#53
まだ蒸気機関が発明される前、道路はアスファルトで敷かれず。空には使役したワイバーンやドラゴン、鳥の他に飛んでいるものがいない時代。
二百年戦争において勇者としての能力を見出したシャターン・デ・アルビレオはその日、首都の王城に報告を済ませた後にある部屋に向かった。
「あっ、お兄様!」
ベッドの上で寝ていたその少年は、シャターンの顔を見てパッと表情を明るくさせる。金髪金眼の尊き王族の血筋を引く美しい容姿。
自分も王家の人間である金の目をを待つが、金髪では無い赤毛である。
散々、王宮の離れで忘れ去られた存在であった自分は、勇者の能力の権限により表舞台に出て、王国軍を率いていた。
今日も帝国軍との会戦を終え、軍服姿のまま腹違いの兄弟であるジェイク・デ・アルビレオを見る。王家の第一王妃との子である彼は、王位継承権第一位である。
だが彼は生まれた時から病弱で、ベッドからほぼ離れられない生活を送っていた。そんな病弱な王子を、母は早々に見捨てていた。まあ、今後の事を考えると分からなくも無いが、それにしても見捨ててから一度も子供に会いに行かないのはどうかと思っている。
「体調は良さそうだな」
「はい、今日は気分がいい日なんです」
ジェイクはシャターンを見ると嬉しそうに笑みを浮かべていた。
そんな彼にシャターンはポケットからブローチを手渡す。
「今日の土産だ」
「わぁ…!!」
北方に咲く花を模ったブローチにジェイクは表情を明るくする。
毎度毎度、遠征をした際にその先の野営地などで買ってくるのだが、その度にジェイクは喜んでいた。
「北方のお土産ですか?」
「ああ、中々面白かったぞ」
「是非、お話を聞かせてください!」
ジェイクはそこで帰って来たシャターンの遠征をした時の話を部屋の椅子に座りながら話すと、彼は食い入るように聞いてくれる。
態々メモ帳を取り出してまで書き記していくので、よほど好きなのかなと少し自分も気合を入れて話していた。
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「はぁ…」
柄にも無くそんな昔のことを思い出してしまった。
「どうかしましたか?」
横でため息を漏らしたレオポルトにアニが気にかけて来た。
「ん?いや、何でもない」
そんな彼女にレオポルトは軽く首を横に振って返す。
「なんか老けて見えるぞ?」
そこでジャクソンが話しかけて来たので、少し反論する。
「そりゃ一年たったら誰だって老けるだろうよ」
「ねぇ…大丈夫?」
それには思わずネルがやや引き気味にレオポルトを見た。
春先から初夏にかけて起こったエリカに関連した襲撃事件も無事に収束を迎え、その後に行われた卒業式ではエイブラハムやシュライク、マリーナといったお世話になった先輩を前に、柄にも無く泣いてしまったのが痛いところだった。
だが、これは結構他のみんなも同じような状況だった。
自分の関わった三年の先輩たちは全員が大学に進学し、同じ学園都市にいてもほぼ顔を合わせなくなってしまった。
そして卒業式を迎えた後、俺たちは進学のための学年末試験やその後の長期休暇なども経て結果を受けて俺たちは全員が合格判定をもらった。
無論、進級したことで全員が喜んだし、ネル達も進級試験に合格をしているのを聞いてとにかく喜んでいた。
全員でパーティーをしたりして大盛り上がりをして、とにかく夏も目一杯楽しんでいた。
そして今日、レオポルト達はある人物を出迎えるために駅に集合していた。
「あれからもう一年ですか…」
「早いものよね…」
スーツ姿のヘンリーとヴァージニアが話し合っていた。
ヴァージニアは赤い鱗と一対の角を突き出す竜人の姿を取っており、長い尻尾もあった。
彼女は白いフリルブラウスにベージュのワイドパンツを履いていた。
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あの後、魔法糸の織物の製作を依頼されたレオポルト達は材料を仕入れた後に衣装作りを行った。
「どうだ?」
「うーん…」
レオポルトはジャクソンに聞き、彼はルーペで一つずつ素材を確認していた。
その様子を少し慎重にヴァージニア達も見ていた。彼の品物の品質を見る目は確かな物であり、信用度はとても高かった。
