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第33話 ウキウキの森林浴

 森へ入ってしばらくは浮かれていた。


 木々の間を歩き。


 適当に方向を決め。


 気になった場所へ進む。


 自然の一部になったみたいで気持ちもいい。


 頭上では葉が風に揺れている。


 木漏れ日が地面へ落ち、緑色の光が揺れていた。


 鳥の鳴き声も聞こえる。


 思っていたより暗くない。


「涼しいな」


 学校の周囲より木が多い。


 日差しも遮られていて歩きやすかった。


 風も気持ちいい。


 途中、見慣れない花を見つけた。


 道端にぽつんと咲いていたそれは、妙に静かな存在感があった。


 花びらは薄く、光を受けると少しだけ透けて見える。


 色は白に近いのに、縁だけが淡く青く滲んでいて、まるで朝の霧をそのまま閉じ込めたみたいだった。


 中心には小さな金色の粒が集まっていて、近くで見ると星屑みたいにも見える。


 風が吹くたび、花全体がほんの少しだけ傾く。


 揺れているというより、呼吸しているようだった。


 日本では見たことがない。と言っても大して詳しくないけど。


 でも、小さくて、どこか妙に印象に残る花だった。


「異世界っぽいな」


 適当に呟く。


 僕が知らないだけで、もしかしたら日本にもある花かもしれない。


 せっかくだし、一本摘んでおくか。


 そう思って、しゃがむ。


 茎の根元を指でつまんで、折れないようにそっと引いた。


 思ったより簡単に抜ける。


 土の匂いが少しだけ強くなった。


 花は手の中で小さく揺れている。


 そのままでは潰れそうだったので、鞄を開けた。


 中には水筒と、適当に入れた荷物が少しだけある。


 教科書の上に置けば平気だろう。


 そう考えて、花をそっと中へ入れる。


 茎が折れないように角度を調整して、上から軽く布をかぶせる。


 それでも少し不安だったので、鞄を揺らさないように気をつけながら口を閉じた。


 これで大丈夫だろう。多分。


 ◇


 ふと気付くと、景色がほとんど変わっていなかった。


 木。


 草。


 木。


 草。


 たまに岩。


「まあ森だしな」


 こんなもんだろうと、納得する。


 歩き続ける。


 しばらくして、また違和感が来た。


「どっちから来たんだっけ」


 ちょっと適当に歩きすぎたかもしれない。


 振り返る。


 木。


 草。


 木。


 草。


 うん。さっきと同じだった。


「……」


 少しだけ考える。


 本当に少しだけだ。


 嫌な予感がした。


 だが。


「ま、まあ何とかなるか」


 そう言って、また歩き出す。


 それからさらに一時間ほど経った頃。


 さすがにおかしいと認めざるを得なくなった。


 空を見上げる。


 木々の隙間から覗く空は、いつの間にか赤みを帯びていた。


 夕方だ。


 普通にまずい。


 冷静に考えなくてもまずい。


 適当に歩いたって、どこかの村や町やせめて人一人くらいには会うだろうと思っていた。


 それが、街道も見つからない。


 周囲は森。


 全部森。


 どう見ても迷子だった。


 異世界を舐めていた。


 というよりも、森を舐めていた。


「……これはやったな」


 他人事みたいに呟く。


 自慢じゃないが、僕は昔から現実逃避は得意だった。


 でも。ここは異世界。


 日本の山で迷った訳じゃない。


 「魔物がいる世界の森で遭難か」


 言葉にすると結構まずかった。


 とりあえず高い場所を探そう。


 そう思った、その時だった。


 頬に、冷たいものが落ちる。


「ん?」


 見上げると、灰色の雲が空を覆っていた。


 さっきまであんなに晴れていたのに。


「嘘だろ」


 言った瞬間。


 ザーッ!


 まるでバケツをひっくり返したように、大粒の雨が大量に降り始めた。


「タイミング悪すぎない!?」


 誰に言うでもなく文句を言う。


 返事はない。


 一人なのだから当然だ。


 雨はどんどん強くなる。


 服が濡れる。


 視界も悪い。


 地面もぬかるみ始めた。


「とりあえず雨宿りだな……」


 木の下では意味がない。


 岩陰。


 洞穴。


 何でもいい。


 屋根になる場所を探さなければ。


 僕は雨の中を走り始めた。


 枝が肩を打つ。


 足元が滑る。


 それでも構わず進む。


 数分後。


「お?」


 木々の隙間に、何かが見えた。


 少し先の岩壁だ。


 その一部だけが、妙に黒く沈んでいる。


 近付く。


 さらに近付く。


 雨に打たれながら目を細めると、岩壁の一角がぽっかりと口を開けていた。


「洞窟?」


 思わず呟く。


 雨音の向こう。


 暗い穴が静かにそこにあった。

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