93時間目:未来の記録
二学期の授業初日は、1時間目の授業まで終わった。
(授業中ずっと、最初に誰を傷つけちゃうか考えちゃった。疲れた、辛い、助けて。でも、またオリーン先生に話すのも、邪魔だろうなぁ)
ティルは、ふらふらと学園長室へと足を向ける。
(学園長先生、やっぱり、イテラリピティはやめて。もう、これが最後にして)
そして、辿り着いた学園長室に無断で入室。イヴァンは、一瞬、驚いた様子を見せたが、すぐに口を開く。
「一学期最初に来た時ぶりだな。ノヴァ・テンポーレ。どうした?急に?」
「お願いがあるんです」
「イテラリピティを止める事か?」
「はい」
イヴァンは、ティルに性急に詰め寄る。
「一学期はじめに言った筈だ。イテラリピティを止める事以外の話だったら乗ってやると」
「でもっ!やっぱり!止めて欲しいんです!!」
「何故だ?君は、自分を含めて世界の人々があと17年で死んでもいいと言うのか?もう既に私のイテラリピティで19年目を迎えているこの世界を、見捨てると言うのか?」
「皆が天国に行くのは、駄目です。でも、どうしたらいいかわかりません」
イヴァンは、あの時と同じくティルの首を前から掴んだ。
「わからないというのに、私に刃向かうか!ノヴァ・テンポーレ!!」
ティルは震える声を、イヴァンに届けた。
「学園長先生、私、皆の中の思い出が消えるの、嫌です。それと同じように、嫌な事があるんです」
「何だ、言え」
「イテラリピティがあるから、人を傷つけても、人が天国に行っちゃっても大丈夫なんて、思いたくないんです!そんな私、嫌なんです!だから、もうイテラリピティを止めてください!!」
イヴァンはたじろいだ。ティルの首から手を離す。そして、震える息を吸い、吐いた。
「ノヴァ・テンポーレ。確かにそれは一理ある。だが、イテラリピティを私は止めない。君がそのような児童となっても、それは世界を守る為の必要な犠牲と捉えよう」
(また、わかんない言葉ばかり)
「ノヴァ・テンポーレ、大丈夫だ。君がそのような思想に染まったとしたら、私が責任を持って、君を保護する。だから、私にイテラリピティを続けさせて欲しい」
「学園長先生、よくわからないです。けれど、駄目なんですね?」
「ああ、駄目だ」
「嫌!嫌です!!」
イヴァンの舌打ちが、学園長室に響いた。
「君はわからない子だ!ノヴァ・テンポーレ!!」
(わかんない!わかんないよ!!)
イヴァンは、時計をチラと見る。
「もうすぐ2時間目の授業だ」
(教室に戻らなきゃいけないけど、まだ学園長先生と話しをしたい)
「ノヴァ・テンポーレには、特別な授業をしよう。しかし、不審がられると君がかわいそうだ。こうしよう」
「え?何の授業ですか?」
そのティルの問いにイヴァンは答えず、呪文を唱える。
「ティエエンメ、ピオ。エッフェエエーレ、エンメア、エーレエ」
無機質で性別も判定出来ないようなゆっくりしたこの声が、ティルの頭の中に響く。
「フェルマレスタ」
身構え目を瞑るティルに、全く異変は起こらなかった。恐る恐るティルは目を開けた。その目に映ったのは、秒針の止まった時計であった。
「時計、壊れた?」
ティルは呟くように言った。それと同時にイヴァンの肩越しの窓の外に視線が移る。そこには、風になびいた形で静止する国旗と校旗があった。
「時間が、止まってる?」
「そうだ。今から、未来の時間の記録を見に行こう。君が希望している事、イテラリピティを止めたら、17年後に何が起こるかその目で見るんだ。そして、君がどんなに愚かな事を望んでいるか、身をもって体験するんだ」
そして、再びイヴァンは呪文を唱えた。
「ティエエンメ、ピオ。アエーレ、チアッカイ、ヴイオ」
突然、学園長室は、光のない空間へと変わる。
「えっ!」
ティルは、体は止まっているが、高速で移動している感覚を覚えた。
(何これ?)
