77時間目:取り調べ
夏休みも、2週間過ぎようとしていた。相変わらずティルの体からは、ぽっかり穴が空いた感覚が抜けなかった。しかし、緩やかに規則的な生活を病院内で送る事が出来るようになっていた。
「雨の時間が、始まった」
家からの差し入れとして、何冊か絵本を持って来てもらったが、全て読み終わってしまい、ひたすら窓の外の風景を見続けるのが日課になった。9時30分から13時30分まで予定されている雨の降り出しを見届けたティル。間もなく病室の扉を叩く音を聞いた。
「誰?」
すると、警察の制服を着た男性3人が入室してきた。その中には、グレゴリオもいた。
「お父さん」
比較的固い表情であったが、グレゴリオは微笑む。しかし、そのグレゴリオは、中年の警察官に促され、制服から私服に魔法にて着替えた。
「お父さん?」
グレゴリオは、無言のままであった。代わりに、中年の警察官が口を開く。
「ティル・ラーナーさん、あなたへの暴行事件の取り調べを始めます」
「え、あ、う」
ティルに緊張が走る。グレゴリオは、寝床の傍らへ行き、ティルの背中を撫でてくれた。その手の柔らかさに力をもらい、ティルはまともな返事をする。
「わかりました」
「では、あの日あなたに乱暴な事をした人の特徴を教えてください」
ティルの脳裏によみがえる当日の光景。そして、痛み。
「う」
言葉を詰まらせるティルを見かね、グレゴリオが小声で声をかけた。
「ゆっくりでいい、話すんだ」
そのグレゴリオの声を聞いた中年の警察官は言った。
「ラーナーくん、口を慎むように」
グレゴリオは、頭を下げる。ティルは、震えつつも、中年の警察官の問いに答えた。
「あの、特徴は、覚えてないです。あの、えっと、メビラ学園の男の子で、抗削魔法学部の高等部1年生って言ってました。それだけ、です」
「それだけ?」
「はい」
「では、次に当日の状況を話してください」
その問いにティルは、しばらく答える事が出来なかった。病室に流れる沈黙の時間。中年の警察官は、ティルから視線を外さずに答えを待つ。グレゴリオは、ティルの肩を優しいリズムで軽く叩く。もう1人の若い警察官は、一歩引いた所で少し手持ち無沙汰な様子でいた。
(辛いよ。話したくないよ。でも、終わらないよね?)
「その男の子は、フェリシアちゃん」
ティルの目に涙が浮かぶ。
「フェリシアちゃんをいじめたかったみたいです。フェリシアちゃんがこわがってたから、私、代わりに話をしたんです」
ティルはうなだれる。
「そしたら、男の子は、言いました。抗削魔法学部を学園長が何かしたから、イライラしてるって怒って、私とフェリシアちゃんを蹴ったり、殴ったり、して、きました」
落涙するティル。
「私、箒を出して、男の子と喧嘩しました。でも、箒、壊れた。それから、あんまり覚えてないです」
「そうですか」
グレゴリオは、無言でティルの涙をその手で拭ってくれた。たまらず大泣きするティル。グレゴリオは、ティルの涙を拭い続ける。
「少し、時間を置きましょう」
中年の警察官は、病室の出入り口付近まで若い警察官と共に一旦引く。しばらくしてティルの泣き声が収まった後、再び2人の警察官はティルに近寄ってくる。
(まだ、何か、あるの?やだ、辛い、こわい)
今度は、若い警察官がティルに声をかける。
「その高等部1年の男の子を捕まえる時に必要なので、あなたの体に残るその男の子の魔法の痕跡を調べます」
「えっ」
(どうやって?)
ティルは、身構えた。すると、グレゴリオは無言で寝床に入ってきてティルを抱っこした。グレゴリオの頷きがわずかにティルの視界に入る。すると、若い警察官はこう唱えた。
「エーレイ、チエエーレ、チア」
すると、若い警察官の右手から細く白い光が出て来てティルに当たる。ティルは、全身の痺れを感じた。
「い、た、い!」
強弱を繰り返す痺れにティルは悲鳴を上げ、グレゴリオの体をかきむしる。
(やだ!苦しいっ!!)
そんな中、若い警察官は言う。
「2週間経ってしまったから、探しづらいですね」
中年の警察官は返す。
「採取出来れば、決定的な証拠になる。なんとか見つけろ」
「はい」
ティルの痺れは続く。そんなティルをグレゴリオは必死にさすってくれた。
(お父さん、お父さん!辛いよ!!)
そして、若い警察官が言った。
「あー、ありました。よかったです。今から採取します」
すると、ティルの体から何かが抜けていく。そして、痺れは綺麗さっぱり消えた。ティルは、荒い息で若い警察官の手元を見る。すると、くすんだ極々小さな青い光が透明の容器に収納されていった。中年の警察官は言った。
「以上で、取り調べを終わります。ご協力ありがとうございました」
「は、はい」
「ラーナーくん、後はいい」
「はい」
グレゴリオは、寝床から出て、ティルに目線を合わせながらこう言った。
「ティル、よく頑張ったね。どうしても取り調べには一緒にいてあげたくて、無理してついてきてしまったんだけど、取り調べに僕の力が入らないように、ティルと話す事は駄目って言われていたんだ。ごめん、こわかったろう?」
「こ」
(う、駄目)
「う、だ、大丈夫。お父さんがいてくれたから、頑張れたよ」
「そうかい。じゃあ、僕は仕事に戻るよ。また、今度はちゃんとしたお父さんとしてお見舞いに来るからね」
そして、グレゴリオは私服から制服に魔法にて着替え、2人の警察官と共に病室を出て行った。
(お父さん、まだ、いて欲しかったよ!かなしかった!!こわかった!!痛かった!!)
再び、ティルは大声で泣いた。
それからティルは体調を崩す。食事ものどを通らなくなった。そんな1週間が過ぎた。
(このまま、フェリシアちゃんの所に行けたら、楽なのかも。何も、考えなくて済む)
しかし、フェリシアの葬儀で見たシェルトとイルマの涙が、グレゴリオとノエルに重なる。
(だ、だけど、お父さんとお母さんが、あんな風に泣くのは嫌。それに、リノと会えない)
もはや涙が枯れたティル。窓から見える晴れ渡った空を見つめ、呟く。
「ご飯、頑張ろう」
その日の夕飯から、ティルは再び時間をかけ、高栄養の病院食を食べるようになった。
(夏休みが終わる前に、家に帰りたい!)




