88時間目:寄り添いが
慣らし授業の1週間を終え、ティル達初等部1年生は、6時間目の授業まで受ける事になった。そんな初日の給食の時間が来る。
(また、あの食堂で、給食だ)
しかし、ティルはモニカに声をかけられる。
「ラーナーさん、今日は、特別に私と食事しませんか?」
「え?オリーン先生と?」
「先週言ったお話を、食事と一緒にしようと思いまして。放課後だと、帰りが遅くなってしまいますからね」
「はい、わかりました」
そして、モニカは、教職員用の食堂へとティルを誘導した。教職員用の食堂の雰囲気は、児童生徒用の食堂とあまり変わらないが、出されている食事は大人向けの物であった。
「ラーナーさん、あまり馴染みのない食事かもしれませんが、食べたい物をどうぞ」
「はい」
(なんか、ちょっと豪華なお昼ご飯)
「この麺と、野菜盛りかな?」
ティルは、それらを取り分ける。モニカは微笑む。
「あら、だいぶ健康的な食事ですね?」
「は、はい」
そして、席に着く。ティルと向かい合わせるように着席したモニカは言った。
「さ、食べましょう」
そうして、ティルは食事を始める。野菜盛りの爽やかさが口いっぱいに広がった。モニカもある程度食事を進める。昼食の時間も中盤に差し掛かった頃、モニカは口を開く。
「『イテラリピティ』」
ティルの体がビクッとなった。モニカはそんなティルを見つめ、言葉を続ける。
「ラーナーさん、10年以上も、大変な学校生活を送られていたのですね」
「何で、その話を知ってるんですか?」
「あの日、学校に戻った後、学園長にラーナーさんと何を話したか訊いたんです。そうしたら、あの時少ししか話を聞いていませんでしたが、その中で聞いた『イテラリピティ』の事を話してくれました」
「学園長先生が?」
「そうです。そのイテラリピティが必要な事と、ラーナーさんはそれを10年以上もずっと見てきたと」
(どこまで話したんたんだろ?)
「私にとってラーナーさんは、つい1週間前に出会った児童ですが、ラーナーさんにとっての私は、10年以上もラーナーさんを教えている教諭なんですね?」
「はい、そうです」
「ごめんなさい。ラーナーさんを毎回忘れてしまっているようで、とても、悔しいです。それに、ラーナーさんが10年以上、どんな思いで学校に来ていたかを考えたら、あの日は全く眠れませんでした」
「そんな」
(先生、優しい。優しすぎるよ)
「ラーナーさん、私がラーナーさんを忘れてしまう3月まで、私はラーナーさんに寄り添わせていただきます。学園長からも頼まれましたが、私自身が強くそう思っているので、何か辛い事があったら、いつでも、どんな時でも、私に相談しに来てください。それを伝えたかったんです」
「先生」
ティルは、急激に溢れ出る涙を抑えられなかった。
「つ、辛かったです。これからも、きっと、辛いと思います。先生、よろしくお願いします」
「いいえ、こちらこそ、よろしくお願いします」
モニカは、ティルの涙を小さな布で拭ってくれた。そして、ティルが落ち着いた後、食事は再開された。
「ラーナーさん、大人向けの食事は、どうですか?」
「えっ、あの、なんか新しいです」
「『新しい』ですか。食べ慣れない物を食べさせてしまってすみません」
「い、いいえ!」
「けれど、本来ならラーナーさんは20歳前後、立派な大人です。だから、大人向けの食事をと思いましたが、やっぱり、お口に合わなかったみたいですね」
「ご、ごめんなさい」
頭を下げるティル。
「いいえ。お気になさらず。そして、明日からは、食べ慣れた物を児童生徒用の食堂で食べてくださいね」
「はい」
それから、ティルは5時間目の授業を受ける。
(オリーン先生が、味方になってくれたみたい。ちょっと頑張ろうかな?)
ティルの鉛筆を握る手の力が増す。
(フェリシアちゃんと、友達になってみようかな?それに、ラインハルトくんとも久しぶりにお話したいな)
理科の教科書に目を落とすティル。
(初めてイテラリピティになった時、先生には話してなかった。最初から先生に言えばよかったのかな?)
そうしていると、5時間目の授業が終わろうとした。
(って、フェリシアちゃんと何話す?ラインハルトくんと何話す?フェリシアちゃんが天国から戻って来てよかったとか、ラインハルトくんが私を好きだったんだよとか?)
5時間目が終わった事を知らせる鐘の音が鳴る。
(あ、駄目。やっぱりフェリシアちゃんとラインハルトくんと話すの、今は止めよ)
6時間目を待つ休み時間、エリンが話しかけてきた。
「ねぇ、ティルちゃん。給食の時間、どこ行ってたの?」
「あ、えっと、先生に呼ばれて違う所に行ってたの」
「そうだったんだ。迷子になっちゃって、食べられなかったと思って、ティルちゃんにパンだけ持って来たけど、要らない?」
「ありがとう!エリンちゃん、お家に持って帰って食べるね?」
「うん!」
エリンは、紙に包まれたパンをティルに手渡した。
「明日は、一緒に給食食べよう?エリンちゃん」
「わー!明日楽しみ!!」
そんな様子をティルの右斜め前の席から見ていたハワードは、口を挟んだ。
「ラーナーさん、先生に呼ばれていたのか。今度は何をしたんだ?」
「う。えっと、内緒だよ。学級委員長」
「学級委員長の僕に隠し事か」
「うー、えっと、先生がお友達になってくれるって言ってくれたの」
「は?何で?」
納得がいかない様子のハワードの声をかき消すように、エリンが言った。
「わー!ティルちゃんオリーン先生とお友達になったの?凄い!!」
「あ、えへへ、そうだよ」
「でも、何で?」
(う、結局、エリンちゃんもハワードくんも何でって言う。友達なんて、嘘つくんじゃなかった。どうしよう?)
「あ、えっと、入学式の時、学園長先生のお話聞いててあくびしちゃったじゃん?私」
「確かにな、横でしかと聞いた」
「それで、すぐに謝ったじゃん?私」
「へー!ティルちゃん偉い!!」
「そうそう!偉いって言われて、そんな素直な子とお友達になりたいって先生が言ってくれたの!!」
羨望のエリンの視線と、疑念が晴れないハワードの視線がティルに向けて同時に注がれる。そんな中、6時間目が始まる鐘の音が鳴る。エリンは、それを受け、自らの席に戻った。一方、ハワードは前を向いた。
(はあ。嘘の為に嘘ついちゃった。本当の事言いたいけど、イテラリピティの事、やっぱり言えない)