傍らのイヴァンは、呟くように言う。
「エスパランタ1552年12月31日の記録へと移動せよ」
すると、視界が開けた。建物などが見当たらない荒野に数多の人。その人々の大半は、倒れていた。
「え、何これ?」
「破滅の時の、手前の光景だ。私の前任のテンポーレが、次々に人々や建物の時を奪った。そして、建物は即時消滅し、人々は突然死を迎えた。その後、人々は消滅した」
イヴァンはティルを見下ろし、尋ねた。
「さて、どちらを見るか。破壊者か、それとも、24歳の君か」
「えっと、わからないです」
「では、破壊者から見に行こう」
そうイヴァンが言うと、一瞬で風景が変わる。そこには、2人の男性が対峙していた。ティルはイヴァンを見上げ、尋ねた。
「誰ですか?」
「あれは、最後の生き残りの2人だ」
ティルは、視線を2人の男性に戻した。その2人は70代はじめの男性と、40代半ばの男性であったが、70代はじめの男性は、イヴァンに酷似していた。
「あ、れ、学園長先生?」
「そうだ。私と破壊者、エルドレッド・ペルシュマン。抗削魔法の使い手で、本来持つべきでないテンポーレの能力を持っていた」
そのイヴァンの説明中に、記録の中のイヴァンが叫ぶ。
「どうして世界を壊した?」
その問いに、エルドレッドは答える。
「俺の力は、異様なまでに強い。その力をおそれ、人は近寄っては来ない。俺は、この力に孤独を強いられた。もう耐えられない。俺という存在を、産まれる前から排除したかった。テンポーレの力は、それを可能とした」
「だからと言って、世界まで道連れにする事はないだろう!」
「俺を孤独にした世界も、憎い!ついでに滅ぼしてやろうと思ったまでだ!」
そう叫ぶエルドレッドの体は、時折希薄になる。
「ああ、この時間の俺の両親が無かった事になったから、もうすぐ俺も消える事が出来る。その前に、爺さんを消さなければ、世界が滅んだ事にならない。爺さんの時間も、消させてもらう!」
「事情はわかったが、私は倒される訳にはいかない!もはや私は世界そのものの証明になってしまったようだからな!!」
それから、イヴァンとエルドレッドはその身に残る魔法をぶつけ合った。イヴァンの赤い正統魔法と、エルドレッドの青い抗削魔法が緑色の火花を散らした。
「爺さん、しぶといな!消えろ!!」
「私は、世界の証明!消えていった私の教え子達の分まで、私は存在せねばならない!!」
「くそ!消えろ、消えろ!消えろ!!」
そんな中、イヴァンはエルドレッドの懐に飛び込んだ。
「それ以上のテンポーレの力を用いた攻撃を、私は許さない!」
記録の中のイヴァンがそう言った瞬間、イヴァンはティルの目を両手で覆った。
「えっ!」
「子供の知識しか持たない君には、ここだけは見せられない」
しばらくその状況が続いた後、ティルの目は解放された。そんなティルの目に映ったのは、倒れ、消えていくエルドレッドの姿であった。傍らには、記録の中のイヴァン。口元が濡れている記録の中のイヴァンは、呟いた。
「テンポーレ。私はテンポーレとなった。世界を取り戻す為、時間を巻き戻す」
その呟きを聞いた後、ティルとイヴァンの目の前は真っ暗となった。イヴァンは口を開く。
「こうして、私は時間を遡った。テンポーレとなったばかりの私は、狙った時を選べず、君が初等部1年生となるエスパランタ1535年に辿り着いた。そして、以前にも言った通り、その1年を永久に繰り返すことにより、世界を破滅から守っているのだ」




