第21話 この世界でただ一人
僕はゆっくりと前へ進んだ。
赤い絨毯の感触が妙に気になる。
緊張しているのかもしれない。
いや。多分緊張している。
周囲では勇者や賢者や聖女が生まれているんだ。ギャル子や雲水、湊でさえ、よく分からないにしても特殊固有職というレアな職業だ。
目立ちたくない、なんて思いつつも無意識のうちに、もしかしたら僕も……なんて期待してしまう。
「こちらへ」
神官に促され、僕は水晶の前に立った。
そして。
手をかざす。
水晶がほのかに光る。
なんだか、みんなよりも少し光が少ない気がした。
文字が浮かび上がる。
そこに記されていた職業は。
無職。
……。
…………。
沈黙。
あまりにも長い沈黙だった。
最初に口を開いたのは髭じい神官だった。
「え?」
間抜けな声だった。
「むしょく……?」
髭じい神官が目を擦り、もう一度見る。
だが、何度見ても結果は変わらない。
無職と、綺麗な文字でそう書かれている。
「水晶の故障では?」
騎士の一人が呟いた。
「あり得ません」
別の神官が即座に否定する。
「この神具が誤作動を起こした記録はありませんし、何千何万の魔法を当ててもこの水晶は壊れることは出来ません」
「ならば見間違いでは?」
神官達がざわつく。
騎士達もざわつく。
王までもが困惑していた。
いや。
待て。
僕が一番困惑している。
「あの、無職……とは?」
僕は髭じい神官へ質問する。
髭じいの眉間に皺を寄せると、考え込むように顎に手を当てる。
「……この世界で、無職という職業を聞いたことがないんです」
他の神官達も同じように難しい顔をしている。
「古い文献にも記載ない。この世界で職を持たぬ者など存在しないはず……」
王がぽつりと漏らした。
ざわり。
空気が揺れる。
「もう一度測定してみたら?」
後ろの方からギャル子が慌てて言う。
僕は言われるまま再び手をかざしてみた。
また小さな光る。
そして。
結果は変わらず、浮かび上がるのは無職のまま。
誰も喋らない。
空気が重い。シーンという音が聞こえて来るほどに。
その時だった。
「はっはっはっ」
笑い声が響いた。
雲水だった。
全員の視線が集まる。
雲水は腹を抱えて笑っている。
「面白い」
本当に楽しそうだった。
「何がだよ」
思わず聞き返した。
雲水はしばらく笑った後、
「いやなに」
口元を緩める。
「お前は本当に面白いな」
そう言った。
意味が分からなかった。
馬鹿にしている訳ではない。
雲水はそんなことで人を笑わない。
じゃあなんだ?
ただ、この結果を見ても雲水だけは驚いていなかった。
「さて」
髭じい神官が咳払いをする。
「珍しい結果ではありますが、あまり悲観しないように」
「そうだとも! 今まで前例が無いというだけのこと。なにも職業がなければ生きていけぬ訳でもない」
王のその言葉に場の空気が少しだけ緩んだ。
「では、これにて全ての鑑定が完了した! 続けて、ステータスについての説明を行う」
「皆様には神より加護が与えられております」
神官が説明する。
「意識してステータスと念じてください」
言われた通りにする。
すると。
目の前に半透明の板が現れた。
「おおっ」
周囲から歓声が上がる。
僕も思わず目を見開いた。
まるで3Dゲームをやっているような感覚だ。
「職業によって能力値や成長率は異なります。また、固有スキルを持つ者もおります」
神官の説明が続く。
僕もステータスの一番上、職業とかかれた欄に視線を移す。
職業 無職
やっぱり無職だった。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。まさか僕だけ職無しとは。
ついでに能力値も確認してみる。
体力、筋力、耐久、敏捷、魔力、精神、魅力、そして運。
どれも平均的で、突出したものはない。
神官の説明によると、極端に低いわけではないみたいだけど。
良く言えば万能。悪く言えば平凡。
そんな印象だった。
勇者達のような華やかさもない。
愚者やギャルのような特徴もない。
剣士や魔法使いのようなファンタジー感もない。
本当にただの無職。
それが僕だった。
再度ため息が漏れる。別にそこまで気にしているつもりはない。だけど、やっぱりテンションは下がる。
みんなで楽しそうにステータス画面を見つめる中、僕は再度、職業と能力値を一瞥しただけでステータスを閉じた。




