95時間目:家庭訪問
ティルのみに行われた「特別授業」の後、ティルは腫れぼったい目をこすりながら通常授業を受けるが、ふと、教室を見回す。
(あの、さっきの授業で見た未来で、この教室の皆も、私のように?あ、駄目、こわい)
ティルは、鉛筆をきつく握り、叫びたくなる自分を抑えた。
(クラスの皆、24歳で、天国行っちゃう!オリーン先生も、17年経ったらおんなじだよね)
その後、震える足で帰宅したティル。夜、食卓に家族全員が揃う。ティルは、のどを通りそうもない夕飯を無理矢理詰め込みながら家族を見回す。
(謝ってた、お父さん)
グレゴリオは、飲み物をのどにくぐらせた。
(抱っこしてくれた、お母さん)
ノエルは、手早く食事を進めていた。食べ終わると、寝床のリノの様子を見に行った。
(私を姉ちゃんって呼んでた、リノ)
ティルは、最後の一口を飲み込んだ。
(私、あんな思いさせないように、イテラリピティ、我慢するね)
それから1週間後。ティルは朝登校すると、朝の会が終わった直後にモニカから手紙を渡された。
「今日、必ず親御さんへ見せてください」
「はい」
(何だろう?)
疑問を胸に、ティルは授業を受けた後、下校。帰宅するなり、ノエルにモニカから預かった手紙を渡した。
「開けてみるわね」
ノエルは、手紙を読むが、みるみるその目が疑問の色に染まる。読み終わると首を傾げ、こう言った。
「何で、担任の先生もそうだけど、学園長先生が家に来たいって言ってるの?」
「わかんない」
「ティル、何かあるでしょ?」
「わ、わかんない」
(イテラリピティを知ってる先生2人、何だろう?イテラリピティの事、お父さんとお母さんに言うの?)
休日の午前の事であった。ラーナー家に、イヴァンとモニカが訪ねて来た。迎えたのは、グレゴリオ、ノエル、ティルであった。その中で、グレゴリオが言う。
「お久しぶりです。オーケン先生。そして、いつも娘がお世話になっています、オリーン先生」
その挨拶に、イヴァンは応えた。
「やはりそうでしたか。グレゴリオ・ラーナーさん。お久しぶりですね。いや、教諭になってすぐの頃を思い出します。初等部3、4年生の時の姿からは想像出来ないくらい、立派になられましたね、ラーナーさん」
「ありがとうございます」
そんなやり取りの中、モニカは軽く一礼した。そして、5人はいつもは食卓となっているテーブルの席に着く。グレゴリオは、単刀直入に尋ねた。
「オーケン先生、今日はどのようなご用件ですか?」
「私達は、今日はメビラ学園の関係者として来たわけではありません。少し関連しますが、完全に私人として来ました。ラーナーさん、覚えていますか?あなたを教えていた頃、私が結婚したのを」
「はい。クラスの皆でお祝いしたのを覚えています」
「その節は、ありがとうございました」
イヴァンは、笑顔を浮かべる。そして、こう続ける。
「あの後、離婚しましたが」
「えっ、そうなんですか?」
グレゴリオとイヴァンの会話を、ティルやノエル、モニカは静かに聞いていた。そんな中、イヴァンは話し続けた。
「しかし、この度同じ相手と再婚する事になりました。それが、ここにいる、モニカです」
グレゴリオとノエルの「えっ!」という声が揃った。深々と頭を下げるモニカの傍らで、イヴァンは言葉を続ける。
「なかなかの因果だと思いました。私が受け持った事のある児童の娘さんを、妻が受け持つなんてね。しかし、夫婦となる予定の我々には、ひとつ問題がありまして」
イヴァンは、ティルをチラと見た。
(学園長先生?)
