94時間目:未来の涙
ティルは問うた。
「あの人、なんて言ってたんですか?ちょっとわかんない言葉があって」
「簡単に言えば、強過ぎてひとりになったから、世界と一緒に消えたかったと言っていたんだ。あのような歳にもなって、ひとりが嫌だから世界を消すなど、あまりに勝手だ。あの時の破壊者は、もう立派な大人だが、今の君より考えが幼いかもしれないな」
との言葉は、イヴァンの返答であった。
(ひとりが嫌?その気持ち、わかる)
「学園長先生、あの人の名前、もう一度訊いていいですか?」
「エルドレッド・ペルシュマンだ。稀代の破壊者の名前として、覚えておくがいい」
(きだい?何?けれど、エルドレッドさん、覚えた)
「さて、ノヴァ・テンポーレ、24歳の君を、見に行こうか。私も見たことがない物だから、どのようになっているのかはわからないが」
「は、はい」
わずかな時間を置いた後、ティルの耳に青年男性の泣き声が聞こえた。
「誰か、泣いてる?」
泣き声の後に、青年男性の言葉が続く。
「姉ちゃん、何で死んじゃったんだよ?」
(お姉ちゃん?えっ?)
再びティルの目の前に、荒野が広がる。そこには、4人の人影。その中の1人、歳の頃は10代後半といった男性が座り込み泣き叫んでいた。
「姉ちゃん、姉ちゃん!」
ティルの傍らのイヴァンは、目を伏せる。一方、ティルは目を丸くした。
「私、天国に行っちゃった?」
24歳のティルは、生気のひとかけらもなかった。そんなティルを、歳を重ねたノエルが座り込み、抱き締めていた。そして、その傍らには、こちらも歳を重ねたグレゴリオが悔しさに震え、立ち尽くす。24歳のティルを覗き込むように座り込んでいたのは、リノ。グレゴリオ、ノエル、リノは溢れ出る涙を抑えきれずそれぞれ落涙する。
「お父さん、お母さん、リノ、私、ここにいるよ?」
イヴァンはそれに返した。
「実際見ているように感じるかもしれないが、これは、記録映像だ。言葉は届かない。それに、姿もあちらからは見えない」
「そんな」
しかし、いてもたってもいられず、ティルは駆け出し、ラーナー家の面々の輪に入り込む。
「ねぇ、泣かないで、お父さん、お母さん、リノ」
グレゴリオはティルを見下ろして言った。
「守れなくて、ごめん。ティル」
ノエルはティルを揺さぶって言った。
「ねえ、ティル、起きて、起きなさいよ!」
リノは頭を抱えて言った。
「姉ちゃん、嫌だよ!!」
(本当に聞こえてない。それに、見えてない)
ティルはじわじわ涙を浮かべる。
「リノが喋ってるの、初めて聞いた。『姉ちゃん』って私の事、呼んでくれてたんだ、リノ。お父さん、謝らないで。お母さん、起きれなくてごめん」
ポロポロ涙を流し始めるティル。見かねたイヴァンは、抱き上げて背中を撫でてくれた。
「学園長先生?」
「ノヴァ・テンポーレ、君は家族の中で、一番先に死を迎えたようだな。ここから、ご両親と弟くんが、どのくらい君の死を嘆いていられたのかはわからないが、君を強制的に追いかける事になっただろう。その場面を君に見せるのは酷だ。記録映像はここまでにしよう」
再び、ティルとイヴァンの目の前は真っ暗になる。そして、間を置かずに、まだ時が止まっている学園長室へと戻った。
「ノヴァ・テンポーレ。さて、滅びの時、エスパランタ1552年12月31日はどうだった?」
イヴァンは、ティルを降ろしながら言った。ティルは、未だ涙に震えていたが、ゆっくり答え始める。
「大変でした」
「そう、大変だったろう?」
「やっぱり、イテラリピティを我慢しなきゃって思いました」
「ああ、よく言った!ノヴァ・テンポーレ!!」
「で、でも、エルドレッドさんの、ひとりが嫌って気持ちもわかったし、今も、人を傷つけるのがこわいです」
「破壊者に同情するとは、いけない考えだ。しかし、今はこう評価しよう。破壊者にも寄り添える、そして、人を傷つけたくないと考える優しい児童だと。そんな優しい児童なら、世界を壊したくないだろう?」
「は、はい」
イヴァンは、安堵の色が見えるため息をつき、こう言った。
「では、その涙が収まるまで待ち、再び時を動かす事にしよう。イテラリピティを受け入れた君は、とても偉い児童だ」
未だ部屋では時計の秒針が止まり、窓の外では風になびいた形で静止する国旗と校旗のある光景の中、ティルは泣き叫んだ。その間、途切れ途切れに言った。
「学校で、人を、いじめたら、イテラリピティを、知ってる、オリーン先生に、叱って、もらえる、けど、家では、イテラリピティを、知らない、人、ばかり。家族を、傷つけるの、こわいよぅ」
「そうか。それへの対策を考えよう。少し、時間をくれ」
それから、ティルの涙が収まるまで、イヴァンは時を止めながら、見守った。やがて、ティルの涙は止まる。呼吸が落ち着いた所を見計らい、イヴァンは言った。
「今から、時を動かす。2時間目は間近に迫っている。急いで教室に戻り、引き続き通常の授業を受けなさい」
「はい」
そして、イヴァンは呟くように言った。
「フェルマレスタ、解除」
時計の秒針は動いた。国旗や校旗ははためき始める。イヴァンは学園長室の出入り口を開けた。
「さあ!急げ!!」
「はい、ありがとうございました」
ティルは、初等部1年3組の教室へ急いだ。そして、鐘の音が鳴る直前に教室に入る事が出来た。ティルが席に着くと同時に、モニカが瞬間移動で教室に入って来た。
「はい、2時間目の授業を始めます!」




