82時間目:遅れて来た物
家庭教師の初授業を受けた日の夜、グレゴリオは夕飯時に言った。
「今日、初めて家庭教師が来たんだよね?ティル」
「うん」
「どうだった?」
「とっても、元気な先生で、私を褒めてくれたよ」
「そうかい。ならよかった」
その後、就寝時間になり、ティルは寝床に入った。
「これから、あんな感じで、勉強していくんだね。私」
授業で歌った童謡をティルは口ずさんだ。すると、ティルの耳に今日ティルや家庭教師が演奏したのではない鈴の音がチリン、チリンと流れる。
(フェリシアちゃんの、お葬式)
紫の光に包まれたフェリシア最期の姿、そんなフェリシアを抱き締め涙したイルマ、そして、フェリシアの為に歌った後、泣き崩れたシェルトを思い出す。
(学級副委員長だった時は、落ちてくフェリシアちゃんを助けられたのに)
「守れなかった、私が、守られていいの?もう、フェリシアちゃんは、お父さんとお母さんと一緒にいられないのに、私は、お父さんとお母さんとリノと楽しくしていいの?」
ティルは頭を抱える。そして、呼吸が荒くなる。
「駄目、泣いちゃ、駄目」
しかし、溢れ出る物の力には勝てなかった。
「フェリシアちゃんは、泣きたくても、もう、泣けないのに、私は、泣いていいの?」
ティルの小さな手を濡らし続ける涙。
「そうだ、病院にいる時、あんまりフェリシアちゃんの事考えてなかった。フェリシアちゃん、ごめんなさい」
止められない思いは、枕まで濡らし始める。
「ごめんなさい、ごめんなさい、フェリシアちゃん。馬鹿、馬鹿、私の馬鹿!」
ティルは身を捩り、歯を食いしばる。やがて、涙は枯れ、ティルは虚ろな目をした。
「眠れない。でも、学校にずっと行かなくてよくなったから、それでもいいのかなぁ?」
翌朝、結局数時間は眠れたティルであったが、睡眠不足から来る気分の悪さに苛まれた。
(う、気持ち悪い。けど、これ、罰だよね?)
ティルは、仕事へ行くグレゴリオや、家事やリノの世話に忙しいノエルの前では、いつもの自分を演じる。
「おはよう!お父さん!!お母さん!!」
(元気なティル・ラーナーを見せるのは、慣れてるよ)
そんな中でも、家庭教師は来る。
「ティルちゃん、今日も頑張ろうね!」
「はい」
当然、授業内容は頭に入って来ない。しかし、「今までの知識」で、家庭教師の質問には完璧な答えを返す。
「本当に、ティルちゃんって凄いよね?」
「え?そうですか?」
「だって、1回教えた事、全部わかっちゃうんだから!」
「そうですか」
「それに、礼儀正しくて、落ち着いてる。私にも、ティルちゃんより2つ上の娘がいるんだけど、娘より年上みたい!」
「先生も、お母さんなんですね?」
「そうよ」
ティルの授業は、ティルにとって見知った内容が続く。そして、その日の授業は終わりを告げる。
「じゃあ、ティルちゃん、またね!」
「先生、ありがとうございました」
ティルは、ぼうっとする頭のまま、ため息をつく。
(フェリシアちゃんは、もう、勉強出来ない。なのに)
更に眉間に皺が寄り、口はへの字になる。ふらふら家の中を歩くティル。いつの間にか、リノの寝床へ来ていた。リノは不規則にピカピカ光りながら、ティルを見つめた。
「リノ、お姉ちゃん、悪い子だよね?」
リノの答えは返らない。ティルをまっすぐ見つめるリノは、まばたきを数回した後、眠りに就いた。
「私も、お昼寝しよう」
その昼寝は、曖昧な睡眠で、夕方まで続いた。
それからというものの、ティルは、本来学校に行っている日は毎日家庭教師の授業を受け、一応の学習を進めていった。
そして、退院から1ヶ月後の10月半ばの休日。ティルは、自室の学習机に座り、物思いにふけっていた。
(いつもなら、学習発表会やってたなぁ。多分、今日だよね?皆、何をやってるのかな?劇?ダンス?歌?)
「歌、ひなぎく」
何度か聴いたフェリシアの歌声が、ティルの耳によみがえる。
「歌が上手だった、フェリシアちゃんは、もう、いない。私のせいでっ」
ティルは頭を抱える。
(もう、疲れたよ。かなしいの。でも、考えなきゃ、考えを止めたら、駄目!きっと、駄目!!)
それから、時間は過ぎていく。
11月、ティルは7歳となった。グレゴリオとノエルは、「いつものように」誕生日をお祝いしてくれた。そんな様子を、リノは見つめた。
(フェリシアちゃん、私、誕生日をお祝いしてもらっちゃった)
12月、年越しの花火を路上にて家族揃って見た。リノは、「いつものように」花火に驚き泣いた。
(フェリシアちゃん、エスパランタ1536年になったよ。花火見ちゃった)




