「前が見えねェ」
顔面をボッコボコに殴られ、鼻血まで出ていたレオポルトはそう返す。
派手に妹にドロップキックをかまされ、しかも体力のある我が妹ドーラは総合格闘技を習っていた影響でえらくきつい一発をかまされたわけで、下手すると骨折れてんじゃないのかと疑われるほどの怪我を負わされました。もうね、すごく痛い…。
「うんまぁ…これは自業自得じゃない?」
するとヘンリーは少々申し訳なさそうに言うので、そこでレオポルトは肩を落とした。
なお、このボッコボコの顔面は学生寮に帰るまで治癒魔法を使うなと言われてしまった。こんな顔じゃあ誰か間違って通報するぞ。
「みんな酷いよ…」
「やぁ…流石に俺擁護できんぞ?」
ジャクソンにも見放され、絶望するレオポルト。まぁどう考えても自分が悪いのでなんとも言えなかった。
「そういうお前達はどうなんだよ…」
「僕?僕はこの前の夏休みで帰ったよ」
「俺はそもそも実家が近いから、結構月一で帰ったりとかしてたぞ」
二人は実家に関する話を持ち出し、それこそ救いようのない状態になって絶句をしてしまう。
「にしても、あれがレオの妹なのか…」
そこでジャクソンは前を歩く女性陣の真ん中に立つドーラを見る。
銀髪に天藍色の双眸、エルフ特有の尖った耳を持つ彼女は、レオポルトの妹ということもあって女性陣の話題の的だった。
「手出すなよ?」
「分かってるから…」
「レオ、殺気漏れてる漏れてる」
「おっと…」
顔面が写せない状態だというのに殺気を漏らしたレオポルトにヘンリーが指摘すると、ジャクソンはその殺気に恐怖の身震いをしてしまった。
前世で何度も戦に塗れた元勇者の放つ殺気には心底相手を怯えさせる効果があった。
この妹にしてこの兄ありだなと、その殺気を感じた全員が思っていた。
そんな男三人衆の状況を他所にヴァージニア達はドーラと楽しげに話していた。
「良かったわね〜、ドーラちゃん」
「はい、私もまたネルさんとお会いできて嬉しい限りです」
軍服姿のネルに嬉しげに頷くドーラは新しい一年生用の魔学院の制服を纏っていた。
学年カラーが青色なので、去年の自分たちに三年生の先輩達の学年カラーが青色だったので少し違和感を感じてしまった。
「ドーラちゃんのことは結構レオから聞いていたけど…」
「すごく綺麗です」
「お褒めに預かり光栄です〜♪」
ヴァージニアやアニともすぐに打ち解けており、ドーラは一瞬後ろを歩くレオポルトに殺気を交えた鋭い視線を送った後に笑顔を浮かべてヴァージニア達に答える。
「うん…こりゃあれだな」
「相当怒っているよ。ドーラちゃん」
「とほほ…」
御愁傷様といった視線を送るジャクソンとヘンリーに、レオポルトは再び肩を落としていた。
魔学院への入学が決まったドーラは、必要な荷物を持って学園都市を訪れていた。
そして集まった七人はそのまま魔学院の方に歩く。目的はドーラの歓迎パーティーを行うためだ。
「ドーラ、荷物が少なくないか?」
車では人数が足りないと言うことで、モノレールとバスで移動するレオポルト達。車内に乗り込んだ後にレオポルトが聞くと、ドーラは言う。
「大丈夫。後で引越し用の荷物が部屋に届く予定よ?」
「あぁ…そう」
そこで軽く絶望した表情のレオポルトを見て、姉がいるジャクソンが察した様子で泣きかけのレオポルトを慰める。
「良い妹を持つと苦労するな…」
「今はお前の優しさが痛いくらい沁みるよ…」
これから大量に来るドーラの荷物整理にため息ばかりが溢れる。あぁ〜、これから引越し作業かよ。
「手伝ってくんない?」
「無理に決まってんだろアホか」
ジャクソンに容赦なく切られたレオポルトはドーラという妹が来たことに軽く絶望していた。
「元々ドーラちゃんと暮らすためにあの部屋借りだんだろ?諦めろよ」
「馬鹿野郎!1DKの部屋で俺どこで寝かせされるか!?」
「部屋のソファーで寝てろよ」
「この野郎、人の苦しみをわかっていながら…!!」
途端にジャクソンに対し手軽く殺意の湧いたレオポルトはギラッと睨みつけていた。
そして目的地である、魔学院生徒御用達のあのカフェでヴァージニアが音頭を取る。
「それじゃあ、ドーラちゃんの入学を祝って!乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
