92時間目:願いと誓い
ティルは、学校に着くなり教室でなく、職員室へと走った。
「オリーン先生!!」
ティルは、職員室の出入り口で叫んだ。呼ばれたモニカは、驚いた様子であったが、職員室の中程から出入り口へ来てくれた。
「朝早くから、どうされました?ラーナーさん?」
ティルの瞳は、揺れる。モニカは、そんなティルを廊下へと連れ出した。
「何かお話があって来たんですよね?ラーナーさん?」
「オリーン先生、あの、お願いがあるんです」
「はい、どのような事ですか?」
「私が、もし、1年3組の人をいじめたら、いっぱい叱ってください!」
「え?」
「お願いします!」
モニカは、戸惑ったが、こう返した。
「勿論、いじめに関しては、誰でもいじめた人を叱りますよ。それは、特別なラーナーさんも例外ではありません」
ティルは、ようやく肩の力を抜く。
「ありがとうございます、オリーン先生」
「でも、何故急にそのような当たり前の事を私にお願いしてきたんですか?」
「今日、こわい夢を見たんです。クラスの人をいじめた、こわい夢です」
「なるほど。わかりました。その夢が、正夢になったら、覚悟をしてくださいね」
「はい、お願いします!ありがとうございました、オリーン先生!」
「どういたしまして」
ティルは、それを聞き届けると教室へと行こうと歩き始めた。しかし、モニカに引き止められる。
「ラーナーさん、ひとつだけ。夢はこわかったかもしれませんが、大声で職員室に入って来ては駄目ですよ?」
「あ、ごめんなさい」
ティルは、頭を下げる。
「すぐに謝って、偉いです。さ、教室へ急いでください。遅刻扱いになってしまいますよ」
「はい!」
ティルは、教室へと走り出した。
「走っては駄目ですよ!」
「はい!」
急ぎ足に変えたティル。そして、登校時間ギリギリに教室へと入る事が出来た。
「おはよう!皆!!」
もう既に、全員揃っていた1年3組の教室に、ティルの元気な挨拶が響いた。そして、それから間もなくモニカが教室へ瞬間移動して来る。
「おはようございます!今日から二学期ですね!皆さん、頑張りましょう!!」
(オリーン先生、よろしくね)
それから、二学期の始業式を行った。そして、すぐに放課後となる。すると、ハワードがティルに声をかけて来た。
「ラーナーさん、今日は遅刻しそうだったな。まったく、入学式からなんなんだ、君は」
(う、これ以上ハワードくんに心配かけたくない)
「ごめんなさい、学級委員長。遅刻しそうだった事も、あと、一学期嘘ついちゃった事も」
「は?一学期、君は僕に嘘をついていたのか?」
「うん」
険悪な雰囲気のハワードをティルはまっすぐ見た。
「学園長先生にあくびを謝った事も、オリーン先生とお友達になった事も、嘘なんだ。ごめんなさい」
「なら、本当は何を?」
「本当の事、言えない。それに、一学期の終業式の日、オリーン先生が泣いちゃった時、私がしちゃった事も言えない。ごめんなさい」
「納得いかないな」
「嘘つき、隠し事、嫌だよね?でも、私、このクラスには嫌な事しないから、許して」
ハワードは唸るような声を漏らしながら首を傾げる。
「僕は、君がわからない。だが、クラスに変な事をしないと言うのなら、仕方ない、一学期の事は水に流そう」
「ありがとう」
「しかし、これまでだからな。これ以上おかしな事をしたら、僕は学級委員長として君を許さない」
「わかった。絶対やらないよ」
そうして、ティルはハワードから解放され、帰宅した。玄関前に着くと、一旦足を止めた。
(あ、家では、オリーン先生がいない)
ティルは自らの足元がぐらつく感覚を覚えた。しかし、首を横に振り、少し進むと玄関は開く。
「た、ただいま!!」
「おかえりなさい、ティル」
家の中にいるノエルの声がティルに届く。
(う、お母さん、リノ、お仕事でここにいないお父さん、私が皆を傷つけたらごめん)
それから、夕方帰宅したグレゴリオと共に夕飯の時間を迎えた。ティルは、朝に引き続き、両親の顔を直視出来なかった。そんな中、リノが泣き出した。ノエルは食事の手を止め、リノの寝床へ世話しに行った。ティルは、家中に響くリノの泣き声に、あの悪夢を思い出す。
(リノ、泣かないで、私、リノをいじめちゃいそう)
ティルから見て、ノエルのリノへの世話は、何をしたのかわからなかったが、しばらくするとリノは泣き止む。ノエルは、食卓に戻り、食事を再開させた。グレゴリオは言う。
「お疲れ様」
「ありがとう、グレゴリオ」
ティルは、何もノエルに声をかけられなかった。
(喋ったら、傷つく事言っちゃいそう)
夕飯は終わり、ティルは挨拶を呟くように言い、自室へと行った。
「おやすみ、お父さん、お母さん、リノ」
寝床に入ると、ティルは祈った。
「今日は、嫌な夢見ませんように」
この日1日の緊張感は、ティルの寝つきを悪くした。しかし、なんとかティルは眠りに就く事が出来た。
翌日、本格的な二学期の授業が始まる。ティルは、早めに家を出ようとする。ノエルは疑問を口にした。
「まだ早いんじゃない?」
「学校、楽しいから、早く行きたいの!」
「そう、いってらっしゃい」
「いってきます!」
(今度は、家で嘘ついちゃった)
そして、駆け足でティルは登校した。教室にはあまり児童はいなかった。自らの席に着き、呼吸を整えていると、2人の児童の影が教室に入ってくる。ラインハルトとフェリシアであった。
「おはよう」
そう挨拶したティルの視線の先で、ラインハルトとフェリシアはしっかり手を繋ぎ、声を揃えて「おはよう」と返した。そして、ラインハルトとフェリシアは柔らかく微笑み合いながらそれぞれの席へと着いた。
(ラインハルトくんの隣は、私の場所だったのに。でも、今いるのは、フェリシアちゃん。応援するって、我慢するって、決めたのに、凄く、凄く、悔しい。心が痛いよ)