「…あぁ、良さげだ」
「OK」
確認を行い、そこでレオポルトは実習室で同じ大量のアラクネの糸と麻糸を置く。
「うわぁ…」
「大量の糸ですね…」
それを見たヴァージニアとアニは聞いていたとは言え、少し引き気味にその膨大な量を見て唖然となる。
「仕方あるまい。これくらい無いと布にもならんからな」
卓上に文字通り膨大な量のアラクネの糸に麻、魔石と魔法展開用の羊皮紙を用意して製作に当たった。
「これですか?」
「そうだ。古代魔法の一種で、魔力を繋ぎ止めて伸縮性に富ませ、変形作用を持たせる付与魔法だ」
「付与魔法…確か古代魔法の一種でしたね。その効力を有した魔法を定着させるとか…」
「おっ、よく勉強している。正解だ」
レオポルトに褒められ、アニは少し顔を赤くして嬉しげにする。そんな彼女にやや呆れ気味になりながらヴァージニアは聞いた。
「これ、大量の魔力がいるんじゃあ…」
「ああ、だから糸に粉塵魔石と粉塵感応石でコーティングをする」
そこでレオポルトは実習室に保管されている粉塵魔石と粉塵感応石を取り出す。
「ジニー、これを一対一で五〇グラムずつ混ぜてくれ」
「オッケー」
頼まれたヴァージニアはそこで軽く腕を捲って測りを持って来て高精度の電子はかりで均等にグラムを測っていく。
「これ、一〇〇グラムもいる?」
「ああ、この量だぞ?」
「それはそうかも…」
アラクネの糸を丁寧に伸ばすと、それを用意した糸車に繋いで準備を進めるレオポルト。
「アニ、この羊皮紙の上に糸を通過させる準備を」
「わかりました」
アニにも言うと、彼女はレオポルトの用意した付与魔法の陣の上に蝋燭を準備していく。魔法陣は事前に羊の血を使って書き上げていた。
「ほら、これでいいか?」
ジャクソンも細いリネンの糸を程いてレオポルトに渡す。
「ああ、あと一応実習扱いだからレポート頼んだ」
「はいよ、任されて」
そこでジャクソンはキーボード付きのタブレットを取り出すと、ヴァージニアが言う。
「誤字脱字に注意しなさいよ?前にそれでやり直しくらったんだから」
「わかってるつーの」
ジャクソンは二度と同じ過ちをするもんかと軽く意気込みながらキーボードを打ち出す。
「よしっ、こんなものかな?」
そこで粉を手袋を嵌めて混ぜていたヴァージニアが言うと、レオポルトはジャクソンに確認を取って、彼の許可を受けた。
そして混合した粉を糸の通り道に敷いていき、その先に羊皮紙を用意する。
「アニ?」
「できました」
アニの方の確認を行うと、そこでは羊皮紙に火の灯った魔法陣の姿があった。
「OK、じゃあ始めるぞ」
その声かけと共に全員の表情が一瞬強張る。
アラクネの糸とリネンを用意したレオポルトは、二つの細い糸を電動の糸車のスイッチを入れた。
「っ!」
直後、目を閉じたアニがデバイスを起動しながら羊皮紙に埋め込まれた付与魔法を展開すると、等間隔で置かれた蝋燭の火が少し大きくなって通過していく。
すると直前に混合粉末でコーティングされた糸が直後に熱せられた蝋燭の炎と、展開する付与魔法に晒されてアラクネの糸と麻糸に魔力と魔法が定着していく。
元々魔物として認定されていたアラクネから放出される糸は伸縮性のある頑丈な糸として有名であり、高級ブランドの服の素材などに使われている絹と並ぶ高級品である。
麻もまた太古より魔法儀式に利用されて来た歴史があり、魔法糸を作る上では欠かせない材料であった。
「粉、絶やすなよ?」
「分かってるわよ」
ゆっくりと移動をする二種類を撚った糸を、手袋をつけて粉末を塗りつけていくヴァージニア。
粉末を潤沢に付けられたことで真っ白な糸がボビンに紡がれていく。
「大丈夫か?」
「はい…今のところは」
そして魔法陣を通過していく糸に順調に付与魔法が施されていくのを確認するレオポルトはアニに確認を取る。
基本的に古代魔法は魔力をかなり消費し、使用後は非常に疲労の溜まる魔法である。
現代魔法と違い、血や体力といった肉体に関わる何かを消費していくので、古代魔法は廃れたと言う説があるほどだった。
「無理はしないでくれ」
「分かっています」
無論、魔法史学ゼミに通う彼女がそのことを知らないはずもなく、彼女は付与魔法を展開し続けた。
そして用意した全ての繊維に均等に魔力が行き渡るように加工を施し、アラクネの糸と麻を一対一の割合で糸を撚った。
