16話 初めての異世界修学旅行
王国への移動が始まった。
校門の外には大量の馬車が並んでいる。
「多くない?」
僕は思わず呟いた。
十台や二十台ではない。
数え切れないほどの馬車。
さらにその周囲を騎士達が取り囲んでいる。
鎧。
剣。
槍。
昨日も見た光景なのに、やっぱり慣れない。
「由良殿」
「なに?」
「馬車でヤンス」
「見れば分かる」
「人生で馬車に乗る機会なんて普通ないでヤンスよ」
「まあ、それはそうか」
「しかも異世界の馬車でヤンス」
「言われてみれば貴重な体験だな」
「今のうちに堪能するでヤンス」
「乗り心地は期待できなさそうだけど」
「そこも含めて堪能するでヤンス」
湊は妙に嬉しそうだった。
こいつは本当に楽しそうである。
「はっはっはっ。確かに馬車など滅多に乗れんからな」
雲水も笑っていた。
この二人。
異世界適性が高すぎないか。
僕だけ温度差を感じる。
その時。
「皆さん、聞いてください」
天道先輩の声が響く。
自然と生徒達が静かになった。
「これより王国へ移動します」
相変わらず凄い。
マイクも無いのに普通に聞こえる。
「移動には数時間かかります」
数時間か。
思ったより遠いらしい。
「騎士団の方々が護衛してくださいます。決して勝手な行動は取らないでください」
その言葉に何人かが顔を逸らした。
多分昨日勝手に見に行った僕達みたいな連中だろう。
もちろん僕も逸らした。
気まずい。
◇
移動は予想以上に大変だった。
六百人近い人間がいるのだ。
馬車へ乗り込むだけでかなり時間がかかる。
僕達もようやく空いている馬車へ乗り込んだ。
同じ馬車には。
湊。
雲水。
ギャル子。
そして数人のクラスメイト。
知らない顔もいる。
学校全体で移動だから当然だ。
さっきまであんなに目を輝かせていた湊だったが。
「せまいでヤンス」
「文句言うな」
「お尻が痛いでヤンス」
「今のところ感想全部文句じゃないか」
「事実を述べているだけでヤンス」
「さっきまで堪能するとか言ってただろ」
「理想と現実は違ったでヤンス」
「どっちなんだよ」
「異世界の馬車には乗りたい。でも快適でもあってほしい。人類共通の願いでヤンス」
「勝手に人類代表になるな」
すると向かいに座っていたギャル子が吹き出した。
「あいかわらず馬鹿ね」
「ギャル殿も同志でヤンスか」
「いや、それは絶対ないし」
「裏切りでヤンス」
そんなやり取りをしているうちに、外からラッパの音が響いた。
直後。
ガタンッ!
「うわっ!?」
馬車が大きく揺れる。
全員の身体が同時に跳ねた。
窓の外を見ると、前の馬車がゆっくりと進み始めていた。
僕達の馬車もそれに続く。
車輪が軋み、馬の蹄が地面を叩く音が響く。
いよいよ出発だ。
異世界生活三日目。
僕達はついに学校を離れた。
◇
森は広かった。
想像以上に。
どこまでも木々が続いている。
日本の山とも違う。
見たことのない植物。
見たことのない花。
そして。
「でかくない?」
思わず声が漏れた。
空を巨大な鳥が飛んでいた。
翼を広げれば軽自動車くらいありそうだ。
「由良殿」
「なに?」
「あれドラゴンでヤンス」
「鳥だろ」
「ドラゴンでヤンス」
「鳥だって」
「はっはっはっ。どちらにせよ大した大きさだな」
雲水が窓の外を眺めながら言った。
「あれは竜の血を引いている」
「本当?」
「知らん」
「知らないのかよ!」
思わず突っ込んだ。
こいつ最近適当なことしか言わない。
「でも日本にはいないよね、あんなの」
ギャル子が窓の外を見ながら呟く。
「いないな」
「写真撮りたい」
「撮っても誰にも見せられないけどな」
「あ……」
ギャル子が少しだけ黙る。
いつも騒がしい彼女にしては珍しかった。
圏外。
家族とも連絡が取れない。
その事実を思い出したのだろう。
馬車の中が少しだけ静かになった。
僕も窓の外を見る。
見たことのない景色。
見たことのない生き物。
知らない世界。
嫌でも分かる。
ここは僕達の知る日本じゃない。
◇
昼過ぎ。
馬車が大きく揺れた。
「うおっ」
思わず外を見る。
そして。
言葉を失った。
視界が開けていた。
森が終わっている。
その先。
地平線の向こうまで続く巨大な城壁。
「……え?」
誰かが呟いた。
気持ちは分かる。
僕も同じだった。
高い。
とにかく高い。
マンションみたいな高さの壁が延々と続いている。
そのさらに奥。
白く輝く巨大な城が見えた。
まるで絵本の中の世界だった。
「すげぇ……」
「あれ全部壁?」
「やばくね?」
「本当に王国なんだ」
あちこちから声が上がる。
ギャル子も窓に張り付いている。
「ちょっと待って。あれ絶対テーマパークよりすごいんだけど」
「比較対象そこなんだ」
「だってお城だよ!? 本物のお城!」
珍しく興奮している。
まあ気持ちは分かる。
僕だって圧倒されていた。
その時。
前方の馬車から天道先輩がこちらを振り返った。風に長い髪が揺れ、その横顔が陽光に照らされる。
どこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
「皆さん」
その声に自然と視線が集まる。
「あれがアルヴァニア王国です」
再び歓声が上がった。
城壁の上には無数の旗がはためき、陽光を受けた白い城が空に溶け込むようにそびえている。
その光景を見上げているうちに、胸の奥が妙にざわついた。
期待なのか、不安なのか、自分でもよく分からない。
ただ一つだけ確かなのは――。
あの城の向こうに、僕達のこれからが待っているということだった。
僕達を乗せた馬車の列は、ゆっくりとアルヴァニア王国へ向かって進んでいった。