コップに注がれた飲み物を掲げて乾杯をするレオポルト達。
ドーラの魔学院入学の話は事前に聞いていたので、ヴァージニアを筆頭にやる気に満ちていた。
「やぁ〜、年子の兄妹で入学とかおめでたいじゃねぇか」
「そりゃどうも」
鼻にティッシュを詰め込まれたままのレオポルトは鼻声で隣に座るジャクソンに答える。三:四という微妙に男の立場が低いこの場で、三人の男たちはシードルを手に持ってドーラの入学を祝っていた。
前世は帝族の長として、七代目魔王の称号をもらっていたドーラ。その時に鍛え上げられた人を不快にさせない話術はトップレベルにまで至っている。
無論、自分も同じような教育は施されていたが、彼女ほどではなかった。まあ元々本家の人間ではなかったので帝王学もそこそこと言った具合だったのだ。
「なぁヘンリー。ちょっと今度仕入れて欲しいものがあるんだ」
「何?」
そこでレオポルトはヘンリーに注文を付けると、ジャクソンが反応する。
「おっ、なんか作るのか?」
「まあ、そんな所」
そこで彼はコンデンサーや蓄電池、感応石板などの注文を行うと、ヘンリーはそれをメモした後に頷く。
「うんらわかった。直ぐに送っておくよ。場所はどこが良い?」
「魔導具設計局に、俺の名前をつけてくれ」
「…でも何を作るの?」
そこでヘンリーは注文内容に少し首を傾げる。
「それは作ってからのお楽しみ。ジャック、届いたら手伝ってくれるか?」
「おう、楽しみにしてるぜ」
工場でレオポルトが何かを作る際、何かとジャクソンの力を借りることが多いなとふと思った。まあ確かに彼は巨人族なので力持ちである。簡単に鉄骨を運ぶことができる体幹がある以上、この力を借りないわけがなかった。
「入学式は明後日だったか?」
「ああ、これから引っ越し作業で大忙しだよ」
そんなことを話していると、それを聞いていたドーラが言う。
「ああお兄ちゃん。私女子寮だから、部屋別だよ」
「…Pardon?」
始めて知るその情報に首を傾げると、ドーラは言う。
「いや、普通兄妹だからって同じ部屋で過ごすと思う?」
「ああ…うん、ソウダネ」
女子寮、それはこの学校に通う益荒男達にとっては秘密の花園である場所だ。
ドーラは女なのだから、それも年頃であるので色々とうるさい年代だ。前に『友達来るから出かけてくれない?』と言われた時は親父と二人で寂しく近くのカフェに出かけたこともあったよ…。
「だったらなんであの部屋を借りたんだ…」
「さあ?それはパパに聞いてよ」
1DKの比較的大きな部屋を借りた父親に首を傾げる。
「よかったな。あの部屋全部使えるぞ」
「なんか…嫌な予感がして来た気がする」
「気のせいじゃ無い?」
ヘンリーはレオポルトの感じた悪寒にそう返すと、シードルを飲む。
「ヴァージニア先輩、アニ先輩。引っ越しの時、少しお手伝いをお願いしてもよろしいですか?」
「OK〜」
「手伝えることがあるかは分かりませんけど…分かりました」
二人の了承を得て、ドーラはそこで少し腕を大きく伸ばす。
「しかし、飛行機で来るのも中々疲れますね」
「そりゃあね。ほぼ大陸を横断したでしょう?」
「俺の時は飛行客船だったのに…」
レオポルトはそこで親父の娘への溺愛ぶりにため息が漏れてしまう。
「僻むな僻むな」
「まあ、あれはあれで良かったでしょ?」
女に男は敵わないんだからと慰めだが諦めだかの言葉をかけてくる横二人。飛行機で近くの空港まで来た彼女は、そのままモノレールに乗って駅まで来ていた。なんだか扱いの差を感じた。
「じゃあね〜、また明後日」
そしてパーティーも終わり、そこでレオポルトとドーラ、それ以外の面々は別れることとなった。
これから二人は二次会に行くつもりだった。
「おう、また明後日な」
「ドーラちゃん、またね〜」
「はい、またお会いしましょう」
今は新学期に進級する休みの期間、学校も生徒を全員強制的に追い出しているので生徒は全員休んでいた。
そしてヴァージニア達を見送ると、そこでドーラはレオポルトの顔に治癒魔法を使用する。
「今度から、家に帰らせるから」
「はい…その節は大変申し訳ありませんでした」
すっかり頭の上がらなくなったレオポルトは、ドーラの言う通りに頷いていた。




