86時間目:テンポーレ
イヴァンは、その顔から笑みを消し、話し始める。
「テンポーレとは、この世界の時間を統べる唯一の存在。世界が誕生した頃から、脈々とその役目は正統魔法の使い手に受け継がれて来た」
(テンポーレって言葉、覚えた)
「テンポーレは、有史以来1人で時間を見つめ、調整する任を担っている」
(む、難しい言葉。わからない)
「私は、最悪な前任者から、このテンポーレの能力を奪い、時間を管理しているのだ」
(最悪だったの?でも、話が、わからないよ)
「学園長先生、私には、難しいです」
「難しい?難しいのか?そんな浅い能力で、ノヴァ・テンポーレとして私の前に立ちはだかるとは、いい度胸だ」
「だ、だって、ずっと、ずっと、初等部1年生で、難しい言葉を習えないから」
イヴァンの言葉がわずかに詰まる。しかし、独り言のようにこう言った。
「魔法の摂理は、この女児の何をもって私の制御役として選んだのか」
イヴァンは、ため息をつき、改めて話し始める。
「テンポーレという物は、簡単な言葉で言えば、時間の流れを見て、おかしいと思った所は直していく仕事だ」
「学園長先生は、イテラリピティで、おかしい所を直してるんですか?」
「そうだ。イテラリピティは、必要なんだよ。ここで止める訳にはいかない」
「どうして?」
イヴァンは、大きく息を吸った。
「君は、初等部1年という事は、エスパランタ1528年産まれだな?」
「は、はい」
(急に、何?)
「という事は、君が24歳になる年か。『今から』17年後のエスパランタ1552年に、世界は、滅亡する。全部壊れて無くなるんだよ」
「え」
ティルは、震え、目を丸くした。そんなティルにイヴァンは話を続ける。
「私はね?テンポーレとして、破滅の時が来ないようにしているんだよ。偶然辿り着いたこのエスパランタ1535年4月から1536年3月を繰り返す事によってね。私は、君を含めた世界中の人々を破滅から守っているんだよ」
イヴァンは、ティルに接近し、しゃがむ。そして、ティルの首を前から掴んだ。
「イテラリピティを止めるという事は、世界の滅亡を願う事。それを願う君は、世界の破壊者と同等の存在だ」
「そ、そんな。私は、皆の中から私との思い出が消えちゃうから、イテラリピティが嫌なのに」
「そうか、確かにな」
イヴァンは、ティルの首を解放しつつ、言葉を続けた。
「しかし、甘い。そんな覚悟で、君はノヴァ・テンポーレとなったのか?」
「覚悟って何ですか?わかんないです。その言葉も、わかんないですけど、私がいつそのノヴァ・テンポーレになったのかも、わかりません」
「望んでなったのではないのか?」
「はい」
イヴァンは、ため息をつく。
「魔法の摂理も、酷な事をするな。『あの実』、『時の実』は、この世の物とは思えない味だったろう?いつだ?いつ口にした?」
(あ、あれ、あの変な実、時の実っていうんだ。でも、こんな時に、あの味を思い出したくない!)
「あの美味しくない実を食べたのは、12回前のイテラリピティの時です」
「イテラリピティに差異が出始めた頃とちょうど合致するな。という事は、魔法の摂理は、6回のイテラリピティで、その措置は過剰と判断したのか」
(またわかんない言葉ばっかり。でも、数字はわかる。そんな、嘘だ)
「私が、実を食べる前に、6回イテラリピティがあったんですか?」
「そうだ。変わらない1年を正確に繰り返していたというのに、その12回くらい前のイテラリピティから、違ったイテラリピティが始まった。私は焦った」
イヴァンは、自らの席に戻る。
「それから、魔法の摂理が制御をかけてきたと考え、その制御役を、私はノヴァ・テンポーレと名付け、探していた。勿論、抗削魔法の使い手を魔法の摂理は指名したと思って、抗削魔法の使い手の中を探した。学園の中も、外も、それでこそしらみ潰しにな。まさか、正統魔法の使い手を指名したとは思わなかった」
(抗削魔法。学園長先生には、言わなきゃ。そして、言いたい事もある)
「私、ちょっと抗削魔法を持ってるみたいです。前のイテラリピティで、お医者さんに言われました」
「何?一般的には、ひとつの体に2つの魔法は宿らず、破滅を迎えるというのに、君は生きている。魔法学者に見せたら、珍しいと言って喜ぶだろうな。君は、奇跡の存在だ」
「その話も、わかんないですけど、前のイテラリピティの時、学園長先生が変な事したから、抗削魔法の高等部の男の子にいじめられて、フェリシアちゃんは天国に行っちゃったんですよ?私、かなしくて、かなしくて!」
「その話は、痛ましい事件だった。すぐに、イテラリピティを起こして戻そうとは思ったが、イテラリピティのサイクルが崩れてしまうからな、3月まで見送った」
イヴァンは、目を伏せる。しかし、再び目を見開き言った。
「そして、フェリシア・メンデス君は、戻った。私の起こしたイテラリピティで」
ティルは、言葉が詰まる。
「あの事件は、『そうなってしまったか』と思った。保護者説明会を求められたが、どうせ、聞いた者全てが忘れる。いや、事件があった事すら知らない人間になるのだから、意味を成さない説明会を開くのは止めた。その結果、君を含めた多くの児童生徒が、一旦メビラ学園を去った。しかし、イテラリピティで戻った。君を含めてな」
(わ、私も、お願いしちゃった事)
反論出来ないティルに、イヴァンは尋ねた。
「どう思った?クラスメイトが天国に行って、戻った時は」
ティルの目に涙が浮かぶ。
「よかったと、思っちゃいました」
「よく言った。その時のイテラリピティは、君にとって必要な物だったろう?」
(あ、私、違うなんて言えない)
「答えられないのか?ノヴァ・テンポーレ」
ティルは、落涙した。
「涙を答えにしろというのか。君は、どうやら不完全なテンポーレなようだ。記憶の保持を主に、これからも差異を起こす存在であるかもしれないが、さして脅威ではなさそうだ」
イヴァンは、薄手の紙を持ち出し、ティルの元へ。そして、ティルの涙を紙で拭った。
「イテラリピティの事を忘れるのは、無理かもわからないが、世界の為に、受け入れてくれ。今までどのように過ごして来たのかはわからないが、今まで通りに過ごしてもいい。テンポーレとイテラリピティの事を言いふらして喚くのでもいい。どうか、イテラリピティを止めたいと思うのは止めて欲しい。かわいい児童が世界の破壊者の道を歩むのは見たくない」
「駄目?」
「ああ、駄目だ。私がテンポーレでいる限り、イテラリピティは、何があろうと止めない。世界を救うただひとつの手段だからな」
そして、イヴァンは出入り口の扉まで移動する。
「今日の所は下がりたまえ。あまり遅くなると親御さんも心配するだろう。また、ここに話しに来てもいい。イテラリピティを止める話以外の話題には、乗ってやろう」
イヴァンによって開けられた扉。ティルはそれに従うしかなかった。
「さ、さようなら、学園長先生」
「さようなら、ノヴァ・テンポーレ」




