79時間目:正統と抗削そして移植
モニカがティルの所に謝罪に来て2日後の昼。ティルの主治医が男性看護師を引き連れて来た。
「ラーナーさん、こんにちは」
「こんにちは」
「昨日ね、お母さん、男の子を産んだんだって」
「えっ!」
ティルの顔に一瞬力が湧く。医師は、笑顔で言った。
「お姉ちゃんだね。嬉しいね」
「うん!」
「でも、少し残念なお知らせ。お母さんもこことは違う病院に入院しちゃったから、お母さん、お見舞いに来られないって。そして、お父さんも忙しくなっちゃったからあんまり来れないってさ」
「大丈夫です!」
医師の笑い声が病室に響く。
「弟くんの事になると、気持ちは元気になるみたいだね」
「え?あ、えへへ」
「それで、お父さんからひとつラーナーさんにお願いがあるんだって」
「何ですか?」
「弟くんの名前を、お姉ちゃんに決めてもらいたいってさ。考えておいてあげてね?」
「もう、決まってます!」
「ほー、どんな?」
「リノ!」
「リノくんかー。いいね。いつかお父さんとお母さんに言ってあげてね」
「はい!」
ティルは、この病院に入院して以来、医師等に聞かせた事の無かった元気な声を上げた。医師と看護師は、目を合わせながら笑い合った。ひととおり笑った後、医師は真面目な顔をした。
「それで、ここからが今日の話したかった事。聞いてくれるかい?」
(何?)
ティルは首を傾げる。医師は話し始めた。
「残念ながら、ラーナーさんの魔法は、戻らないと考えているんだ。だから、お母さんが落ち着いた後、お父さんとお母さんの魔法を少しずつもらおう。そして、本当の元気を取り戻そうね」
(あ、それ、嫌だ)
「嫌です。このまま、抗削魔法だけでいいです」
「あれ?何で抗削魔法の事を?」
「ごめんなさい。お父さんとお母さんに話していたの聞いてたんです」
「なるほど、あの時ラーナーさんは意識はあったんだね?」
「はい」
医師は、ティルの目を覗き込みながら言った。
「ちょっとしか無い抗削魔法だけじゃ、駄目なんだよ。子供はね、成長の為に魔法を使うんだけど、いっぱいあってやっと大丈夫って言えるんだ。成長の為にちょっとしか無い魔法を使ったら、あっという間に無くなって、ラーナーさんも、天国に行っちゃうんだ」
「え。それも、嫌だ。お父さんとお母さんがかなしむ」
「わかってくれたね」
「でも、何で、抗削魔法が私に?っていうか、抗削魔法って何ですか?」
医師は、看護師に一旦視線を移した。そして、頷く。
「正統魔法と抗削魔法の違いは、メビラ学園で言うところの、中等部でそこを習うんだけどね。簡単に話すよ?」
「はい」
看護師が見守る中、医師は「授業」を始める。
「昔、昔、そのまた昔の人々にはね、1個の魔法しか無かったんだ。今で言う、正統魔法がそれだよ」
「え、そうだったんですか」
「そう。だけどね、その魔法を使う人も、いい人ばかりじゃなくて、酷い事に使う人が沢山出て来たらしいんだ。先生も教科書で見ただけだから、本当のところはどうだったかはわからないけどね」
ティルは頷いた。
「そんな時に、これは、難しい言葉だけど『魔法の摂理』っていう力が働いたって言われてる。悪い事をする魔法使いを止める魔法が生まれたんだって。それが、今の抗削魔法なんだ」
ティルは、自らの胸をゴソゴソした。
「今回の、高等部の男の子は、間違った使い方しちゃったけど、抗削魔法っていうのはね?正統魔法と一緒にいい事に使うのが普通なんだ」
「そうなんですか」
「きっと、どこかの時代で正統魔法の人と抗削魔法の人が深く仲良くなって、ラーナーさんのご先祖になってくれたんだ。だから、ラーナーさんは、ほんのちょびっと抗削魔法を持って産まれて来たんだよ」
「抗削魔法も、いい魔法なんですか?」
「そうだよ。でも、抗削魔法がラーナーさんを傷つけたし、お友達を天国に送っちゃったから、今すぐにいい力だって思う必要はないよ」
「わかりました」
医師は、再び真剣な顔をした。
「念の為、まだお母さんのお腹にいた頃の弟くんも含めて、ラーナーさんの家族の魔法の検査をしたよ。皆、抗削魔法は無かった。だからね、尚更ラーナーさんは正統魔法を取り戻さなければならないんだ」
「え?」
「お父さんとお母さんは大丈夫だと思うけど、まだ産まれたばかりで弱い弟くんと、抗削魔法しか持たないラーナーさんを会わせるのは危ないから、魔法移植でお父さんとお母さんの魔法をもらおうね」
「リノの為?」
「そうだよ」
(リノ、リノとずっと会えないのも嫌だ)
「なら、お父さんとお母さんの魔法、もらいます」
「よく言ったね!当日は、先生も一緒に頑張るからね」
「はい」
その後、ティルの魔法移植は、8月最終日に決まった。よって、ティルは二学期の始業式からしばらく学校を休むことになった。
