99時間目:私も出来た
ラーナー家に一時帰宅した日の夜、ティルは寝床にて体を強張らせていた。
(お父さん達も、オリーン先生も、学校の皆も、世界も、私が我慢すれば、大丈夫なんだ。凄く苦しいけど、頑張る)
自然と思考は、この日の帰宅後の光景に遡る。
(時の記録に接続って、あの、エスパランタ1552年に行った時のあんな感じなのかな?学園長先生、きっとあれをやってたんだね)
すると、ティルがイヴァンから受けた「特別授業」の最中に、イヴァンが唱えた呪文が鮮明に頭に浮かんできた。
(何で?1回しか聞いたことない呪文なのに、ずっと前から知ってたみたいな感じ)
ティルは、一度軽くため息をついた。
(学園長、こっちの呪文で時の記録を見せてくれたなぁ)
極々小さな声でティルは唱えた。
「ティエエンメ、ピオ。アエーレ、チアッカイ、ヴイオ」
すると、夜ではあったが、夜のそれより深い暗さが部屋を包んだ。
「あっ!えっ?」
(私も出来るのっ?)
慌てて寝床を飛び出すティル。そんなティルの目の前に、学校の講堂の光景が広がる。そして、記録映像が流れ始める。
「春の花が咲き誇り始めたこの良き日に、メビラ学園に入学の皆さん、ご入学おめでとうございます。これから初等部、中等部、高等部と12年間、魔法をはじめ、この学校で世の中の事を学んでください」
イヴァンが学園長挨拶をする。
「ふ、ふあぁ」
ティルは、自らの席であくびをした。
(これ、入学式っ?)
しかし、そこで映像は途切れ、通常の夜の帳がティルの目の前に広がった。ティルは、床に座り込む。
「あ、あれ、いつのイテラリピティの入学式?」
それから、ティルは気を取り直し寝床へと入る。
(こわい。あの呪文、もう唱えない)
それから無理矢理ティルは就寝した。
翌日も休日であったが、ティルは朝からイヴァンと目を合わせる事が出来ない。
(う、昨日は隠し事してないって言ったのに、今日は、隠し事しちゃう。学園長先生に、昨日の夜の事言ったら、また怒る)
一方、イヴァンはそんなティルに気づいた。朝食が終わった食卓でイヴァンは言う。
「ノヴァ・テンポーレ、今日の君は様子がおかしい」
体がビクッとなるティル。
「えっと」
(お、怒らせちゃった)
イヴァンは立ち上がり、ティルに接近する。そして、心配の視線を投げかけるモニカの前で、ティルの両肩を掴み、目線を合わせた。
「昨日の私の問いに、答える気にでもなったか?」
「う、えっと、えっと」
「学園長。昨日といい、今日といい、ラーナーさんに威圧感を与えています。席に戻って改めて質問を」
「オリーン先生、席を外せ」
イヴァンとモニカの視線が険悪に絡み合う。
「が、学園長先生、オリーン先生、喧嘩しないでください。は、話します」
(本当は、隠したかったけど、話す前に怒られるなら、意味ないよね)
モニカの目の前で、ティルは話す。
「あ、あの、よくわかんないんですけど、昨日の夜、時の記録を見ました」
「な、なんだと?」
「そ、その、ちょっとだけ、いつのかわからない入学式を見ました。学園長先生が挨拶してました」
「そんな、馬鹿な」
イヴァンは、一転ティルの元から離れ、自室へと行ってしまった。
(意外と、怒られなかった)
ほっとため息をついたティルは、モニカの方を見る。モニカは、額に手を当て、目を瞑っていた。
「お、オリーン先生?」
「あっ、失礼しました」
モニカは額の手をはらい、ティルをまっすぐ見て、話を続けた。
「『いつのかわからない入学式』ですか。改めてラーナーさんが沢山の初等部1年生を過ごしてきた事がわかりました」
「そうですか」
「いい機会です。忘れてしまった私に、ラーナーさんの思い出を少しだけでも教えてくれませんか?沢山の初等部1年生を過ごされたようですし。その、3月までしか覚えていられないようですが」
(オリーン先生)
「ちょっとだけ、話します」
「はい、それでいいです」
ティルは、話し出した。
(エリンちゃん)
「幼稚園の頃から仲がいいエリンちゃんに、お誕生日ケーキをプレゼントしてもらったのは、嬉しかったです」
「あら、フレンツェルさんから。素敵ですね」
(ハワードくん)
「私、学級副委員長をやってた時もありました。その時も学級委員長は、ハワードくんで、勉強を頑張りました。三学期には、クラス別の成績で3組が1位でした」
「フリーダーさんと、学級委員を!そして、クラス別の成績が一番だったのですか?それは、誇らしいです」
(ラインハルトくん)
「あ、あと、恥ずかしいですけど、ラインハルトくんと交際しました。学習発表会では、劇で私とラインハルトくん、結婚しました」
「マラブルさんと交際っ?何ということでしょう。でも、恥ずかしい事ではありません。人と人との愛というのは」
(フェリシアちゃん)
「でも、楽しい事だけじゃなかったです。フェリシアちゃんが、高等部の男の子にいじめられて天国に行ってしまいました。私も同じようにいじめられて、それから学校に行けなくなりました」
「えっ、メンデスさんが?そんな、信じられません。でも、イテラリピティという力の影響で今、生きてるのでしょうね」
(お父さん、お母さん、リノの事は、話さないでおこう)
「他にもいっぱい思い出、あります」
「そうですよね。時の記録というものはわかりませんが、それが無くても、ラーナーさんの心には、思い出がたっぷりあるんですよね?それだけでいいのに、学園長は、何を拘っているのでしょうね?」
「オリーン先生。そうですね」
ティルとモニカの間に、穏やかな空気が流れる。それをかき消すように、イヴァンが戻って来た。
「ノヴァ・テンポーレ、わかったぞ。時間は分岐している!」
「えっ?」




