まさか、子どもを?
「アマート、あなたにもプレスティ侯爵家にも迷惑をかけるつもりはないわ。だけど、一応は報告しておきたかったの」
「ちょっと待てよ。まさか、堕ろすなんてこと言わないよな?」
アマートは、ソフィアに体ごと向いた。それから、彼女の両肩をがっしりつかんだ。揺さぶるのかと思ったけど、彼女が妊娠していることを思い出したらしい。彼は、荒っぽいことはしなかった。
その彼の手から力が抜けたのがわかった。
「ソフィア、そうなの?堕ろすつもりなの?」
プレスティ侯爵夫人も突然のことにどうしていいのかわからない、という感じである。
そして、わたしも……。
ソフィアのお腹にあたらしい生命が宿っている。それだけでも驚きなのに、そのあたらしい生命が絶たれようとしている。
そんなこと、ぜったいにダメよ。
そう言いたい。
無意識のうちに、王太子殿下の手を握っていることに気がついた。
驚いてしまった。すぐにはなそうとしたけど、彼は握られていない方の手をわたしの手に重ね、やさしくさすってくれた。
その彼の行為に勇気をもらった気がする。
「ソフィア、ほんとうにそうなの?アマートさんとの子どもを、ほんとうに堕ろすつもりなの?」
そう尋ねた自分の声が震えていることに気がついた。
いままでのわたしだったら、ぜったいに尋ねることはなかった。尋ねたくても諦めていた。出来なかった。
だけど、いまは違う。
彼女は、口をあんぐり開けてわたしと視線を合わせた。
「まさか」
彼女は、そう言ってからまた気弱な笑みを浮かべた。
「こんなわたしだけど、せっかく授かった生命を絶ってしまうほどひどい女じゃないわ」
彼女は、視線をアマートへと戻した。
それをきいた彼の表情が、見た目に安堵したものになった。
「早とちりしないで、プレイボーイ。堕ろすなんてこと、ぜったいにしないから」
「よかった……」
彼は、彼女の肩から手をはなした。
「おば様も、誤解なさらないで。アリサもね。ちゃんと産みます」
「安心したわ。それだったら……」
「おば様、兄といっしょにティーカネン家の領地に戻るつもりにしています。別棟がありますから、そこで暮らそうかと。湖が近くにあって、すごくいいところなのです。街には学校や病院もありますので、生活にはまったく困りませんし」
ソフィア……。
よほどかんがえてのことなのね。
「ソフィア、ちょっと待ってって」
アマートは、また彼女の両肩をつかんで自分の方へ向かせた。
「なぜだ?」
「なぜって?ああ、どうして領地に行くのかってこと?だって、王都だと何かと噂になるでしょう。侯爵令嬢たる者がどこのだれともわからない男の子を産んで育てているってね。万が一にも父親のことがバレたら、プレスティ侯爵家に迷惑をかけてしまうわ」
「かまうものか。おれなら、勘当でも何でもしてもらう。それで王都を出てどこか静かなところで暮らせばいい」
「はあ?プレイボーイ。あなた、自分の言っていることがわかっているの?自分の立場を理解しているの?」
ソフィアは、これまでの彼女と同じように居丈高に笑った。
わざとそうしているように感じられた。
「ああ、わかっているさ。だが、おれはたかだか六男だ。兄貴たちはずっとずっと立派だからな。おれくらい好き勝手したところで……」
「だからあなたはバカなのよ、プレイボーイ。あなたは、王太子殿下の側近でしょう?そう近くない将来、殿下は国王になるわ。そうなれば、あなたは国王の側近よ。あなただけじゃない。上のお兄様たちだって、殿下の治世になったら総帥や将軍の地位に就くことになるわ。王太子殿下の敵にとっては、たとえ小さな汚点でも美味しいスキャンダルになる。王太子殿下だけじゃない。お兄様たち、いえ、プレスティ侯爵家そのものが潰されてしまうかもしれない。あなたは、これまで以上に殿下を支え、助けなければならない。殿下は、あなたとディーノを頼りにされているのよ。それから、アリサのことだってそう。死者のことを鞭打ちたくないし、彼女の身内のことを悪し様に言いたくはないけれど、敵はガブリエルのことや後見人の叔母夫婦のことを調べ上げて突っついてくるかもしれない。そのとき、あなたとディーノはアリサを守ってくれなきゃ。お願いだから、アリサをつらい目にあわせたり傷つけさせないで。彼女を守れるのは、殿下をのぞいてはあなたとディーノしかいないんだから」
ソフィア……。
彼女の言葉の一つ一つが心にしみる。




