73時間目:失う
初等部1年生の慣らし授業の期間が終わり、早くも5月となる。ある日の授業の冒頭、モニカは言った。
「さ!皆さん宿題の作文は書いてきましたか?」
ティル以外の児童は、「はーい」と返した。モニカはそんな児童にこう声をかけた。
「では、1人1人読み上げてください。登録番号順に発表をお願いします」
そして、一番小さい番号の児童から作文を読み上げていった。
「私の家族。1年3組、フェリシア・メンデス。私のお父さんは、聖歌隊で歌っていて、バリトンというお仕事をしています。とても上手な歌を歌います。私もお母さんもその歌が好きです。家でもお父さんは、私とお母さんの為に歌ってくれます」
(前、いつか、フェリシアちゃんのお父さんのお歌聴けるかな?って思ったけど、次のイテラリピティより後になるかな。それとも、全然そんな事なかったりして。うん、それでもいいけどね)
そんな出だしから書かれた作文が、書いた本人によって次々に読み上げられていった。1人1人読み終わる度に、他の児童からの拍手が教室に響く。そして、ティルの番が来た。
「私の家族。1年3組、ティル・ラーナー。私のお父さんは、警察官です。みんなが安心して暮らせるように、街を守っています。私とお母さんは、そんなお父さんをかっこいいと思っています。私の家族には、もうすぐ弟が産まれます。とっても楽しみです。4人家族になったら、きっと楽しいと思います。今までよりも、もっと仲良く過ごしたいです」
ティルは、作文を読み終わる。同級生から拍手をもらった。
(いつもの作文だけど、これ、今回のイテラリピティでは嘘になるなぁ)
やがて、最後の児童の作文が読み終わる。モニカは言った。
「皆さんは、立派な家族に恵まれていますね。よくできました。この時間の授業は、ここまでです!」
それからというものの、ティルは孤独の初等部1年生を過ごす。遠足はいつもの公園に行き物陰で過ごした。運動会は単独での箒飛行に出場し3位となる。そして、一学期の試験は満点という成績を収めた。
迎えた一学期の終業式。ティルは、終始ぼうっとしながら下校の時を待っていた。そんな中、モニカがこう言った。
「皆さんにとっての初めての夏休みが明日から始まりますね!1ヶ月半、事故のないように楽しんでください!!」
ティル以外の児童の元気な返事が教室に響いた。そして、遂に下校の時を迎える。
(帰っても、何も楽しみな事ない。けど、帰らなきゃ)
少しの時間考えているうちに、1年3組の児童達はぞろぞろと教室から出て行った。ティルもため息をつきながら教室を出る。昇降口から出て、校門をくぐり、動く歩道までの道を歩き始める。そんなティルの目の前には、まだ箒や瞬間移動にて通学出来ない初等部の児童達。
(イテラリピティがなかったら、私も、あの人達も今頃こんな所歩いてないよね。きっと、私とかあの人達が箒とか瞬間移動で登校する事はないんだろうな。イテラリピティ、今すぐ消えてよ)
ティルは動く歩道に乗る。すると、ほど近くの目の前に、フェリシアがいた。夏の風の中、1人で前を向くフェリシアを、ティルはぼうっとしながら見つめた。すると、上空に箒に乗った男性が。ティルは呟いた。
「誰?」
その男性は、メビラ学園の制服を着ていた。しかし、赤い制服を着ているティル達とはひとつ違った点があった。デザインはまったく同じだが、青い制服なのだ。男性は、ニヤニヤしていたが、すぐに苛立たしげな表情になりティルの少し前を歩くフェリシアを目掛けて降り立った。
「お前でいいや。お前、何年生だ?」
驚きで言葉が出ないフェリシアの代わりに、ティルが隣に行きながら答えた。
「初等部1年生だよ。そう言うあなたは何年生?」
「高等部1年だ」
「同じ1年生だね?」
「お前らと一緒にすんな!俺は、抗削魔法学部の高等部1年だ!!」
(抗削魔法学部だってなんだって羨ましい!イテラリピティがなかったら私、今頃、正統魔法学部の高等部3年生になれてたのに!!)
