第37話 初めての魔物とスキル青天ノ霹靂
洞窟生活を始めて一週間が経った。
最初の頃に比べれば、随分と生活らしくなったと思う。
寝床はある。
水もある、食べ物もある。
贅沢はできないけど、でも生きてはいける。
少なくとも、今のところは。
「腹減ったな」
「減ったでヤンス」
湊が即答する。
最近の朝は大体こんな感じだった。
洞窟の外へ出る。
朝の森は静かだった。
鳥の鳴き声。
木々の揺れる音。
少し冷たい風。
平和そのものだ。
「今日は川の方行くか」
「賛成でヤンス」
そんな話をしながら歩いていた時だった。
ガサッ。
草むらが揺れた。
反射的に足が止まる。
「……?」
鹿か何かだろうか。
そう思った。
次の瞬間。
草むらから影が飛び出してきた。
「っ!?」
思わず息を呑む。
人だった。
いや。
シルエットは人に近いが、人ではなかった。背丈は子供くらい。緑色の肌。異様に長い腕。
殺意のこもった血走った黄色い目。
手には錆びた短剣を持って、こちらに向けている。口元からは涎を垂らし、獣みたいな牙が覗いていた。
「ゴブリンでヤンス!」
湊が叫ぶ。
僕の背筋が凍る。
初めて見た。
魔物だ。
本当にいた。
しかも。
思っていたより気持ち悪い。
ゲームのキャラクターなんかじゃない。
生き物だった。
殺意を持った生き物が目の前にいる。
ゴブリンが叫ぶ。
「ギィッ!!」
そのまま僕に向かって突っ込んでくる。
「うおっ!」
慌てて後退る。
速い。
想像よりずっと速かった。
怖い。殺される。
ナイフに手を伸ばすが、手が震えて思うように掴めない。体がまるで自分のものじゃないような。
頭では分かっていた。
魔物がいる世界だと。
でも。
実際に襲われるのは全然違う。
足が震える。動けと必死に命令するが、震えるばかりで動いてくれない。
心臓がうるさい。呼吸も荒くなっている。
逃げたい。どうしたらいい。逃げなきゃ。
そんな言葉が頭を埋め尽くす。
「拙者に任せるでヤンス!」
湊が前へ出た。ナイフを構える。
そして叫んだ。
「スキル、青天ノ霹靂!!」
瞬間。
空が光った。
バチィィィン!!
雷鳴が轟く。
「うおっ!?」
僕は思わずしゃがみ込んだ。
だが。
雷が落ちた場所は、ゴブリンではなかった。
僕の右後ろ。
5メートルくらい離れた木だった。木はボロボロと弾け飛び、黒焦げになっている。
「危なっ!?」
「外れたでヤンス!」
「見れば分かる!」
ゴブリンも驚いていた。
一瞬動きを止める。
だがすぐに再び突っ込んできた。
「もう一回でヤンス!」
「頼むから当ててくれよ!」
湊が再び叫ぶ。
「青天ノ霹靂!!」
すると。
今度は雷ではなかった。
突風だった。
「なんで!?」
葉っぱが舞う。
木が揺れる。
ゴブリンも困惑していた。
僕も困惑していた。
「このスキルは対象もランダムでヤンスが、起きる事象もランダムでヤンス!ロマンでヤンス!」
何だそれ。役に立つのか立たないのか分からない。
「命懸けの状況で、ロマンもクソもあるか!」
ゴブリンがさらに迫る。
あと数メートル。
まずい。
本気でまずい。
その時だった。
「はっはっはっ」
笑い声。
雲水だった。
いつの間にか前へ出ている。
相変わらず気の抜けた顔だった。
「雲水!」
ゴブリンが飛びかかる。
短剣が振り下ろされる。
だが。
雲水は避けなかった。
ただ一歩前へ出る。
そして。
短剣が当たるより先に、軽く拳を振った。
それだけだった。
ゴブリンの身体が吹き飛ぶ。
三メートル。
四メートル。
地面を転がる。
そして。
動かなくなった。
「……え?」
思わず声が漏れる。
終わった。
一撃だった。
「終わりだ」
雲水が言う。
まるで散歩でもしていたみたいな顔だった。
「いや終わりだじゃねぇよ」
僕は思わず突っ込んだ。
「何をしたんだ今」
「殴った」
「見れば分かるよ」
問題はそこじゃない。
雲水はいつも通り笑った。
「はっはっはっ」
本当に意味が分からない。
だが。
助かったのは事実だった。
ゴブリンが飛ばされていった方向を見ながら、僕は大きく息を吐いた。




