76時間目:不信と捜査
夏休みも、1週間と半分を過ぎた。ティルはようやくきちんと目を開けられるようになった。個室の病室でティルは、寝床から1人で夏の空を窓越しに見つめていた。
(いつもの夏休みだったら、夏休みの宿題の問題集、終わらせてたのに、1個も出来てないなぁ)
すると、フェリシアの葬儀にも同伴してくれた看護師が来る。
「お昼ご飯だよ」
「は、はい」
目の前には、病院食。麺料理を主に、高栄養の食事が用意された。
「召し上がれ」
看護師はこう言うと、他の患者の対応の為、退出して行った。ティルは、食事をしばらく見つめ、食べ始めた。味は濃いめにつけられていて、正直食べづらかった。しかし、ティルは食事を進める。
(これを、頑張って食べて、正統魔法が戻って来るようにしなきゃ。戻って来なかったら、お父さんとお母さんが大変になっちゃう)
ティルはその後、1時間かけて病院食を完食した。やがて、空いた食器は看護師によって片付けられる。ティルは、再び1人になり、病院食があった寝床のテーブルを見つめ、震える声を病室に響かせた。
「病院のご飯、美味しくない、美味しくないよ。お母さんの煮込みご飯、エリンちゃんの所のパン、給食のじゃがいも団子、お祭りの小麦揚げ、美味しいの、食べたいなぁ」
(でも、わがままは駄目だよね。考えないようにしよう。泣いちゃって、体おかしくなっちゃう)
ティルは溢れた感情を懸命に拭き、寝床に背中を預けた。体の中は、どこかぽっかり穴が空いているような感じであった。
(正統魔法、戻って)
そんな感覚を抱えつつ、夜を迎える。ティルは、寝られなかった。深夜、ティルは、見回りに来た昼間とは別の男性看護師に問われる。
「眠れないかい?」
「は、はい」
すると、看護師はこう言う。
「当直医、当直医、ティル・ラーナーさん、不眠を訴えています。睡眠導入魔法の処方を許可してください」
そして、少し沈黙した後、看護師は再び口を開く。
「わかりました。では」
看護師は、こう言った。
「今から眠れるようにするからね」
「は、はい」
すると、看護師はこう唱えた。
「ディオ、エーレ、エンメア。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
ティルは、ほわっと心地よい感覚に包まれる。そして、程よく体の力が抜け、ゆったり来る眠気に身を任せた。
翌日、ティルが目を覚ましたのは、昼前であった。傍らには、両親の姿が。
「お父さん、お母さん。おはよう」
「おはよう、ティル。でも、もうおはようの時間は過ぎちゃったわよ?」
「そうなの」
柔らかな表情でノエルはティルを見つめた。一方、隣のグレゴリオの顔は、苛立ちを隠せない様子であった。
(お父さん、こわい顔。こんな顔、見た事ない。どうしよう)
ティルはとにかく、グレゴリオの方向に手を伸ばす。ノエルはその手に気づき、グレゴリオに軽く触れる。グレゴリオは、わずかに鼻息を荒くしていたが、努めて優しく言葉をティルにかけた。
「ティル、体は大丈夫かい?」
「う。だ、大丈夫」
ティルの声が震える。ノエルは言った。
「やっぱり、グレゴリオ、家に帰って」
「すまないね」
(あ、お父さん、行かないで。さびしいっ)
「やだ。お父さん帰らないで」
「ごめん、ティル。僕は帰った方がいい」
「何で?何で、お父さん怒ってるの?」
グレゴリオは、肩で息をし始める。そして、言った。
「怒ってるの、わかっちゃったかい。情けないな」
「ねぇ、何に怒ってるの?」
ノエルは、立ち上がり、ティルの額を撫でて言った。
「体が辛いティルには、聞かせたくないのよ。わかって」
「う、そうなの。でも、怒っちゃう程、辛いお父さんもやだよ」
グレゴリオは、一旦歯ぎしりをし、言った。
「オーケン先生が、無責任な先生だとは思わなかった」
ノエルの眉間にも皺が寄る。そんな光景を見つつティルは短く尋ねる。
「学園長先生?」
「そうだよ。下校途中に、ティルが傷ついた、フェリシアちゃんが天国に行ってしまった。だから、すぐに保護者説明会が開かれると思っていた。けれど、今の今までその知らせすらない。一体、オーケン先生は何を考えてるんだろうね?」
グレゴリオの語気が荒くなる。
「オーケン先生は、僕が初等部3、4年生の頃の担任だったけど、今は学園長。僕の担任の先生だった先生が、学園長になって、そこにティルが入学した。凄く誇らしかったよ。でも、児童が2人死傷してるって言うのに、何もしないなんて、そんな無責任な先生だったとは思わなかったよ!」
きつく握った手を震わせながら、グレゴリオは怒りを絞り出した。
「とても優しくて強い先生だったのに!!」
「そう、だったんだね、お父さん」
ティルは、グレゴリオをまっすぐ見て言った。その視線を受け、グレゴリオは笑顔を作ろうとする。しかし、それは失敗し、一転涙を浮かべ始める。
「ティル、ごめんね?」
ティルは首を横に振る。グレゴリオは、落涙を堪えながら言った。
「でも、何もしない、出来ないのは、僕も同じなんだ」
その言葉に、ティルは先程横に振った首を傾げた。
「僕は、警察官なのに、ティルの為に捜査が出来ない。被害者が身内だから、決まりで、捜査に参加しちゃいけないんだ。悔しくて、悔しくて、たまらないよ」
遂に落涙するグレゴリオ。傍らのノエルが涙の中、グレゴリオを抱き寄せた。そんな光景に、ティルも涙を浮かべ始める。
(お父さん、私のせいで怒った。私のせいで悔しい。私のせいで)
「お父さん、私の為に怒ってくれて、私の事考えてくれて、ありがとう。そんなお父さん、私、大好き。だから、お仕事じゃない時は、沢山ここに来て?」
グレゴリオの濡れた目が見開かれる。そして、涙声で言った。
「それが、僕に、出来る事?」
「グレゴリオ、そうね。そうしてやりましょうよ」
「そうだね。ティル、沢山お見舞いに来るから、治療頑張るんだよ?」
「うん、お父さん、お母さん、待ってるね」




