91時間目:傷つけた
それからティルはいつものように宿題の問題集を2日で終わらせ、エリンと遊ぶ夏休みを過ごす。そして、8月半ばにリノと「再会」した。
「リノ!」
リノは、姉からの呼びかけに反応し、ほわんほわん光りながら、まん丸な目で見つめてきた。
(いつもいつも、リノはかわいい。かわいくて仕方ないよ)
ティルは、家の手伝いを忘れる事はなかったが、大半の時間をエリンやリノと遊ぶ為に費やした。そうして、夏休み最終日の夜を迎える。ティルは夕飯の席にて呟いた。
「明日から、学校かぁ」
それを受け、グレゴリオが尋ねた。
「ティル、学校が嫌かい?」
ノエルは言う。
「嫌でしょう?私も、夏休みが終わるのが嫌だった時もあるから。けれど、頑張って、ティル」
ティルは、首を横に振りながら言った。
「学校、嫌じゃないよ?勉強、頑張る!」
グレゴリオとノエルの微笑みは、ティルに注がれた。その後、就寝時間となる。
「お父さん、お母さん、おやすみなさい」
自室へ行き、ティルは寝床へ。昼間登校準備を済ませた為、後は眠気を迎えるだけとなる。
(前のイテラリピティでは、お父さんとお母さんの力を今頃、移植してもらったんだっけ)
ティルの思考は、どんどん「過去」に行く。
(今のイテラリピティ、フェリシアちゃんが天国に行かなくてよかった)
「しっかり、して、フェリシアちゃん」
「ら、ラーナーさん、あ、ありがとう」
(その前のイテラリピティ、ラインハルトくんに好きって言って、ラインハルトくんの好きを聞けてよかった)
「ラインハルトくん!好き、大好き!!」
「僕もだよ!ティルちゃん!!」
(その前は、学級委員長のハワードくんと学級副委員長やったんだよね)
「確か、入学式にあくびしてたよな?そんな不真面目な人が、僕の右腕なんて、皆が認めても僕が認めないからな!」
「えっ。ごめん!」
(その前には、エリンちゃんと今よりも、もっと友達してたなぁ)
「エリンちゃん、お誕生日のケーキ、美味しかった!カードも嬉しかったよ!」
「わー!よかった!!」
「ありがとう!エリンちゃん、大好き!!」
「私もティルちゃん、大好きだよ!!」
転がるように、過去に過去に行くティルの思考。そして、ティルにとって2回目の「過去」に辿り着く。
その日、ティルは、エスパランタ1535年4月1日からの混乱に耐えられず、遂に感情が爆発した。
「ね、ねぇ、何で入学式?何で?私、今日から初等部2年生だよね?」
震えるティルの声。入学式の為に着飾ったグレゴリオとノエルは、一様に首を傾げる。グレゴリオは言った。
「何を言ってるんだい?幼稚園が終わった子は、初等部1年生から勉強するんだよ?」
「まだ数字があんまりわかってないみたいね?ティルは。それとも、もうすぐお姉ちゃんになるから、少しでも大人になりたいの?」
「ああ、そうに違いないね」
ティルは、必死な声色で言った。
「違うよ!3月まで初等部1年生だったの!それに、リノはどこ?」
ノエルは困惑の表情を浮かべて言う。
「リノ?誰?」
「私の弟!8月に産まれたじゃん!!」
グレゴリオは言った。
「8月に産まれた、じゃなくて、8月に産まれるんだよ、ノエルのお腹の子は。昨日、変な夢でも見たのかい?」
「うー、違うよ!違う!!」
グレゴリオは戸惑いながらも真新しい制服を着たティルを抱きかかえ、ノエルに言った。
「なんだかわからないけれど、この分じゃ、ティルは、学校に行きそうにないね。瞬間移動で行こう」
「そうね」
そうして、ティルはメビラ学園の入学式に出席した。終始落ち着かない様子でティルは時を過ごした。
その翌日、ティルは登校した朝一番に、クラスの皆に声をかけ続けた。「ねぇ、私達、初等部2年生だよね?」と。
フェリシアは答えた。
「わかんない」
ラインハルトは答えた。
「君は、夢想家なのかい?」
ハワードは答えた。
「君は、頭がおかしいのか?」
エリンは答えた。
「ティルちゃん、何言ってるの?」
誰も肯定してくれる児童はいなかった。ティルの気持ちは折れ、その後、教室に来たモニカにまで問う気が失せてしまった。
(う、ここまで考えが来ちゃった。あんまり考えると、時の実まで行っちゃう。やだから寝よう)
ティルは、目を閉じた。
それから、気づけばティルは教室に来ていた。やたらと体が動きづらかったが、教室の児童達と話はきちんと出来た。
「ねぇ、エリンちゃん。エリンちゃんって私と幼稚園一緒だったから友達だけど、私の事全然わかってないよね?」
「そんな、ティルちゃん、酷いよ」
「酷いのはどっち?エリンちゃんじゃん!知らない!もう!!」
「ティルちゃん?」
わずかに移動した気がしたティルの口は止まらない。
「ハワードくんってさ」
「学級委員長だ」
「どんな名前で呼んだっていいじゃん!ハワードくんって頭固い!石で出来てるんじゃない?」
「はあっ?」
そんな声に背を向けると、再び声を上げるティル。
「ラインハルトくん!ラインハルトくんってかっこいいよね!!」
「ありがとう」
「でも、そんな顔だから、私だけを見てくれない!最低!!」
「えっ?」
戸惑う顔を視界に収めつつ、ティルの声は大きくなる。
「フェリシアちゃんってさ、おとなしいよね?」
「えっ、う、うん」
「弱くて弱くて、見てられない!!」
「ご、ごめんなさい」
視線の先で相手が頭を下げる光景は、突然、自宅に変わる。目の前に小さな寝床。
「リノ!いつまで赤ちゃんなの?お父さんとお母さんに甘えられていいよね!」
そこに、いつの間にかグレゴリオとノエルがいた。
「警察官のお父さん!」
「なんだい?」
「他の人を守ってて偉いよね!私の心は守らないくせに!!」
「ティル、グレゴリオになんてこと言うの?わけがわからないわ!」
「お母さんはいいよね!大人の女の人になれて!!」
「ティル!!」
そのノエルの怒鳴り声に、リノは泣き叫ぶ。
「リノ、うるさい、うるさい!うるさい!!」
(皆、みーんな傷つけちゃった!でもさ、イテラリピティで傷つけられた事、知らない人になる!!)
「いっぱい傷つけても大丈夫!天国に行っても大丈夫!あははっ、イテラリピティっていいよね!!」
ティルは、それから狂ったように笑い続けた。しかし、首が絞められている感覚がじわじわ襲ってくる。
(苦しい!!)
「きゃあーっ!!」
自室に大声を響かせ、目を開けたティル。朝焼けが、窓を染める様子が目に入った。そして、荒い息に喘ぎ、酷い寝汗を感じた。
「ゆ、夢っ?」
体の強張りは抜けなかったが、次第に落ち着いていく呼吸。ゆっくりまばたきをして、大きなため息をついた。
「よかった、皆を傷つけたのが、夢で」
それから、二度寝をしようとしたが、うまく眠る事が出来なかった。その後、ティルはグレゴリオやノエル、リノと顔を合わせるが、直視出来ない。そのまま、ティルは逃げるように登校して行った。




