素直になろうよ
子どものときから、ソフィアにはきつく言われてきた。彼女の言葉は、わたしにとってはいつもきつかった。その言葉の数々に、正直傷ついたこともある。だけど、彼女の言葉に救われたこともある。気分を明るくしてくれたり、勇気づけられたこともある。
わたしにはわかっている。ソフィアのきつい言葉は、わたしのことを想ってくれている表れだということを。
そして、彼女はいつだってわたしを見捨てず気にかけてくれていた。
いまだってそう。
自分自身が大変なときなのに、わたしのことを心配してくれている。
アマートは、彼女の肩から手をはなしてうなだれている。
そのアマートとソフィアをはさんで反対側に座っている侯爵夫人は、さきほどまでとはうってかわって静かに二人を見守っている。
母親として、息子がどう対処するかを傍観するつもりなのかしら。
「ソフィア、きみは勘違いしている」
アマートは、顔を上げると口を開いた。
「たしかに、兄貴たちは近い将来このラハテラ王国の全軍を率いることになる。だが、それはあくまでもこの王国の国民を守る為、陛下や殿下の力になる為だ。そこに政治的な思惑や野心はない。政敵に突っつかれようが地位を剥奪されようが、彼らは意に介さない。それどころか逆だよ。ソフィア、ここで身重のきみを見捨てるようなことになれば、おれは兄貴たちに八つ裂きにされてしまう」
「ソフィア、アマートの言う通りよ。わたしは、上の五人をそんなふうに育てた覚えはないわ」
侯爵夫人は、ソフィアの肩をそっと抱いた。
「ソフィア。それから、アマート。二人に散々迷惑や心配をかけ、協力してもらったり助けてもらった張本人のわたしがこんなことを言うのもおこがましいのだが……。これを機に、二人も自分に素直になったらどうだろうか?」
王太子殿下が静かに言った。
彼に握らているわたしの手は、彼の体温というよりかは彼のやさしさでポカポカしている。
「アマート。きみは、たしかにプレイボーイだ。女性と親し気に話をしたり笑わせたりしている。だけど、それはただの見せかけだろう?アマート、きみはいいかげんな気持ちで女性を抱いたりしないよな?ましてや、遊びでなんて。なぁディーノ、きみもそう思っているよな?」
「ええ、殿下。ソフィア、兄さんは素直じゃないし可愛くない。だけど、違うんだ。彼は、きみの気を惹きたくて貴族令嬢たちと仲のいいふりをしているにすぎない。きみとケンカをするのもそうだ。まるで子どもだよね。ほら、好きな娘をからかったりちょっかいをだすってやつ。それだよ」
「おい、ディーノッ!」
双子の弟をにらみつけたアマートの顔は、真っ赤である。
「わたしも、殿下と同じです。ソフィアにはいろいろ助けてもらっていますし、心配をかけたり守ってもらっています。ですから、こんなこと言えないのですが……。だけど、思いきって言わせてもらいます。ソフィア、あなたもよね?アマートさんとまったく同じだわ。彼の気を惹きたくって貴族子息たちと仲のいいふりをしているのよね。ケンカだってそう。好きな男の子をからかったりちょっかいをだしたりって、子どものときのままよ」
思わず、口を出してしまった。
そう言いながら、子どもの頃のことを思い出していた。
ガブリエルと彼女とわたしは、屋敷が近いのでよくいっしょにいた。それとは別に、彼女はアマートとディーノとも付き合いがあった。
彼女がガブリエルに対して悪口を言ったりけなしたりするのは本気だった。だけど、彼女がアマートの悪口を言ったりするのは、どこか違っていた。
いまにして思えば、彼女はアマートの悪口を言っていたけど、本気さはまったく感じられなかった。
「アリサ……」
ソフィアもまた、アマート同様真っ赤な顔をしている。
彼女は、しばらくの間うつむいて唇を噛みしめていた。だけど、顔を上げてわたしと目を合わせた。
以前のわたしだったら、彼女の眼力に怖れをなして顔ごと目を伏せてしまっていた。だけど、いまは違う。
彼女の眼力をしっかりと受け止めた。とはいえ、彼女の眼力にいつもほどの勢いや力はないのだけど。
「アリサ、まさかあなたに心配されるようになるなんて」
彼女は、気弱な笑みを浮かべた。
「アマート。わたしもきみの兄さんたち同様、将来、このことでだれになんと言われようとかまうものか。たとえそれによって王太子、もしくは国王の座を追われてもね。きみもソフィアも、わたしにとって親友だ。いや、親友以上の存在だ。わたしとアリサの恩人でもある。そのきみたち二人を守ることが出来ないわたしに、国や国民を守れるはずがない」
王太子殿下は、わたしを見てから視線をアマートとソフィアに戻した。
「たしかに敵はいる。これから宿痾も取り除いていくつもりだから、ますますそれは増えていくだろう。しかし、そんな敵の誹謗中傷を怖れるつもりもない。だから、二人とも自分の気持ちに素直になって欲しい。それとも、王太子として命じた方がいいのかな?『自分の想いを認めろ』、とね」
王太子殿下の手の力がまた強くなった。だけど、痛いわけじゃない。
わたしの手に、彼の力を感じる。そんな強さである。
その彼の強さに勇気をもらった。




