第28話 お手伝いさん始めました
学校組が学校へ戻ってから、数日が経っていた。
校舎の周囲では、朝から晩まで工事の音が絶えない。木を打つ乾いた響き、土を掘り返す鈍い音、誰かの掛け声が風に乗って遠くまで届いてくる。
木の柵。
見張り台。
簡易的な防壁。
最初に学校の面影はもう薄い。目の前にあるのは、少しずつ形を整えられた、ちゃんとした拠点だった。
人間って、数日あればここまで変わるものなんだな、と僕はぼんやり思う。
それと同時に、みんなの動きにも圧倒されていた。
「農業班は午後から畑を広げるぞ!」
「建築班は資材搬入急げ!」
「鍛冶班は炉の設置を始める!」
あちこちから飛ぶ声は忙しなく、それでも妙に明るい。疲れているはずなのに、誰も足を止めない。むしろ、やることがあること自体を楽しんでいるように見えた。
活気がある。
文化祭の準備みたいだ、と僕は思った。
もっとも、失敗したらゴブリンが襲ってくるあたりは、文化祭とはちょっと違うのだが。
……ちょっと、どころではないな。
「百瀬」
「はい」
呼ばれて振り向くと、建築班の二年の先輩が手を上げていた。額には汗がにじみ、腕には木くずがついている。
「木材運ぶの手伝ってくれ」
「了解です」
言われるまま、木材を持ち上げる。思ったより重い。肩に食い込む感覚に少し顔をしかめながらも、周囲の動きに合わせて運ぶ。杭を支え、縄を引き、指示された場所へ木材を置く。
ひと通り終えるころには、手のひらがじんと熱を持っていた。
「助かった」
「どうも」
短いやり取りだったが、そう言われるだけで少しだけ気持ちが軽くなる。誰かの役に立てた、という実感は、思っていたよりずっと素直に嬉しかった。
「百瀬」
「はい」
「ここはもういいから、次は農業班手伝い行ってくれ」
「はい」
今度は畑へ向かう。
土はまだ掘り返したばかりで、湿った匂いが強い。石を拾って運び、鍬で土を起こし、根の張った雑草を抜いていく。派手さはない。むしろ、ひたすら地味だった。けれど、土の感触や、少しずつ整っていく畝を見ていると、ただの作業ではないのだと分かる。
ここで育つものが、きっと誰かの食事になる。
そう考えると、単純な作業にも少しだけ意味が宿る気がした。
「助かった」
「お疲れ」
また感謝される。
そのたびに、胸の奥がほんの少しだけ温かくなる。
うん。
悪くない。
悪くはないんだ。
◇
休憩時間。
僕は木陰に腰を下ろし、持っていた水を喉に流し込んだ。汗で張りついたシャツが少しだけ風を通し、ようやく息がつける。
そこで、ふと気付く。
農業班は農業班同士で固まっている。建築班は建築班同士。鍛冶班も同じだ。自然と輪ができていて、その中心では自分たちの職業の話で盛り上がっている。
「農業職の補正すげーな」
「昨日より成長早くないか?」
「だろ?」
楽しそうだった。
鍛冶班の方からも、火花の散る炉の前で声が弾んでいるのが聞こえる。
「鉄加工のスキル覚えた」
「マジか」
「鍛冶職人当たりじゃね?」
こっちも楽しそうだ。
みんな、自分の職業の話をしている。自分の将来の話をしている。自分だけの武器や、これから伸ばしていく力の話をしている。
その輪の中に、僕はいない。
いや、別に仲間外れというわけではない。呼ばれれば普通に話すし、向こうも普通に接してくれる。だから、問題なんてないはずだった。
本当に、ない。
……ないはずだ。
「由良」
「はい?」
建築班の生徒が、少し離れた場所から手を振ってくる。木材を抱えたまま、困ったように眉を下げていた。
「悪い。この木材運ぶの手伝って」
「ああ、うん」
僕は立ち上がる。
さっきまで座っていた木陰が、急に遠く感じた。
木材を運ぶ。終わる。短い作業のあとには、いつも通りの「助かった」が返ってくる。
「助かった」
「どういたしまして」
それで終わりだ。
また一人になる。
雑務班だから、当然だった。
あっちへ行って、こっちへ行って、足りない場所を埋める。誰かが手を回しきれないところを補う。それが僕の役目なのだと、頭では分かっている。
別に嫌じゃない。
むしろ、必要とされているだけマシだ。
でも。
ほんの少しだけ、胸の奥がざわついた。
みんなには職業がある。
みんなには、これから伸ばしていくものがある。
じゃあ、僕には?
「由良」
また呼ばれる。
今度は物資管理班だった。倉庫の方を指さしながら、少し急いだ声で言う。
「倉庫の荷物運ぶの手伝ってくれないか?」
「分かった」
僕は立ち上がる。
考えるのをやめた。
どうせ、答えなんて出ない。
無職なんだから仕方ない。
雑務班なんだから仕方ない。
誰も悪くない。教頭も悪くない。周りも悪くない。それはちゃんと分かっている。
だからこそ、胸の奥に引っ掛かった何かにも、気付かないふりをした。
「今行く」
そう言って、僕は倉庫へ向かった。




