97時間目:新たな生活
ティルがオーケン家に引っ越ししてから2日後、登校の日を迎える。ティルは、ラーナー家にいた頃より早くに起こされた。
「ラーナーさん、起きてください」
「お、オリーン先生?」
「ごめんなさいね、私達が出勤する時に、ラーナーさんも一緒に連れて行く事にしたので」
「わかりました」
それから、ティルはイヴァンとモニカと3人でモニカが用意した朝食を摂った。その後、イヴァンが後片付けをし、出勤準備は整った。ティルも登校準備が終わり、呟いた。
「前の家では、お父さんがお仕事に行くの見て、お母さんに『いってらっしゃい』って言ってもらって、学校行ってたのに」
「そうか、ノヴァ・テンポーレ。それが一般的なレボルテの家庭の光景だな。しかし、それはこの家ではない」
イヴァンは、そう言い終わると、ティルの右手を取る。更に、自らの右手を前に差し出す。
「オリーン先生、さあ、私の手を取りなさい」
「私は、私の瞬間移動で出勤します」
「まだ、怒っているようだな」
「知りません」
イヴァンは、ティルを少し引きずるようにしながら一方的にモニカと手を繋ぐ。
「イヴァン!」
「モニカ、再び夫婦になったんだ、こうしてもいいだろう?」
そして、イヴァンは唱える。
「チアッカイア、ヴエ。家全体に鍵を。ティエ、エレエ、ティエーレア、エッセピオエーレ、ティオ。メビラ学園へ」
次の瞬間、ティル、イヴァン、モニカはメビラ学園の校門前に着く。イヴァンは、ティルとモニカの手を離し、言った。
「さあ、それぞれの持ち場へ行きなさい」
「はい」
ティルはそう答え、1年3組の教室へと向かった。モニカはイヴァンに軽く一礼をし、職員室へ。そして、イヴァン本人は、学園長室へと行った。
(オリーン先生、私のせいで、辛いみたい。ごめんなさい)
ティルが教室に着くと、まだ誰も登校してなかった。1人席に着くと、ため息に似た息を吐く。しばらくすると、エリン他数名の児童が教室に入って来た。
「ティルちゃん、おはよう、早いね?」
「おはよう、エリンちゃん。ちょっと色々あって今日から早く登校してるんだ」
「そうなの。あ、次のお休みの日、ティルちゃんの家に遊びに行っていい?」
「えっ!あ、遊ぶんだったら、エリンちゃんの家がいいよ」
「そう?やっぱり、弟くん大変?」
(リノっ)
「ち、違うの。理由は言えないけど、今、違うお家に住んでるんだ」
「えっ、どこ?」
「ごめん、言えない」
「内緒なの?」
「うん」
「変なの、ティルちゃん」
エリンは口を尖らせる。
(あ、エリンちゃん怒る)
「あの、やっぱり、言う。誰にも言わないでね?」
「うん」
ティルは、エリンに耳打ちした。
「学園長先生のお家にいるの」
「えー!!」
エリンの大きな声が、教室に響く。驚いた他の児童達がティルとエリンに注目した。ティルは慌てて言った。
「あ、ごめん!なんでもないよ!!」
「うん!なんでもない!!」
エリンもそれに続いた。その後、エリンもティルに耳打ちする。
「え、何で?」
「ごめん、それだけは言えない」
「えー。でも、新しいティルちゃんのお家に、遊びに行きたいな」
「うー、学園長先生がいいって言ってくれればいいけど、今日帰ったら言ってみる」
「うん!」
そうして、エリンは自らの席に着く。それからすぐに先程まで一緒に家にいたモニカが瞬間移動にて教室へと入って来た。
「はい、皆さんおはようございます!」
「おはようございます!」
ティルは、努めて普通に挨拶を返した。
(何か、いつものオリーン先生に戻ったみたい)
その後、通常の授業を受け、ティルはいつものように下校しようとした。しかし、校門をくぐった頃、足を止める。
(あ、新しい家、帰り方知らない!)
