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第24話

運ばれてきた三人のうち、二人は爆風による打撲と裂傷、一人には腹部に鋭利な瓦礫が突き刺さっていた。俺は即座に指先で呼吸と脈拍を確かめ、重症度に応じた優先順位を告げていく。


「打撲の二人は奥の畳へ。傷口を洗って圧迫を頼む。腹部に異物のあるこの人を中央の板間へ運んでくれ!」


 お雪が頷いて小走りに誘導し、お春が煮沸した手ぬぐいと桶を素早く配置する。怒号と硝煙が渦巻く寺の境内は、すでに戦場そのものだったが、この本堂の内側だけは異なる規律で回っていた。


 そこへ、山門を押し破るような足音が響き渡った。


「退けッ! 道をあけろ!」


 血相を変えて飛び込んできたのは矢島鉄之助だった。顔に刻まれた古傷を歪ませ、両腕にぐったりとした若い隊士を抱きかかえている。隊士の右大腿部からは、どす黒い鮮血が間断なく噴き出し、敷居を赤く染めていた。


「おい、誰でもいい、すぐに医者を呼べ! こいつを死なせるな!」


 普段の威圧的な態度は見る影もなく、矢島の荒い呼気には剥き出しの焦燥が混じっていた。戦えぬ者を足手まといと切り捨ててきたはずの男が、部下の身体を必死に抱きとめている。


「ここへ寝かせろ!」


 俺は叫び、即座に駆け寄った。傷口の様子を一瞥しただけで、大腿動脈の損傷だと判断がつく。拍動に合わせて溢れ出る血の量は尋常ではない。あと数分放置すれば、出血性ショックで心停止に至る。


 矢島が何か喚き立てようとしたが、俺の意識からはすでにその声が弾き出されていた。視界のすべてを、目の前で刻一刻と失われつつある赤い流れだけに注ぎ込む。


「お春、強い酒と締め木! お雪、清潔な太紐と当て布を持ってきてくれ!」


「すぐ出すよ!」


「はい、こちらに!」


 二人の動きに迷いはなかった。差し出された幅広の綿布を大腿部の付け根、傷口枢軸側の位置へ巻き付け、即座に棒を差し込んで強く捻り上げる。簡易の緊縛止血帯だ。ギリギリと音を立てて布が肉に食い込み、吹き出していた血液の勢いが目に見えて鈍くなる。


 だが、これだけでは止まらない。深部の血管そのものを塞ぐ必要があった。


「お雪、ここをこの角度で押さえ続けてくれ。絶対に緩めるな」


「承知いたしました」


 お雪が細い両腕に全体重を乗せ、棒の端を固定する。俺は煮沸消毒された真鍮の鉤を取り出し、裂けた筋肉の隙間へと指先を滑り込ませた。ぬめり配る生温かい感触。指先の神経を極限まで研ぎ澄まし、拍動の源を探る。


 矢島は傍らに立ち尽くし、ただ目を見張っていた。誠太郎が一切言葉を発さず、ただ鬼気迫る手つきで肉を押し広げ、血に塗れながら処置を重ねていく姿に圧迫され、口を挟むことすらできなくなっている。


 あった。断裂しかけた血管の断端を鉤で捉える。


「糸だ!」


 お春がすかさず、酒で洗った強靭な木綿糸を手渡す。針を通す暇はない。指先だけで糸を回し、滑る血管を結紮していく。一つ、二つ。固結びを二重に施し、血流を完全に遮断した。


「……止まった」


 お春が短く息を呑む。


 噴出していた血は完全に収まり、傷口の底にわずかな滲出が見えるのみとなった。俺は素早く傷口を強い酒で洗い流し、清潔な布を何重にも当てて強固に包帯を巻き上げる。息子の手首に指を当てると、微弱ながらも規則正しい脈拍が戻っていた。


「バイタル安定……峠は越えた」


 額の汗を二の腕でぬぐう。手首まで赤く染まった両手から、緊迫の熱が引いていく。


 立ち上がると、すぐ横で矢島が拳を震わせていた。肩で息をし、横たわる部下の胸が上下しているのを、信じられないものを見るような目で見つめている。


 その視線は、やがて床に置かれた刀へと落ちた。武士にとって命より重いとされるはずの得物が、今は埃にまみれて転がっている。敵を斬るために磨き上げられた鉄の塊が、ここでは何の役にも立たず、ただ人の手による執念だけが命を繋ぎ止めた。


 矢島の胸中で、これまで信じ込んできた頑なな理屈が音を立てて軋んでいるのが見て取れた。


 ふと顔を上げると、堂内が異様な静けさに包まれていることに気づいた。


 新選組の隊士も、額に鉢金を巻いた倒幕派の浪士たちも、全員が手を止め、こちらの処置を凝視していたのだ。いがみ合い、互いの喉笛を狙い合っていたはずの男たちが、血まみれになって命を繋ぎ止めた一連の動作に気圧され、誰一人として動けずにいた。


「……おい」


 口を開いたのは、壁際で肩の手当てを受けていた倒幕派の浪士だった。羽織を脱ぎ捨て、荒々しく立ち上がる。


「そっちの湯が切れかかってるぞ。俺が井戸から汲んでくる」


「あ、ありがとうございます!」


 お春が驚き混じりに声を上げると、今度は新選組の隊士が床から立ち上がった。


「薪なら裏に積んであった。俺が割って火を焚こう」


 示し合わせたわけではない。誰が命じたわけでもない。ただ目の前で繰り広げられた圧倒的な生の奪還劇に当てられ、男たちは自発的に刀を置き、野戦病院を維持するための手足となって動き始めていた。


 敵も味方もない。ここではただ、生きるか死ぬかという事実だけが等しく横たわっている。誠太郎が貫いてきた無差別の治療という姿勢が、張り詰めた憎悪の空気を塗り替え、この場に奇跡的な調停をもたらしていた。


 かつて死を名誉とし、傷つけば切り捨てることを是としていた者たちの間に、「生き延びる」という泥臭くも切実な価値が芽生えつつあった。この場において誠太郎は、いずれの旗印にも属さない、ただ命の側だけに立つ者として、彼らの心に決定的な存在感を刻み込んでいた。


「先生、脈は落ち着いています。呼吸も深くなってきました」


 お雪が部下の様子を確かめながら、静かに報告する。


「ああ、よく支えてくれた。お春、次の患者の様子は?」


「左手の指を深く切られた方が一名、それと熱を出して倒れた方が一名だよ!」


「よし、順番に診る。手を洗ったらすぐ行く」


 手桶の水で血を洗い流していると、背後から重い足音が近づいてきた。


 振り返ると、矢島が立っていた。威嚇するような気配は消え失せ、複雑な光を宿した瞳がじっと俺を捉えている。


「貴様は……」


 矢島が低く掠れた声で呟きかけた、その時だった。


 寺の周囲を取り囲む竹林の奥から、乾いた銃声が二発、夜気を切り裂いて響いた。続いて聞こえてきたのは、統率の取れていない複数の足音と、激しい怒号だった。


「……今の音は、本隊の銃声じゃない」


 井戸から戻ってきた浪士が桶を置き、眉をひそめる。


 寺の門外の闇の中に、松明の明かりがいくつか揺らめき始めていた。新選組の規律ある進軍でも、倒幕派の組織的な移動でもない。戦火の混乱に乗じ、統制を失った過激派の一団が、この寺を目指して殺到しつつある気配だった。


 板間に横たわる負傷者たちが動揺し、ざわめきが広がる。


 矢島は門の方角を一瞥し、それからゆっくりと、床に落ちていた己の刀を拾い上げた。

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