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第32話 僕は自由を手に入れた

 学校を出てから、もう数時間が経っていた。


 僕は街道を歩いている。


 王都へ向かう道ではない。


 わざわざ反対側へ足を向けたのは、なんとなく、今はあまり人と会いたくなかったから。


 ふと、空を見ると青空が広がっていた。空は日本も異世界も何も変わらない。


 雲は薄く、風も心地いい。道端の草が揺れるたび、乾いた土の匂いがふわりと流れてくる。


 異世界に来てから、こんなに気楽な気分になったのは初めてかもしれない。


「自由って、こんな感じか」


 誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。


 もちろん返事はない。


 周囲に人影は見えず、聞こえるのは自分の足音と風の音くらいだ。けれど、それが妙に悪くなかった。


 どこへ行ってもいい。


 何をしてもいい。


 誰かに急かされることも、命令されることもない。


 雑務班として作業してるときよりも、そしてこれからずっと何もせず待機しているより、ずっとましだ。


 そんなことを考えていた、その時だった。


 街道脇の草むらが、がさりと大きく揺れた。


「っ」


 思わず足が止まる。


 反射的に腰のナイフへ手を伸ばしかけて、そこでようやく自分が身構えていたことに気付いた。


 心臓が、どくんと一つ跳ねる。


 魔物と戦ったことなんてない。ましてや、動物の命を奪ったことなんてない。


 もしも、魔物が出てきたらーー。


 数秒ほど息を殺して待ってみるが、草むらはそれきり静かだった。


 もう一度風が吹き、葉がかすかに鳴る。どうやら、ただ揺れただけらしい。


「……」


 周囲を見回す。


 誰もいない。


 ほっと胸を撫で下ろす。


 学校の近くには騎士たちがいたし、王都に入れば兵士もいる。


 だが、今は違う。


 ここで魔物が出たとしても、助けを呼べる相手はいない。


 この世界に来てから、魔物の話は何度も耳にした。学校の周囲にも出るらしいし、騎士たちが普通に討伐しているとも聞いた。


 それでも、実際に見たことは一度もない。


 だからこそ、余計に実感が湧かなかった。


 怖いような、そうでもないような。自分でもよく分からない感覚だけが、胸の奥に残っている。


「……まあ。自分で選んだ道だしね」


 考えても仕方ない。


「その時はその時だ」


 どうせ、考えたところで何かが変わるわけでもない。今さら学校へ引き返す気にもなれなかった。


 それに、せっかく自由になったのだ。怖いから戻る、というのも何だか違う気がする。



 昼を少し過ぎた頃、小川を見つけたので、そこで足を止めた。


 石の上に腰を下ろし、持っていた保存食をかじる。正直、美味いとは言えない。けれど、食べられないほどひどいわけでもなかった。


 水を飲み、空を見上げる。


 静かだ。


 学校にいた頃は、いつも誰かの気配があった。湊が騒ぎ、雲水が笑い、ギャル子が怒る。そんな騒がしい日常が、もう遠い昔のことのように感じる。


 本当に、一人きりなんだな。


 ◇


 少し休んでから、また歩き出した。


 どれくらい進んだだろう。


 気付けば、周囲の景色が少しずつ変わっていた。木が増え、草は深くなり、街道もいつの間にか細くなっている。


「森か」


 立ち止まって、前方を見る。


 木々の向こうは薄暗く、奥の様子はよく見えない。


 戻るべきか、それともこのまま進むべきか、ほんの少しだけ迷った。


 森の中には魔物がいるかもしれない。


 普通に考えれば、街道を外れるべきではないのだろう。


「まあいいか」


 結局、僕はそのまま歩き出した。


 そもそも、行く先なんて決めていない。目的地がないなら、どこへ向かっても大差ないだろう。


 そうして僕は、森の中へ足を踏み入れた。


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