96時間目:新居
ティルは、泣いた。その後、イヴァンとモニカが帰宅した事を、自室に来たグレゴリオから聞いた。
「そう、帰ったんだ、先生達」
しばらく無言のまま、グレゴリオはティルの自室に留まる。しかし、口を開く。
「ティル、オーケン先生から聞いた。詳しくは教えてもらえなかったけれど、ティルは世界にとって大事な存在だって」
「そう、聞いたんだ」
「僕とノエルは、オーケン先生の見立てによると、大事な役目を支えられないって言ってたよ。力になれなくて、ごめん」
「お父さん、謝らないで」
ティルの脳裏に、記録映像のグレゴリオがよみがえる。
「大丈夫だよ、お父さん」
「ありがとう、ティル」
そう話していると、ノエルもリノを抱っこしながら自室へ来た。そして、話に加わってくる。
「ティル、あのね?ティルが先生達の子になっても、私達は会っていいって言ってたわ。たまにでいいから、会いに来てね?」
「うん、学園長先生とオリーン先生の子になっても、お父さんとお母さんは忘れないよ」
ティルは、リノに視線を移す。
「リノ、お父さんとお母さんと仲良くね?」
リノは、ノエルの胸の中でほわんほわん光りながらうとうとしていた。
それから1週間後の休日。ティルはラーナー家からオーケン家に引っ越して行った。迎えに来たモニカの瞬間移動にてティルはラーナー家からオーケン家に辿り着く。オーケン家の建物は、山吹色のラーナー家の建物とは違う重厚な焦げ茶色の建物であった。モニカは言う。
「さ、入りましょうか」
「は、はい」
ティルはオーケン家に、おずおずと足を踏み入れた。すると、イヴァンが迎えた。
「ようこそ、ノヴァ・テンポーレ」
「がく、えっと、おと、お父さん。えっと、よろしくお願いします」
「今まで通り、『学園長』で構わない。君の父親は、グレゴリオ・ラーナーさんただひとりなのだから」
わずかに眉間に皺を寄せたモニカもティルに声をかけた。
「私の事も、『お母さん』と呼ぶ必要はありません。呼び慣れた『オリーン先生』と呼んでください。学園長の言葉を借りますが、ラーナーさん、あなたの母親は、ノエル・ラーナーさんただひとりですからね」
「わ、わかりました」
すると、イヴァンはティルに手招きする。
「さあ、君の部屋を案内しよう」
「あ、ありがとうございます」
イヴァンの誘導に従い、ティルは2階にある新たな自室へと入った。そこは、落ち着いた光に包まれた部屋であった。
「ここで、昼食までゆっくりするがいい」
「はい」
そして、イヴァンは、1階へと戻って行った。
(う、なんか、落ち着かない)
すると、1階からモニカの苛立たしげな声が聞こえた。
「学園長、ラーナーさんを『ノヴァ・テンポーレ』と呼ぶのは止めてください。ラーナーさんには、立派な『ティル・ラーナー』という名前があります」
イヴァンは、それに答えない。モニカは言葉を続けた。
「ラーナーさんの保護とは言え、実の親から引き離しているのを忘れないでください」
「モニカ、その毅然とした態度、私は好きだ」
「はぐらかさないでください」
そうモニカが言った直後、沈黙が流れる。しかし、少しした後、再びモニカの声が聞こえる。
「イヴァン!口づけで、ごまかさないでください!!」
「全ての責任は、私が取る。言っただろう?『一世帯勤労者一人の規則違反』が公になった場合、私が責めを負う。君には捜査の火の粉が飛ばないようにすると」
「話をそらさないでください」
イヴァンの笑い声が響く。
「モニカ、君の殺気立った顔、久しぶりだ。とても愛おしく感じる」
「今の学園長とは、会話が成立しませんね。ここまでにします」
(学園長先生とオリーン先生、私の事で喧嘩しちゃった?オリーン先生、ごめんなさい)
ティルは、いたたまれなくなり、1階へ降りて行った。
「あの、学園長先生、オリーン先生をいじめないでください」
「おお、ノヴァ・テンポーレ、早速の苦言か!そうだ、その意気だ!!」
「え?」
(くげん?何それ?)
「グレゴリオ・ラーナーさんと、ノエル・ラーナーさん、そして、名前を聞きそびれた君の弟くんにぶつけられない君の激情は、全て私が受ける。そう言った意味での家族に今からなるんだ。私とモニカ、そして、ノヴァ・テンポーレはな!!」
「あ、の、『げきじょう』って何ですか?」
「我慢できない心の叫びという事だ」
「学園長先生を、傷つけていいって事ですか?」
「そうだ、物わかりがいいな!君はイテラリピティを受け入れた。その代わり、私は君の悪い気持ちをぶつける場所となる。世界を守る為なら、そのくらいの犠牲は払おう!!」
(わからないよ。学園長先生を、私、傷つけていいの?)
「よく、わかりません」
「そうか。だが、そういう場だと考えて欲しい」
(う、頭の中ごちゃごちゃ。お父さんとお母さん、リノの代わりに、学園長先生を傷つけていいって、本当にいいの?わかんない)
そうしていると、モニカが昼食を運んで来る。イヴァンは、その献立を見て、呟いた。
「おお、じゃがいも団子か。子供向けの食事ではないか。ノヴァ・テンポーレの歓迎料理にぴったりだ。モニカは、いつも優秀だな」
「どういたしまして。ああ、学園長がラーナーさんを『ノヴァ・テンポーレ』と呼び続けるなら、私の事は、この家でも、『オリーン先生』とお呼びください」
「わかった。受け入れよう、オリーン先生」
モニカは、イヴァンから完全に視線を外し、ティルに微笑みながらこう言った。
「さ、食べましょう」
その声かけから、ティル、イヴァン、モニカは昼食を食べ始めた。ティルはそんな中言った。
「オリーン先生の作ったじゃがいも団子、学校のとは違う味だけど、美味しいです」
「よかったです。ラーナーさん」
(美味しい、けど、お母さんの煮込みご飯も食べたいなぁ。わがままだよね、私)
それから時間は過ぎ、ティルは新居での初めての就寝時間を迎える。
「あの、学園長先生、オリーン先生、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ、ノヴァ・テンポーレ」
「おやすみなさい、ラーナーさん」
それから、自室へと移動したティルは、疲労感はあったが、それを上回る緊張感でなかなか寝つけなかった。
(ここにいつ慣れるのかな?私)




