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75時間目:どうしたらいいの

葬儀中、花に囲まれたフェリシアを遠目で見ながら、ティルは呟いた。


「とっても、かわいいよ、フェリシアちゃん」


 花が敷き詰められ、一転、祭壇は豪華な物になった。シェルト他聖歌隊の面々は、そんな祭壇の方を向いた。そして、シェルトが言う。


「別れと希望」


 1列に並んだ聖歌隊の両端の2人が、チリン、チリンと鈴を鳴らす。しばらく鈴の音が響くが、やがて歌が始まる。


「御魂よ、御魂よ、現世と天の間の苦しみは、今、晴れるであろう。御魂よ、御魂よ、痛み無き天に昇りし時は、振り返る事なかれ。御魂よ、御魂よ、この先の溢れる幸に包まれるがいい」


 その歌は、かなしげな旋律で歌い上げられる。ティルは、涙に震えた。すると、シェルトは単独で祭壇に一歩近づく。そして、唱えた。


「エッフェウ、エンネエ、エーレア、エレイ。別れの時!」


 先ほどまで、フェリシアを包んでいた柔らかい紫の光が消えた。そして、フェリシアは祭壇の上に浮く。更に、シェルトは唱える。


「ディエ、チオ、エーレア、ゼータイオ、エンネエ。遺されしその御身、ブローチへと変化せよ」


 シェルトの淀みのない呪文を受け、フェリシアは細かい光の粒へと変化。それは凝縮され、美しい蝶々をあしらったブローチに変わった。そのブローチは、ゆっくり祭壇に降り、カタンと音を鳴らした。それを確認した聖歌隊は、参列者の方を向く。そして、歌を続ける。


「遺されし我ら、願いはひとつ、御魂の幸。遺されし我らひとつひとつの御心滅びし時、御魂の終末を迎えん。健やかなれ、御魂の為に」


 寄り添うような旋律の歌は、佳境に入る。シェルトは、再び一歩前に。そして、単独で歌い始めた。


「失いし愛娘への愛は、決して忘れぬ。傍に行くその日まで」


 鈴がチリン、チリン。しかし、次第に弱まり、完全に止まった。すると、今まで気丈に歌い続けていたシェルトが泣き崩れる。ティルも、その光景に涙を流す。


「フェリシアちゃん、フェリシアちゃん!」


 グレゴリオは、傍らからティルを抱き寄せてくれた。そのグレゴリオも落涙した。やがて、葬儀は終わる。なんとかティルは最後まで葬儀に参列する事が出来た。しかし、止まらぬ涙からは逃げる事が出来ずにいた。ティルは、グレゴリオと看護師に支えられながら葬儀堂を後にした。


「苦しい、苦しいよ。お父さん」


 目を赤くしたグレゴリオは、ティルの背中を撫でてくれた。


「ねぇ、おばあちゃんが死んじゃった時、お父さんは、どうやって元気になったの?」


 グレゴリオは、ティルを看護師に任せ、ティルの前にしゃがむ。そして、懐から「おばあちゃんの首輪」を出し、左手で持ちながら右手の人差し指で自らの胸を差した。


「首輪の他にね、ここ、心にもお墓を建てたんだ。ずっと一緒だよって」

「そう、なの」


(フェリシアちゃん)


 すると、泣き疲れたティルは遂に意識を手離した。


 その後、ティルは意識を取り戻したが、目を開けられなかった。声も出せない程の不調に見舞われる。


(苦しいよ、助けて)


 そんな中、主治医となった男性医師の声がティルの耳に入る。


「これは、私も初めて見ました」


 暫時の沈黙が流れるが、グレゴリオとノエルの「何で?」という声が聞こえる。


(お父さん、お母さん)


 医師は言った。


「おそらく、お父さんかお母さんのご先祖に、そういう方がいたのでしょう。そして、隔世遺伝的に娘さんに発現したと仮定しています。本当に、魔法診療を長年やって来ましたが、こんな事は、初めてです」


(先生、何話してるの?お父さん、お母さん、私が何?)


 医師は話を続ける。


「今回、抗削魔法の中和魔法で娘さんの中の正統魔法が全て消されましたが、見えなかった微弱な抗削魔法が見えるようになったという事になります」


(え、私に、抗削魔法?)


「娘さんのお友達は、正統魔法を全て消されたから、亡くなってしまいましたが、娘さんは、残った抗削魔法に命を拾われたようです。実に、皮肉な事ですがね」


(そんな)


 すると、グレゴリオが言った。


「複雑な気持ちですが、抗削魔法があったって、なくたって、ティルは、ティル。僕らの大事な娘です」


(お父さん)


 ノエルも続く。


「私も、同じ気持ちです。だから、早く元気になってもらいたいです」


(お母さん)


 医師はこう返した。


「親御さんとしては、当然の考えだと思います。なので、これからの治療方針をご説明します。本当は、娘さん本人にもご説明しなければいけないところですが、娘さんは、今寝ていた方がいい状況ですから、お二人にだけ」


(先生、聞いてるよ。目が開かないの、声が出ないの)


 グレゴリオとノエルが了承すると、医師は説明を始めた。


「まずは、自然に正統魔法が回復するのを待ちます。高栄養の食事で、体力を保ちながら様子を見ます。しかし、それでも回復出来なかった場合、魔法移植を考えています」


 その医師の説明に、グレゴリオが尋ねる。


「魔法移植?」

「はい。魔法生産不良の患者さんにもしている治療を応用します。まず、患者さんの血縁関係の方の魔法を、2名以上分混ぜて、本人の魔法に似せた魔法を作ります。それを患者さんの体に入れて、患者さん自身の力で増やしてもらいます。今回は、お父さんとお母さんの魔法を採取する事になるんですが」


 医師の言葉がわずかな時間途切れる。しかし、再び話し始めた。


「いや、止めておいた方がいいですね。産前産後のお母さんには、ご負担かと思います。なので、他の血縁関係の方を少なくとも1名、探してください」

「血縁関係の人はいませんし、いたとしても、私の力をティルにあげたいです」


 医師のため息のような深い息の音が聞こえた後、こんな言葉が返ってきた。


「わかりました。では、お腹のお子さんへの負担にならないように、出産後に移植しましょう」


 グレゴリオとノエルの「お願いします」という声が揃った。


(お父さんとお母さんの魔法が、少なくなっちゃうの?私の為に?体、治したい。けど、それも嫌。どうしたらいいの?)


 ティルは、無理にでも目を開けようともがいたが、かえって体力を消耗。再び意識を手離した。



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