「できちゃった」って……?
『できちゃったんです』
ソフィアの突然の告白の意味がまったくわからない。
一瞬、貴賓室内のときが止まってしまったかと思った。
図書館は閉館の時間を迎え、司書やスタッフたちが閉館後の片付けなどに追われているはず。
この貴賓室は図書館の最奥部にあるから、館内のどんな音も届かない。
訪れた静寂……。
「ブハッ!」
その静寂が破られてしまった。
王太子殿下が口から紅茶を吹きだした音によって。
「す、すまない」
王太子殿下は、慌てて立ち上がった。
口から飛び出した紅茶で、シャツの胸元がうっすらと紅茶色に染まってしまっている。貴賓室の床やローテーブル上も濡れている。
「殿下」
立ち上がり、手に握っているハンカチで彼の胸元を軽く叩き、すこしでもとれるよう試みてみた。
「アリサ、きみにはかからなかったかい?」
「え、ええ。大丈夫です」
ひと通りシャツを拭いてから、二人でまた座り直した。
そのとき、気がついた。
室内に不穏な空気が流れていることに。
「先日、ティーカネン家の主治医の先生の紹介で、そちら系の先生に診てもらったのです。三か月、だそうです」
えっ……?
そのソフィアの言葉は、王太子殿下のわたしへの告白の言葉同様衝撃的だった。
できちゃったって、まさか子どもができちゃったってこと……?
「アマートッ!」
認識するよりもはやく、隣でプレスティ侯爵夫人が叫んだ。
鼓膜が破けてしまったかと思った。
「な、なぜ?いまのソフィアの説明で、どうしておれだと……」
「あなたしかいないでしょう?よそ様の大切なお嬢様にそんなことをするなんて。しかも、ソフィアはわたしたちにとって娘みたいなものよ」
「か、母さん、い、いや、そ、それは……」
プレスティ侯爵夫人は、その体型からは想像が出来ないほど素早かった。
彼女は、ソファから立ち上がるなりアマートに駆け寄った。それから、両拳で彼の頭をポカポカと音がするほど殴りはじめたのである。
「アマート、なんてことだ。いくらプレイボーイでも、それはまずいぞ」
「殿下のおっしゃる通りだよ、兄さん。このことは、父さんだけじゃなく兄さんたちも大激怒するよ」
王太子殿下とディーノは、溜息をついた。
「なんてことかしら……」
そして、館長も呆気にとられている。
「ソフィア……」
思わず、ソフィアを見てしまった。
いつもの彼女の勢いはなく、どこか悟っているというか落ち着いているというか、雰囲気がずいぶんと違う。
「おば様、彼のせいじゃありません。わたしの計算違いでした。ですから、彼に非はないのです」
ソフィアは、わたしに気弱な笑みを浮かべてからプレスティ侯爵夫人に近づいた。それから、アマートを殴る侯爵夫人の手を握った。
「いや、きみのせいじゃない」
侯爵夫人から解放されたアマートは、姿勢を正してソフィアに向き直った。
「おれが軽率だった。ソフィア、ほんとうにすまなかった。じつは、ずっと気に病んでいた。だから、きみと話し合わなければならないとその機会をうかがっていたんだ」
アマートの真摯な声が、貴賓室内を流れてゆく。
なんてことなのかしら。ほんとうにアマートだったのね。
「ソフィア、責任はとるから……」
「当然よ。いいえ。そういう問題じゃないわ。ああ、ソフィア。ほんとうにごめんなさい。謝罪してもしきれないわ。どうしましょう」
プレスティ侯爵夫人は、アマートが言いかけたところにかぶせつつ彼女を抱きしめた。
「おば様、謝罪なんて必要ありません。どうかそんな顔をされないでください。それから、アマート。責任を取る必要なんてないわ。ただのきっかけだった。それだけよ」
「ただのきっかけ?何を言っているんだ。おれたちの子どもが出来たんだぞ。きっかけですむわけないだろう?」
「そうよ、ソフィア。これは、大切な問題よ」
「サラ、とにかく座ったら?落ち着きなさい。まずは、二人の話をききましょう」
館長が立ち上がり、侯爵夫人とソフィアを隣同士で座らせた。そして、アマートにはソフィアの左横に座るよう目線で促し、自分はディーノの横に立った。
「ティーカネン侯爵夫妻には話したのか?」
「今夜、話すつもりよ。領地から兄が出て来ているの」
「だったら、おれも同席させてくれ」
「だから、そんな必要ないわ」
「なぜだっ!」
アマートは、怒鳴りつつ立ち上がった。
「アマート、落ち着け」
王太子殿下の静かな注意に、彼はまた腰をおろした。




