81時間目:転校への始まり
ティルの手は、夏休みの宿題の問題集を追い、空を切る。その問題集は、グレゴリオにより閉じられ、背後に隠された。
「お、お父さん、え、何で?」
「ごめん、ティル。僕は、メビラ学園を信じられなくなった。大事なティルを傷つけて何もしてくれなかったからね」
「で、ても、オリーン先生が謝りに来てくれたでしょう?」
「あれは、オリーン先生個人の謝罪と受け止めてるよ。学校の代表として来てくれたとは思ってない」
「そ、そんな」
(お父さん、まだ、怒ってたんだ)
「お父さん、もう、私、お父さんとお母さんの魔法もらって、元気になったよ?だから、大丈夫だよ」
「ティルは、あの学校に行きたいのかい?」
「う」
ティルは、返答を一瞬ためらった。しかし、こう返した。
「だって、私の学校は、メビラ学園だよ」
「そうかい」
グレゴリオは、夏休みの宿題の問題集を床に落としつつ、右手を強く握る。そして、作られた拳を、ティルの頭すれすれまで振り落とした。ティルは、悲鳴を上げた。そして、体を震わせ声を絞り出す。
「お、お父さん」
グレゴリオは、すぐに拳を引き、静かに尋ねた。
「この拳、こわいかい?」
「う、うん」
その返答を受け、グレゴリオは、眉間に皺を寄せつつ叫ぶように言った。
「また、あんな事が起こるかもしれない。それに対する対策をどうするか、メビラ学園、オーケン先生から何も示されてない。そんな所にティルを、僕とノエルの大事なティルを送り出すわけにはいかないんだ!」
グレゴリオは、ティルを抱き寄せ、言葉を続ける。
「だから、ティルはあの学校に行きたいかもしれないけど、行かせられない。ごめん。その代わり、僕が安全な学校を探す。その学校に転校して欲しい」
「う、お父さん、か、考えさせて」
「わかったよ。ティル」
グレゴリオは、ティルを解放した。そして、その場を離れた。すると、ノエルがティルに歩み寄ってくる。そして、ティルを抱き寄せ、頭を撫でた。
「グレゴリオ、乱暴だったわね」
ティルは震える。ノエルは、言葉を続けた。
「多分、お仕事での疲れもあると思う。許してやってね?それに、グレゴリオの言った事、私も同じ考えだから、わかって?ティルの転校の事」
「お母さん、考えちゃ駄目?」
「ごめんね?グレゴリオは、考えていいって言ったけど、私は、ティルに考えて欲しくないの。メビラ学園に戻ることは」
「お母さんも、怒ってる?」
ノエルのティルを抱き締める腕の力が増す。
「怒ってるわ。きっと、いつまでもこの気持ち、消えないと思う」
「え」
「リノを産んで、改めて感じたわ。ティルは、初めて私達の所に来てくれた大切な子だって。その子が痛い思いしたのに、守ってもらえないかもしれないって思ったら、私も卒業した学校だけど、許せなくて」
「そう、そうなの」
ティルは、ノエルの背中をギュッと掴む。そして、こう言った。
「お父さん」
「何?グレゴリオ?」
「うん」
グレゴリオは、ノエルに呼ばれ、ティルの元に戻った。ティルは両親を目の前にして話し始める。
「お父さん、お母さん、私、メビラ学園に、行かない」
(だって、思い出は要らないって思ったもんね。4月に)
グレゴリオとノエルのほっとしたような頷きをティルは見た。
(お父さんとお母さんに心配かけて行くのは駄目だよね)
「新しい学校、楽しみにしてる」
「よく言った、ティル」
「ありがとう、ティル。わかってくれたのね?」
ティルは、頷く。それを受け、グレゴリオは言った。
「新しい学校が決まるまで、家庭教師をつけようと思っていたんだ。早速頼む事にするよ」
(家庭教師?どんな先生なんだろう?)
そして、その日の家族会議は終了した。グレゴリオは、昼食の後、仮眠に行く。ティルは、床に落としっぱなしであった夏休みの宿題の問題集を拾い上げた。
(オリーン先生)
夏休み前、問題集を魔法で配ったモニカの姿が浮かぶ。
「オリーン先生、さようなら」
問題集を持ちつつ、ティルは自室へ。傷だらけの鞄に問題集をしまおうとする。そこには、両親にまだ見せていない成績表があった。
「これ、一応見せる?」
問題集をしまい、代わりに成績表を取り出す。少しの時間、ティルはぼうっと成績表を見ていたが、モニカ直筆の自分の名前が目に入る。
「オリーン先生に、もう、会えない。お見舞いに来てくれた時が、最後だったなんて、さびしいな」
(でも、駄目。決めたんだもん。さびしいって思っちゃ駄目だよね)
それから、3日後。ラーナー家に、1人の女性が訪ねてきた。ノエルは、その女性にこう声をかけられた。
「ノエル、久しぶりね」
「そうね。今日から、娘をよろしくね」
「わかったわ」
ティルは首を傾げる。そんなティルにノエルは言う。
「私の同級生なんだけど、今日からティルの家庭教師をしてくれるのよ」
「そうなんだ」
「よろしくね?ティルちゃん」
「よろしくお願いします、先生」
家庭教師は、笑顔で言う。
「礼儀正しいわね?さすがノエルの娘!」
「そう?」
ティルは、ノエルと家庭教師を交互に見ながら言った。
「ほ、褒めてくれて、ありがとうございます」
「どういたしまして、ティルちゃん」
それから、リノの世話をするノエルの横で、家庭教師の初授業が始まる。
「初等部1年生の二学期で習う所から始めるわね?」
「はい」
すると、家庭教師は唱えた。
「エレイ、ビエーレオ。ティエ、エッセティオ。音楽」
「わぁ、先生も杖が無くても教科書出せるんですね?」
「それは、そうね。さあ、教科書を開いて?」
ティルは、教科書を開く。それと同時に、家庭教師は、鈴を魔法で出した。
「じゃあ、楽譜に合わせて鈴を演奏しよう!歌も歌えたら、一緒に歌って!」
家庭教師は、ティルに鈴を渡した。そして、明るい雰囲気の童謡を歌い始める。ティルは、鈴を楽譜通りにシャンシャン鳴らしながら、家庭教師を追いかけるようにして歌い出した。家庭教師は、驚いた様子だったが、最後まで歌いきった。歌い終わると、家庭教師は言った。
「とっても上手だったわよ!」
「ありがとうございます」
「もう1曲、演奏しちゃおうか?今度は、ティルちゃんが歌ってみて。私が鈴を鳴らすわ」
「はい」
今度は楽しい雰囲気の童謡が演奏される。ノエルはリノを抱っこしながらそれに聴き入った。やがて、その日予定していた授業は終わる。家庭教師は、こう言った。
「とっても頭がいいみたいね!ティルちゃんは。でも、もっと頭がよくなるように頑張ろうね!!」
「はい、お願いします」
そして、家庭教師はノエルとも言葉を交わし、帰宅して行った。