途中、レオポルトやジャクソンがヴァージニアとアニの役目を変わったりして順調に作業を進めており、そのおかげでボビンに糸を大量に巻き付けていた。
「よし、これで…」
そしで用意した段ボールいっぱいの糸をそれぞれ紡ぎ終えたところでレオポルトはストップをかけた。
「ストップ」
「「はぁぁ〜…」」
そこで終わりかけのところで作業を終えた二人は、作業をストップさせると、大きく二人して実習室の椅子に座り込んだ。
「終わりましたぁ〜!!」
「結構、疲れるのね…」
二人は一日中行っていた作業を前に疲労を露わにしており、出来上がったボビンを見て喜びを露わにしていた。
「わぁ、ほんとに白いですね」
そして出来上がった魔法糸を前にそんな感想がアニから溢れた。
魔法石と感応石の混合粉末と付与魔法でコーティングされた魔法糸は若干光を反射して輝きを持っていた。
「この魔法糸はどうするんですか?」
「デザイナーに服のデザインを外注してあるから、その通りの色に染めてもらう。ついでに向こうで織物にもしてもらう予定だ」
「わぁ、やること多いですね」
「服って本来そういうものだしな」
元々単織物であった彼女の服は、種族の伝統衣装ということで分解しかけていたところを慌てて止めさせた後に作った糸で織物製作に取り掛かった。
先祖代々に伝わる宝物であるので、今の時代で再現しようとすると非常に手間がかかる代物である上に、そんな大切なものを使うわけにはいかなかった。
「ま、俺たちのやる作業はここまでだ。レポートは?」
「バッチリよ」
「先生に提出しても問題ないと思うぞ」
服のデザインは誰もデザインに長けた人間がいなかったので、商工園にいたヘンリーに頼んで知り合いのデザイナーを紹介してもらった。
最初にファッションショーのような非日常的なデザインを提供されたので、一度突き返した後にようやくまともなレディースーツを基調としたデザインを持って来てくれた。
「すごい、こんな糸は初めて見るものだ!」
魔力によって形状変化をものともしない魔法糸を見てデザイナーはそんなことを呟きながら服の採寸を行なった。少し魔法糸ということで固かったそうだが、それでもしっかり仕上げて来たあたりプロであった。
インナーシャツまで製作を行なったのでデザイン料もそこそことなったが、ヴァージニアが全部自費で支払ってくれた。
「これくらい、頼んでいるんだから私が払うわよ」
そういって聞かなかった彼女は、後日郵送で届いた服を前に死ぬほどはしゃいでいた。
それ以降、一着しかないというのもあるが、出かける時のお気に入りの服となっていた。
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「誰も驚かなかったのか?」
駅の改札前でレオポルト魔法糸で作った服を着るヴァージニアに聞いた。
「あぁ、先生には事前に言ってあったから。…まぁクラスメイトたちにはちょっと驚かれたけどね」
ヴァージニアはそう言うと、そこで二年生の時に使う新しい学生証の写真を見せた。
その写真は今の竜人の姿の写真であり、それに合わせて制服もわざわざ仕立て直していた。
「すごい良い肌…」
そんな彼女にネルも少し興味津々に見ており、その鋭い爪のついた手を見ていた。
「そうあがいてもこの肌にはお前はならねえぞ?」
「分かってるわよ〜」
そんなことを話していると、駅の改札を大勢の乗客達がゾロゾロと降りてくる。
「あっ、そろそろ来たんじゃない?」
そこでネルが言うと、降りてくるら今年の若い新入生達の中に見覚えのある顔がいた。
「あっ、いたいた」
「お〜い!」
レオポルトに声をかけられ、ピクッと反応した銀髪に天藍色の瞳に尖った耳を持つ少女。
背中と右手に荷物を持っていた彼女はレオポルト達を見つけると、
「こっちこっ…」
近くにいたフードをかぶっていた少女に持っていた荷物を預けると、そのままこちらに向かって全速力で走ってきた。
「…へ?」
そしてそのままジャンプ。
両足を前に突き出して駅で盛大なドロップキックをレオポルトの顔面に喰らわした。
「Door!?」
盛大にくらったレオポルトに、出迎えた他の五名は何が起こったのか困惑したまま地面を滑っていくレオポルトを見ていた。




