第24話 浮き足立つ学生達
職業鑑定を終えた僕達は、宿舎へと戻っていた。
石造りの廊下を抜け、木の扉を開けると、宿舎の中は夕暮れの熱気と、人の多さでこもった空気で満ちていた。磨かれた床板は歩くたびにかすかに軋み、壁際には簡素な燭台が並んでいる。窓の外から差し込む橙色の光が、長い影を床に落としていた。
明日は一日自由時間ととなる。そしてまたその翌日に、王城へ集まるように言われている。
その時にに召喚された理由と今後について。
王から直接説明があるらしい。
とはいえ、今日は自由時間だ。
久しぶりに肩の力を抜ける。
宿舎の談話室には多くの生徒達が集まっていた。
長椅子や丸机の周りでは、あちこちで職業の話が飛び交っている。窓は開け放たれ、夕方の風がカーテンを揺らしていた。椅子を引く音、笑い声、驚いたような声が重なって、部屋の中は妙に落ち着かない賑やかさに包まれている。
話題は当然、職業のことだった。
「勇者ってマジかよ」
「神武すげぇな」
「伝説の職業なんだろ?」
神武の周りには自然と人だかりが出来ていた。
本人は少し困ったように頭を掻いている。
「だから俺もよく分かってねぇって」
「でもRPGだったら主人公だ」
「ここはRPGじゃねぇんだから、主人公とか言われても困る」
神武が呆れたように返す。
周囲から笑い声が上がった。
少しだけ空気が和む。
隣では天道先輩も質問攻めにされていた。
窓際の席に座る先輩は、夕陽を背に受けてどこか神秘的に見える。けれど本人はいつも通り落ち着いた様子で、押し寄せる視線を柔らかく受け流していた。
「賢者ってどんな職業なんですか?」
「さあ。私も詳しくは分からないかな」
「でも凄いんですよね?」
「神官さんの反応を見る限りは」
そう言って苦笑する。
賢者と言われても浮かれた様子はない。
流石生徒会長だった。
「由良殿」
向かいから声が飛んできた。
湊だった。
なぜか満面の笑みである。
談話室の喧騒の中でも、やけに元気な声がよく通る。椅子に浅く腰掛けた湊は、胸を張って得意げにこちらを見ていた。
「なんだよ」
「拙者、特殊固有職でヤンス」
「知ってる」
「愚者でヤンス」
「知ってる」
湊は何度も頷く。
「格好良くないでヤンスか?」
「そうか?」
「勇者! 賢者! 聖女! 愚者!」
「最後だけなんか違うな」
「気のせいでヤンス」
本人は満足そうだった。
まあ本人が良いなら良いのだろう。
「はっはっはっ」
笑い声が聞こえる。
雲水だった。
壁際の席で腕を組み、相変わらず余裕そうに笑っている。談話室の明るい空気の中でも、あいつだけは妙に落ち着いて見えた。
「お前は何がおかしいんだよ」
「別に」
「覚者って何なんだ?」
「知らん」
「おい」
即答だった。
「職業なんてどうでもいい」
「適当すぎるだろ」
「俺は俺だ」
意味が分からない。
だが雲水は本気でそう思っているらしかった。
職業が何だろうと気にしていない。
そういう人間なのだろう。
「そういえば」
誰かが声を上げた。
「ステータスの能力値ってみんなどれくらいなんだ?」
その一言で談話室の話題が変わる。
職業鑑定の時、神官達はステータスの確認方法も教えてくれていた。
意識を向ければ見える。
未だに慣れない感覚だ。
「神武どうだった?」
「俺か?」
神武が頭を掻く。
「合計百五十らしい」
一瞬静まり返った。
「は?」
「百五十?」
「高すぎだろ」
談話室が騒然となる。
神武は苦笑した。
「俺に言われてもな」
「勇者だからでヤンス」
湊がうんうん頷く。
「天道会長は?」
「私も百五十だったよ」
天道先輩が答える。
「聖華も百五十らしいぞ」
誰かが言った。
再びざわめきが広がる。
どうやら勇者、賢者、聖女。
伝説級の職業は別格らしい。
「拙者は百でヤンス」
湊が胸を張る。
「おお」
「すげぇな」
「流石愚者でヤンス」
「そこはよく分からん」
本人は満足そうだった。
「雲水は?」
「百だな」
あっさり答える。
「やっぱ特殊固有職は高いんだな」
「そうらしい」
興味なさそうだった。
本当に自分の能力値すらどうでも良いらしい。
「由良殿は?」
湊がこちらを見る。
「三十」
「普通でヤンスな」
「普通だな」
「普通だ」
満場一致だった。
自分でもそう思う。
高くもない。
低くもない。
下級職と同程度。
「まあ無職だしな」
無職ならこんなもんだろう。
「はっはっはっ」
雲水がまた笑う。
「何がおかしいんだよ」
「別に」
そう言いながらこちらを見る。
一瞬だけ。
何かを見透かされたような気がした。
だが次の瞬間にはいつもの雲水だった。
「どうした」
「いや」
気のせいだろう。
そういうことにしておいた。
その後も談話室では職業の話題が続いた。
騎士。
剣士。
鍛冶職人。
商人。
聖女。
勇者。
それぞれが自分の職業について語っている。
少し不安そうな者もいる。
だが全体的には前向きだった。
自分に何が出来るのか。
それが分かっただけでも大きいのだろう。
僕は窓の外を見る。
夕日に照らされた王都が見えた。
高い城壁。石造りの街並み。行き交う人々。窓ガラス越しに見える街は、赤く染まった屋根が幾重にも重なり、遠くの塔の先端だけが空に突き刺さっている。宿舎の中の喧騒とは対照的に、外の景色は静かで、どこか遠い世界のようだった。
「そういえば」
湊が窓の外を見ながら言う。
「まだ王都を見て回ってないでヤンスな」
「ああ」
城と宿舎しか知らない。
石畳の道も、露店の並ぶ広場も、まだちゃんと見ていない。
「せっかく異世界に来たんでヤンス」
湊は立ち上がる。
「明日は王都探検でヤンス!」
「子供かよ」
「ロマンでヤンス」
即答だった。
「雲水殿は?」
「どっちでもいい」
「由良殿は?」
「まあ、時間があるなら」
特に断る理由もない。
異世界の街には少し興味があった。
「決まりでヤンスな!」
湊が嬉しそうに笑う。
その様子を見ながら、僕は再び窓の外へ視線を向けた。
夕焼けに染まる王都は、どこか現実離れして見えた。
異世界。
まだ実感は薄い。
けれど、こうして誰かと笑い合っているうちに、少しずつこの世界が日常になりつつあるのかもしれない。
少しだけ。
この世界を見てみたいと思った。




