90時間目:我慢
一学期に入ってから2度目の休日となった。ティルは自宅の玄関に向かっていた。
「いってきます!」
グレゴリオとノエルは、声を揃えて「いってらっしゃい」と言った。その声を背に、ティルはエリンの家へと向かう。辿り着いたエリンの家の前には、フェリシアがいた。そんなフェリシアはエリンの家に入ろうか入らまいか迷っている様子であった。
「メンデスさん!」
「あ、ラーナーさん」
(1人で、フェリシアちゃん危ないなぁ。私が迎えに行けばよかったかなぁ)
「入ろう!メンデスさん!!」
「うん」
ティルとフェリシアは、「こんにちは」と言いながら、エリンの家へと入って行った。エリンが迎える。
「ティルちゃん!メンデスさん!来てくれたのね!!」
それから、ティルはフェリシアと共にエリンの家のパンをごちそうになった。フェリシアは言う。
「本当に美味しいね!」
「でしょう?エリンちゃん、今日もパン美味しいよ!」
「ありがとう、ティルちゃん!メンデスさん!」
そんなやり取りをしつつ、出されたパンを完食した。すると、フェリシアがもじもじし始める。ティルは尋ねた。
「どうしたの?メンデスさん?」
「皆で、給食食べた時に、マラブルくんがかっこいいって思って、今も、思い出しちゃってたの」
(フェリシアちゃん、ラインハルトくんにとくんしたんだね)
「メンデスさん、マラブルくんの事、好き?」
ティルの問いに、フェリシアは赤面で答えた。エリンは目を丸くした後、首を縦に振り言った。
「マラブルくん、優しそうだもんね?」
フェリシアは、無言で頷いた。ティルは、言った。
「好きなら、気持ち伝えた方がいいよ!ほら、マラブルくん、かっこいいから他の女の子にも好かれてそうじゃん?だから、取られないように早く言った方がいいよ!」
「そうだね。来週、恥ずかしいけど、気持ち言う」
「頑張って!メンデスさん!!」
ティルの力強い声であった。エリンも追いかけるように言った。
「私も応援するよ!メンデスさん!!」
「ありがとう!頑張るね!!」
それから、ティルとフェリシアはエリンの家を後にし、自宅へと帰って行った。帰宅後、ティルは自室にて呟いた。
「フェリシアちゃん、前のイテラリピティで天国行っちゃった時、とっても辛かったよね?こわかったよね?痛かったよね?その分、ラインハルトくんに幸せにしてもらってね」
ティルは、落涙した。
それから、遠足、運動会、「初めての」試験等を経て、一学期は終わりを告げる。モニカは児童1人1人に成績表を手渡す。そんな中、ティルの番が来た。
「ラーナーさん、流石ですね。試験は満点でした。沢山、勉強した成果ですね」
「ありがとうございます」
「でも、ひとつ。あれから私、ラーナーさんからのご相談を何一つ受けていません。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。『あの事』を知っている人が私だけじゃないって知ってるから。オリーン先生と学園長先生が知ってる。それだけで、私、大丈夫です!」
「そんなっ、ラーナーさんっ」
モニカの目が、潤む。
「先生?」
そのまま、モニカは落涙し、思わず廊下へ飛び出した。
「あっ」
教室の前に取り残されたティル。ざわめく教室。ハワードは、いてもたってもいられず、ティルの所へ。
「ラーナーさん、先生に何を?」
「えっと」
「『えっと』じゃない!」
そう吐き捨てるようにハワードは言った後、廊下へモニカを追いかけた。ティルは、いたたまれなくなったが、自らの席に戻る。すると、間もなくハワードを伴い、モニカが教室へ戻って来た。
「ごめんなさい、皆さん。成績表を渡すのを続けます」
一方、ハワードも自らの席に戻る。そして、着席する前にティルをまっすぐ見てきた。
「納得いかない。ラーナーさんも、先生も、何があったかを話さない」
「ごめんなさい、学級委員長」
(悪いけど、話せないよ。ハワードくんに、もう一度イテラリピティの事、説明しなきゃいけないし、先生が言わなかったんだったら、私も言えない気がする)
気を取り直したモニカから、全ての児童へ成績表が渡った。そして、モニカは一学期最後の声を児童にかけた。
「一学期の授業や行事、楽しかったですか?宿題を忘れてはなりませんが、夏休みは、もっと楽しい物にしてくださいね!」
「はーい!」
ティル達児童は、元気に返した。そして、放課後の下校の時間を迎える。ハワードは、再びティルを厳しい視線で一旦見つめた後、教室を退出して行った。
(ハワードくん、本当にごめん)
一方、ティルはエリンに声をかけられる。
「ティルちゃん、一緒に帰ろ?」
「うん」
ティルとエリンは、廊下に出る。すると、エリンは尋ねてきた。
「何で先生、泣いちゃったんだろうね?ティルちゃんの時に」
「わかんない」
「そっかー、ティルちゃんもわかんないんだー」
(エリンちゃんにも、話せないなぁ)
ティルとエリンは、校門をくぐる。すると、前方にラインハルトとフェリシアの姿が見えた。ラインハルトの右手は、フェリシアの左手をしっかり握っていた。ティルの目は、見開かれる。
「あ、マラブルくんとメンデスさん、仲良くなったみたいだね」
「そう?ティルちゃん」
「だって、あれ」
ティルは、わずかに震える右手の人差し指で、ラインハルトとフェリシアがいる方向を指した。
「本当だね?ティルちゃん。メンデスさん、よかったね?マラブルくんと、仲良くなれたんだ!」
「うん」
(ラインハルトくん、辛いよ。けれど、フェリシアちゃんを幸せにしてね?3月までだけど)
エリンの話題は、夏休みの事に移る。
「ね!ティルちゃん、夏休みはいっぱい遊ぼうね!!」
「そうだね!エリンちゃん!!」
溢れ出そうな心を、目の手前でせき止めながら、ティルは答えた。
(エリンちゃんは、ずっとずっと私を友達だと思ってくれてる。大切にしよう)
それから、ティルの方からエリンと手を繋ぎ、帰宅して行った。
「ばいばい!ティルちゃん!!」
「ばいばい!エリンちゃん!!」
エリンと別れた後の、ティルの目には涙。
「ラインハルトくん」
夏の曇り空に、数粒の雨をティルは降らせた。