「子供を望めない状況でね。しかし、今度の再婚では、子供を共に育ててみたいと思いまして、出来れば、娘さんのティルさんを養子としていただきたいのです」
グレゴリオとノエルは驚いた。ノエルは口を開く。
「そんな、何でティルなんですか?」
イヴァンが答えた。
「娘さんは、とても優しく、かわいらしいお子さんだと思います。こんな子供が私達の家庭にいて欲しいと思うようになったんですよ」
イヴァンに続いてモニカが多少泳いだ目で言った。
「私は、担任として娘さんを見てきましたが、とても頑張り屋さんなので、個人的に愛着があります。私も、イヴァンと同じ気持ちです」
グレゴリオとノエルは、突然の提案に考え込む。ティルは、呟くように言った。
「学園長先生が、お父さん?オリーン先生が、お母さん?」
イヴァンは、ティルに視線を降らせながらニコリとして言った。
「そうですよ?ティルさん、これは、あなたの為になります」
「私の為?」
その短いティルの返答を聞きながら、イヴァンは、グレゴリオとノエルへと視線を移し、まっすぐ見つめる。ノエルが言った。
「ティルの為?何故ですか?」
その問いに、イヴァンの目の温度が急降下した。
「私は、父親という経験をしていません。その事を棚に上げた意見ですが、ラーナーさん、そして、奥さん、今のあなた方夫婦は、親として致命的に欠落している物があります」
グレゴリオとノエルの「えっ?」という声が揃う。イヴァンは畳み掛けるように言った。
「娘さんは、とある事をかなり我慢されています。それをあなた方は気づいていますか?」
ノエルはティルへ視線を移し、尋ねた。
「ティル、何か我慢してるの?えっと、リノの事?」
「ラーナーさんの奥さん、ここで訊く事ではありませんよ?」
ノエルの目は揺らぐ。グレゴリオはたまらず言った。
「オーケン先生、妻を責めないでください。私がここの家長です。全ての責任は、私にあります」
「ああ、その考えは、とても立派です、ラーナーさん。あなたは気づいていますか?」
「わかり、ません」
(学園長先生!お父さんとお母さんを叱るの止めて!!)
ティルは、席を立ちイヴァンの傍らに行く。そして、イヴァンの右腕の袖を引っ張った。イヴァンは、再びニコリとして言った。
「どうしましたか?ティルさん?」
「学園長先生、お父さんとお母さんを、いじめないでください」
「おやおや、これは失礼しました。しかし、あなたが今、必要なのは、実のお父さんとお母さんではなく、私とモニカですよ?」
「学園長先生、わかりません。私のお家はここです」
「なら、あなたが我慢している事、ここで、今、出来ますか?出来るのなら、この話は無かった事にしますよ」
ティルは、返す言葉を失った。
(私に、ここで、お父さんとお母さんを傷つけなさいっていう事?で、出来ないよ)
そして、ティルは膝から崩れ落ちた。そして、潤み始める目で言った。
「お父さん、お母さん、私、学園長先生と、オリーン先生の子になる」
グレゴリオとノエルの「ティル!」という声が揃った。一方、下を向くモニカの傍らで、イヴァンは席を立ち、ティルを抱き上げた。
「よく決断しました、ティルさん」
グレゴリオは食い下がった。
「ティル、ティルが我慢している事、なんだい?僕とノエルでそれをやってあげるから、僕達の子供でいてくれないかい?」
ティルの眼前で、イヴァンは冷たい笑顔を浮かべる。そして、ほんの一瞬ティルへ視線を移した。ティルは身を縮こまらせながらグレゴリオに返答する。
「で、出来ない」
ノエルは震えながら言った。
「ティルが我慢してる事、わかってあげられなくてごめん。私とグレゴリオを嫌いになった?」
(お父さんとお母さん、嫌いじゃない!大好きだよ!!)
ティルは、涙を落としながら言った。
「大好き、お父さんとお母さん、大好き。だから、学園長先生とオリーン先生の子になるの!」
イヴァンは、いつかのように、ティルの背中を撫でる。
「ティルさん、今までよく頑張りましたね」
「は、はい」
そう返すとティルは、イヴァンの腕の中でもがいた。
「学園長先生、は、離してください。1人になりたいです」
イヴァンは返した。
「そうですか。ちょうど『大人同士』での話もありますし、少し、席を外してください」
ゆっくり降ろされたティルは、自室に走って行った。
「お父さん、お母さん、ごめん」




