100時間目:傍にいる
イヴァンは、力無く椅子に座り込む。
「今、私達がいる時間は、元あった時間では無い。そう推測する」
「よく、わかりません」
モニカが、見かねて話に入ってくる。
「にわかに信じがたいお話ですね。時間が、木の枝のように分かれてしまったというのは。そして、元々あった時間とは別の時間に、私達がいるなんて。ラーナーさん、学園長の話は、そんな話みたいですよ」
(何それ)
イヴァンの狂ったような笑い声が響く。そして、言った。
「私が守ろうとした時間は、もはや時の記録のみの存在となった。実際動いている時間は、この新たな時間。私は、私はそれを知らずに10回以上もイテラリピティを行ってきたようだ。ああ、滑稽だ。実に、滑稽だ」
狂った笑い声の残渣をのどから発しながらイヴァンはうなだれた。流石のモニカも頭の中が整理出来ていないようで、首をわずかに傾げつつ、無言で佇んだ。そんな中で、ティルは尋ねた。
「こっけいって、何ですか?」
イヴァンは顔を上げる。モニカはティルを見て言った。
「この場合、『馬鹿みたい』という意味で使いました」
「馬鹿?」
(う、何この気持ち?)
「学園長先生、イテラリピティをやったの、馬鹿って言うんですか?」
イヴァンはティルに視線を移す。
「ああ、そうだ、ノヴァ・テンポーレ」
「そ、そんな、馬鹿って言わないでください!私が1人で苦しんだイテラリピティが馬鹿って、そんなのってないです!!」
イヴァンの目が一瞬丸くなる。そして、すぐにイヴァンの顔に自嘲の笑みが。
「ようやく、私を傷つける日が来たか。いいぞ、容赦なく罵倒しろ」
(やだ、止まらない!)
「皆の中の、私が消えるの、嫌だった!凄く嫌だった!!」
その言葉を受け、モニカは震えた。そして、一旦目を伏せ、ティルの元へ。そして、その腕で包んだ。ティルは、はっとする。そんな中、モニカは言った。
「ラーナーさん、あなたを自分の中から消してしまった人の代表として謝ります。ごめんなさい」
「オリーン先生。オリーン先生が何回も私の事を知らない人になるのは、とっても嫌だったです!でも、オリーン先生は悪くないです。悪いのはイテラリピティです!!」
イヴァンの顔が歪む。それをティルはモニカにしがみつきながら見た。
「でも、イテラリピティで、フェリシアちゃんが戻って来た。イテラリピティがなかったら、フェリシアちゃんは、天国に行っちゃったままだった」
ティルは、モニカの腕の中から出て、イヴァンに歩み寄る。
「だから、イテラリピティは大嫌いだけど、ありがとうって言いたいです。学園長先生、だから、イテラリピティを馬鹿って言わないでください」
「そうか、ノヴァ・テンポーレ」
イヴァンはため息をついた。ティルは、そんなイヴァンの傍に座り、その顔を覗き込むようにしながら言った。
「私、イテラリピティを知ってる仲間が欲しかった」
(ハワードくん、あの時は、ありがとう)
ティルは、イヴァンの方に両手を伸ばす。
「やっと、やっと会えた、学園長先生。イテラリピティを知ってる人」
イヴァンの両手に、ティルの両手が乗る。イヴァンは、目を丸くする。そんなイヴァンから、ティルは視線をモニカに移す。
「そして、オリーン先生も、学園長先生から聞いて、イテラリピティを知ってる人になってくれた」
モニカは、ティルの視線を受けながら、震えた。
「私、やっと、1人じゃなくなった。だから、傍にいていいですか?もう、1人が疲れたんです」
モニカは、ティルの元に歩み寄った。
「勿論、傍にいていいです。学園長が駄目であっても、私は、ラーナーさんの傍にいますよ」
「オリーン先生」
モニカは、ティルを抱き締めた。その目には涙があった。一方、イヴァンは、自らの両手を血が滲みそうな勢いできつく握る。短く唸り声を上げた後、イヴァンは言った。
「問いに問いで返すのはどうかと思うが、いいのか?私は、私こそがノヴァ・テンポーレをイテラリピティで1人にした人物だぞ?」
「イテラリピティで、皆から私を消した事は、許したくないです、絶対に。でも、学園長先生は、世界が壊れるのが嫌で、イテラリピティをやってた」
ティルは、イヴァンの両手を縋るように掴んだ。
「苦しくてかなしい事が多いけど、楽しかった時もあった。それは、学園長先生がイテラリピティをしてくれたからだと思います。そんな人を、私、1人にしたくないです」
「私が、1人」
「テンポーレって1人なんでしょ?」
「私が、孤独」
イヴァンは、目をきつく瞑り歯を食いしばる。そして、言った。
「ノヴァ・テンポーレ、止めろ、私が直視してこなかった事を、白日のもとに晒すな」
「ちょくし?はくじつ?わかんないです」
「くっ」
イヴァンは、たまらずティルの両手を振りほどき、席を立つ。
「その、大人びた考えに不釣り合いな知識の児童を私は、イテラリピティで作ってしまった。罪深い事をしたのだ。孤独から救われる事があってはならない」
その言葉に、モニカが反応した。
「学園長、それも一理あります。しかし、真っ先にやるべき事は、ラーナーさんの孤独を癒す事なのでは?同時にあなたの孤独が救われてしまう事があるとしてもです。私も、ラーナーさんの担任として、養母として、そして、あなたの再婚相手として手伝います」
イヴァンは、膝から崩れ落ちた。
「そうか、それも一理ある。ノヴァ・テンポーレ、引き続き私の傍にいるがいい」
「ありがとうございます、学園長先生、オリーン先生」
その後の休日は、穏やかに過ぎていった。