ティルは、職員室へと走った。
「お、オリーン先生、お家にどうやって帰ればいいかわかりません」
「ラーナーさん、確かにそうでしたね。私が仕事を終わってから一緒に瞬間移動で帰りましょう。それまで、職員室にいてください」
「わかりました」
モニカは、自らの席の近くに簡易な椅子を持って来る。
「ここで座って待っていてください」
「はい」
ティルはその椅子に座り、モニカの仕事を見つめた。しばらくして、ティルは口を開く。
「あ、オリーン先生、ご、ごめんなさい」
「急にどうしましたか?」
モニカは、視線を書類からティルへと移す。
「私の事で、学園長先生に怒ってるでしょう?」
モニカは、はっとする。そして、言った。
「すみません、ラーナーさんに心配かけてしまったようですね。お恥ずかしい限りです。あまり今回の事は、私は納得いってないのですが、ラーナーさんの辛さを考えたら、何か力になりたくて。色々引き受けましたが、私の不満ばかりここ数日見せてしまいましたね。今夜からは、学園長と仲良くします」
「オリーン先生、無理してませんか?」
「ラーナーさんのこれまでの我慢と比べたら、小さな物です。それに、私は大人ですから、そこはしっかりしないと」
「そうですか」
やがて、モニカの仕事は終わる。外は暗くなっていた。
「さ、帰りましょう」
「はい」
ティルは、差し出されたモニカの右手を取った。すると、モニカは唱えた。
「ティエ、エレエ、ティエーレア、エッセピオエーレ、ティオ。自宅へ」
そして、一瞬にして帰宅を果たすティルとモニカ。モニカは、更に唱える。
「チアッカイア、ヴエ。解除」
オーケン家を覆っていた薄いガラスのような傘は、消えて無くなる。そして、モニカはティルを連れて家に入った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
(う、家では、お母さんが家の中からおかえりなさいって言ってくれたのに。これからは、こういう感じで帰るんだね)
モニカは、台所へ向かい夕飯の支度を始めた。同時に、ティルは自室にて宿題を始める。しばらくすると、イヴァンが帰宅した。
「ただいま」
「おかえりなさい」
モニカの迎える声が、わずかにティルの耳に届く。
(あ、学園長先生、帰って来た)
自室から出て、ティルは1階へ。そして、イヴァンに言った。
「学園長先生、今度のお休みの日に、お友達とここで遊んでいいですか?」
すると、イヴァンは見た事のない優しい笑顔をティルに向け返した。
「それは、歓迎する。誰だ?1年3組の児童か?」
「えっと、エリンちゃん」
モニカが補足する。
「フレンツェルさんですね。ラーナーさんと特別に仲良くしている児童です」
「そうか。是非、ここで遊ばせたいものだな」
そして、夕飯を経てティルは就寝した。
それから、1週間が過ぎ、エリンがオーケン家に訪ねて来る日が来た。イヴァンが作った簡易な地図を元にエリンは来る予定だが、ティルは心配になり玄関前で待機していた。すると、ティルは声をかけられる。
「ティルちゃん!」
「エリンちゃん!よかった、来れたんだ!!」
「うん!」
ティルは、エリンを家の中へと招いた。
「ここが、学園長先生のお家なんだ」
「そうだよ」
すると、モニカが出て来る。エリンはビクッと体を震わせた。
「お、オリーン先生?」
「こんにちは。私もこの家に住んでいるのです」
「そうなんだ、エリンちゃん」
「び、びっくりした!」
「ラーナーさん、フレンツェルさん、私の事は忘れて、お友達同士、仲良く遊んでください」
ティルとエリンは、「はい」と声を揃えた。すると、奥からイヴァンも出て来る。
「ようこそ、フレンツェルさん。今日は、楽しんでいってください」
「ほ、本当に学園長先生がいた!」
「うん。さ!遊ぼ、エリンちゃん!!」
「うん!!」
ティルとエリンは、エリンが持ち寄った人形で、お人形遊びをし始める。それをイヴァンは近くで見守った。そして、言った。
「ああ、楽しいものだな、家族という物は」
すると、モニカが来て言った。
「おふたりのお邪魔ですよ、学園長」
「そうだな。だが、無性に見たかった」
イヴァンは立ち上がると、別の部屋へと移動した。
(な、なんか、学園長先生、優しくて、変)
それから、ティルは思いきりエリンと遊び、エリンの帰宅の時間を迎える。
「ティルちゃん、また遊ぼうね」
「うん!エリンちゃん!!」
エリンは自宅へと戻って行った。その背中を、イヴァンもモニカも見送った。イヴァンはすぐに家の中へ。その肩は、震えているようだった。
(え、学園長先生?)
イヴァンは、ティルに背中を見せたまま言った。
「平和な光景、素晴らしい物を見せてもらったぞ、ノヴァ・テンポーレ」