「夏休みの宿題やってない。家に帰ったらやらなきゃ」
ひとりティルは呟いた。
そうして、やってきた移植当日。朝早くグレゴリオがティルの病室に来た。
「ティル」
「お父さん」
それからすぐにノエルも来た。
「お母さん」
「ティル」
ティルはノエルの胸のあたりを見て言った。
「あ、あれ?リノは?」
(あ、リノは私に会っちゃいけなかったんだ)
ノエルは答えた。
「病院には連れてきたわ。けど、預けてきたのよ」
「そう。早くリノの顔、見たいなぁ」
グレゴリオは言った。
「魔法が戻ったらいっぱい見れるよ」
「そうだね」
すると、男性看護師が入室してくる。
「すみません、先生に急患が出てしまって、移植は少し遅れます。それまで、こちらで待機してください」
ラーナー家の面々は、それを了承した。看護師が退出した後、少しの時間沈黙が流れたが、ティルが口を開く。
「お父さん、お母さん、本当はね?移植、嫌なの」
「どうして?」
グレゴリオが返した。ノエルもかなしげな顔をした。
「ごめん。お父さんとお母さんの魔法を私のせいで無くしちゃうのやなんだ」
「ティル。ティルの為って思ったら、そんなのは気にならないわ。ティルのせいって言わないで」
「う、うん。そう言ってくれてありがとう、お母さん。先生から、リノと会えないって言われて、そっちも嫌だったから、移植をお願いしたの」
「そうだったのかい。元気になったお姉ちゃんをリノは待ってるよ」
「うん」
ノエルは言った。
「私ね?今日を楽しみにしてたのよ?ティル」
「え?」
「私の力をティルにあげられるから」
「僕も、そうだよ」
「お父さん、お母さん、ありがとう」
それから、医師の都合がつき、予定より2時間遅れで移植の時間を迎えた。看護師の誘導により、移植が行われる魔術室へとティル、グレゴリオ、ノエルは入室した。薄暗い部屋の中で待っていた医師は言った。
「だいぶお待たせしてすみませんでした。では、今から移植を始めます。皆さん、ご着席ください」
3人は、看護師が指示した椅子に座る。医師はまず、ティルの所へ来た。
「ティルさん、手を繫いで」
「はい」
ティルと医師は両手を繋ぐ。医師は、目を閉じる。すると、ティルと医師は白い光に包まれた。ティルに不快感はなく、その様子を見つめた。
やがて医師は、目を開け、ティルの手を離した。その医師の手には、小さな白い光の玉が。それは、看護師に渡される。看護師は、光の玉を見つめ、考え込むような顔をする。
一方、医師はグレゴリオとノエルの元へ。そして、言った。
「これから、グレゴリオさん、ノエルさんの魔法を摘出します。よろしいですね?」
グレゴリオとノエルは、「はい」と声を揃えた。医師は頷く。そして、唱えた。
「エ、エッセピイアエンネ、ティア、エーレエ。お二方の魔法よ、我が手に」
グレゴリオとノエルは、赤い光に包まれる。そして、その光は、医師の両手に降り注ぐ。ある程度それを続けた後、医師は言った。
「摘出終了」
グレゴリオとノエルの周囲から光が消える。わずかにノエルはふらつく。それを隣のグレゴリオが力の抜けた手で支えた。
(お父さん、お母さん、辛そう)
医師の手には、手のひらに収まる程度の赤い光の玉が2つ浮かんでいた。医師は、看護師の所へと行き、こう唱えた。
「エッフェオエンネ、ディエ、エーレエ」
すると、赤い光の玉が螺旋状に絡み合い始め、やがてとけるようにひとつの玉へと変化した。ゆらゆら光るひとつになった赤い光の玉を見つめ、医師は更に唱える。
「ア、ディアティ、ティア、エーレエ」
医師は、看護師が持つ白い光の玉と、自らの持つ赤い光の玉を何度も交互に見る。赤い光の玉の中では、沢山ある光の粒が不規則に点滅した。医師は看護師に言った。
「どうだろう?」
「いいと思います」
看護師も赤と白の光を見比べて言った。すると、看護師は、白い光の玉を医師に渡す。医師は、赤い光の玉に白い光の玉を入れた。
「融合、ならびに適合作業終了」
そして、医師はティルの元へ。
「ティルさん、今からお父さんとお母さんからの力を入れるからね」
「はい」
医師は、頷くとこう唱えた。
「ティエーレア、ピイアエンネ、ティオ。光よ、患者の新たな力となれ」
赤い光の玉は、大きくなりティルを包む。赤い光は、色が薄くなっていき、光も弱くなっていく。それに反比例するように、この1ヶ月半ティルの体にまとわりついていたぽっかり空いた穴の感覚が埋まっていった。
(体が、元に戻っていってる)
そして、ティルを包んでいた光が完全に消えた。医師は言う。
「移植終了。ティルさん、どうですか?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
グレゴリオとノエルも「ありがとうございました」と声を揃えた。