高等部1年の男子生徒は、ティルを押し退けながら、フェリシアの目の前に立ち、言った。
「ごめんな?お前に直接恨みなんかねぇけど、正統魔法学部の奴ら全員ふざけてるから、弱そうなお前で鬱憤晴らさせて貰うぜ?」
すると、男子生徒は、怯え震えるフェリシアを蹴飛ばした。
「きゃあ!!」
ようやく聞けたフェリシアの声は、悲鳴であった。フェリシアは、動く歩道の上に倒れた。
「フェリシアちゃん!!」
ティルは、大声を上げる。そして、フェリシアに背を向け、男子生徒の目の前に立ちはだかった。
「なんで?なんでこんな事するの?」
「うるせぇよ。正統魔法学部のガキが!俺たち抗削魔法学部はな!学園長に監視されながら毎日勉強してるんだ!!」
男子生徒は、ティルを睨みつける。
「息が詰まるぜ。正統魔法学部の奴らもそうなんだろうなと思ったけど、そんな事されてねぇって言うじゃねぇか!ふざけんなよ!!」
「そんな、わけのわからない事で、蹴るのは止めて!」
「うるさい!1人だけにしようと思ったけど、お前もムカついたから、やらせて貰うぜ!!」
それから、男子生徒はティルとフェリシアへ交互に暴行を加えていく。周囲に人はいたが、力のない子供と老人だけで、動く歩道上で繰り広げられる暴力を止められる者はいなかった。傷だらけになったティルは、同じく傷だらけのフェリシアを一瞬見た後、一縷の望みをかけ、自らの魔法の杖を握った。
「ウ、エッセア、エーレエ!箒!!」
ティルの手に、箒が出現。そして、箒の柄を使いながら男子生徒の暴行に抵抗した。
「抵抗すんじゃねぇよ!ムカつく正統魔法使い!!」
一旦男子生徒の暴行は止まる。しかし、すぐに男子生徒はこう唱えた。
「ティア、ジエレイオ!箒を切れ!!」
ティルが授業で作った箒は、粉々に砕け散った。
「ほ、箒っ!!」
ティルの悲鳴が上がった。男子生徒は言った。
「手こずらせやがって。イライラさせんなよ、お前!こうしてやる!!」
男子生徒の怒鳴り声が響いた。そして、こんな呪文を唱えた。
「エンネエウ、ティエーレア、エレイゼータ、ゼータア、ゼータイオ、エンネエ。目の前の正統魔法を滅せよ!!」
ティルに向けられた男子生徒の青く光る攻撃波は、ずれてフェリシアに直撃。フェリシアは、赤い光に包まれながら、悲鳴を上げた。
「あああっ!!」
「ちっ、ずれた!まあ、いいか!!」
「フェリシアちゃん!!」
ティルは、その体をフェリシアの盾にした。男子生徒の攻撃波はティルも赤い光に包む。
「自分から当たりに行きやがった!おもしれぇ!!」
男子生徒は、攻撃の力を増大させた。
(く、苦しい!力が無くなっていく感じ!!)
やがて、ティルとフェリシアの体は、緑色の光に包まれる。同時に男子生徒の攻撃波も緑に染まり、蒸発するように光が消えていく。遂に、ティルとフェリシアはぐったりした。男子生徒は言う。
「やり過ぎちまったか?けどいいや、スッキリしたぜ」
そう言いながら、男子生徒は瞬間移動をし、消えて行った。
「フェリシアちゃん」
ティルは、残る力を振り絞り、フェリシアの元へ。フェリシアの顔色は青ざめ、体はもはや力のひとつも感じない様子であった。
「しっかり、して、フェリシアちゃん」
「ら、ラーナーさん、あ、ありがとう」
虫の鳴くようなフェリシアの声がティルに届いた頃、フェリシアの目は閉じられた。
「フェリシアちゃん?フェリシアちゃん!」
フェリシアの体を揺さぶるティル。しかし、そんなティルも一瞬青い光に包まれ、動く歩道の上で意識を手離した。




