第29話 無難に生きる日々
それから更に数週間が過ぎた。
学校は大きく変わっていた。
校庭の一角には畑が作られ、木柵は学校全体を囲むほど広がった。見張り台も増え、騎士達の巡回も定着している。
異世界に来たばかりの頃とは本当に別の場所のようだった。もう、この世界に馴染んでいる。
変わったのは学校だけじゃない。
学生達、みんなも変わった。
農業班は畑を管理し。
鍛冶班は道具を作り。
建築班は新しい倉庫を建てている。
それぞれが役割を持ち。
それぞれが成長していた。
僕を除いて。
「百瀬ー!」
「はい」
「その木材、倉庫まで運んでくれ」
「分かった」
木材を担ぐ。
倉庫へ運ぶ。
終わる。
「百瀬!」
「今行く」
今度は農業班。
道具を運ぶ。
「百瀬!」
「はいはい」
次は物資管理班。
荷物整理。
そんな毎日だった。
雑務班。
名前は立派だが、実際は僕一人だけの何でも屋である。
忙しくはある。
だけど、何かが残るわけではない。
そんな生活を続けていた。
「百瀬殿ー!」
聞き慣れた声が聞こえた。
振り返る。
湊だった。
「おお」
思わず声が出る。
久しぶりだった。
最後に会ったのは学校に戻ってくる前だったか。
湊は以前より少しだけ冒険者らしくなっていた。
腰には短剣。
革鎧も着ている。
なんというか。
雰囲気が違った。
「久しぶりでヤンス!」
「久しぶり」
「元気だったでヤンスか?」
「まあ、それなりに」
湊は満足そうに頷く。
「拙者は忙しかったでヤンス!」
「そうなのか」
「そうでヤンス!」
そこから話が止まらなかった。
冒険者ギルド。
依頼。
薬草採取。
素材集め。
護衛の付き添い。
楽しそうに語る。
いや。
実際楽しいのだろう。
目が輝いていた。
「この前なんて薬草を三十本も集めたでヤンス!」
「へえ」
「ギルドのお姉さんに褒められたでヤンス!」
「よかったな」
「でヤンス!」
本当に嬉しそうだった。
「魔物討伐とかは?」
僕が聞く。
すると湊は首を振った。
「まだ無理でヤンス」
「そうなのか」
「拙者まだFランクでヤンスからな」
「ランク?」
「冒険者にはFからSまでランクがあるでヤンス」
なるほど。
ゲームみたいだ。
「じゃあまだ新人か」
「新人でヤンス!」
なぜか胸を張った。
「威張ることか?」
「立派な新人でヤンス!」
こいつは相変わらずだった。
「ちなみにゴリマッチョ先生はBランクでヤンス」
「高いのか?」
「かなり高いでヤンス」
「だろうな」
納得しかない。
あの人なら素手で熊くらい倒しそうだ。
話を聞いているうちに、少しだけ昔を思い出した。
日本にいた時、ゲームの話をしている時の湊だ。
好きなことを語る時は昔からこんな感じだった。
「百瀬殿はどうしてたでヤンス?」
不意に聞かれる。
「僕?」
「でヤンス」
少し考える。
何をしていた。
何をしていただろう。
「木材運んだり」
「うむ」
「荷物運んだり」
「うむ」
「畑手伝ったり」
湊が黙った。
「雑務でヤンスな」
「雑務だからな」
「なるほどでヤンス」
会話が終わった。
別に気まずくはない。
ただ。
比較すると少し寂しい気がした。
いや。
気のせいだろう。
多分。
「そうだ」
湊が思い出したように言う。
「雲水殿見たでヤンス?」
「見てない」
「拙者も見てないでヤンス」
「どこ行ったんだ?」
「というか、どこの組ヤンス?」
「わからない。でもまあ、あいつならどこでも大丈夫だろ」
「それはそうでヤンス」
二人で笑う。
ここ最近、本当に見かけてない。
学校にもいない。
王都にもいない。
どこで何をしているのか誰も知らないらしい。
「まあ雲水だしな」
「それで納得できるのが凄いでヤンス」
確かに。
その時だった。
「百瀬!」
遠くから声が飛ぶ。
建築班だった。
「あー」
思わず空を見上げる。
「呼ばれてるでヤンスな」
「みたいだな」
「人気者でヤンス」
「便利屋とも言う」
立ち上がる。
「またな」
「またでヤンス!」
手を振る湊に手を振り返す。
そして建築班へ向かった。
「悪い百瀬。この資材運ぶの手伝ってくれ」
「分かった」
木材を持ち上げる。
運ぶ。
それだけだ。
それだけなのだが。
ふと。
湊の楽しそうな顔が頭に浮かんだ。
まあいいか。
人には向き不向きがある。
深く考えるのはやめた。
どうせ考えても仕方ない。
僕は木材を担ぎ直し、運搬作業を続けた。




