72時間目:ひとりでいい
授業初日は、2時間目を迎える。教科は図画工作で、乗り物になる箒作りが課題だ。モニカは、自身の魔法で児童の机の上と自らの教卓に箒の材料を出した。
「では、手順を見せますね。これから、皆さんが成長し、魔法を学んでいくにつれ、魔法で箒を作る事が出来るようになっていきますが、まだ皆さんはその段階にありません。なので、手作りの箒で空を飛んでみましょう。上手に作れなくても構いません。皆さんが乗れる大きさの箒の形になっていればいいです」
モニカの実践と何色かのチョークを駆使した黒板への手順の説明が同時進行で行われる。ティルは、それを見つめた。
(箒、作るよ。作るけど)
ティルは、箒の柄にする棒を強く握る。
(一応、上手に作るけど)
児童達は、一斉に箒を作り始める。ティルもそれを見て追いかけるように箒を作り始めた。
(ハワードくんに怒られて、ラインハルトくんと一緒に箒を作った事、思い出しちゃう)
あの時触れたラインハルトの手のぬくもりが、ティルの手に鮮明によみがえる。
(もう、ない)
ティルは、考え事をしつつも、箒作りをし、クラスで一番最初に作業を終えた。出来上がった箒は、モニカの指導を待たずに机に立てかけ、ティルは思考を回す。
(ラインハルトくんのあったかさ、また、感じたいよ)
ティルによみがえった感覚は、ラインハルトの手のぬくもりだけでは収まらなかった。何度も繋いだ手の強さ、そして、抱きしめられた腕の感触。その他、接触した全ての瞬間が、ティルの全身を駆け巡る。
(今すぐ、欲しいよ)
そして、箒作りをした授業は終わる。ティルは、ラインハルトの方向を向く。そして、その右手に吸い込まれるように近寄って行く。
(ラインハルトくん)
気づいた時には、ティルの両手は、ラインハルトの右手を包んでいた。目を丸くしたラインハルトは、ゆっくりかつ逃げるように右手を引っ込めた。そして、口を開く。
「君は、確かラーナーさんって言ったね?」
ティルは、はっとしながら声にならない悲鳴を上げる。そんなティルに、ラインハルトはこう言い放った。
「初対面の人の手を握るなんて、はしたないよ、君」
「あ、ご、ごめんなさい」
ティルは、弱々しく頭を下げ、ふらふら廊下に出て行った。
(私、なんてことしたの?)
一転、ティルは宛もなく走り出す。そんなティルの両手には、さっき包んだラインハルトの右手の感覚が残る。それは涙を作り出した。
(ラインハルトくんの好き、消えちゃった)
中庭に来たティルは、嗚咽の声を響かせる。同じく中庭にいた学園の児童生徒が奇異の目でティルを見る。ティルは、そんな視線を感じる事なく泣き続けた。
(わかってたじゃん、わかってたじゃん!)
「もう、消えちゃう物なんて要らない。思い出は、作らない。ずっと、1人でいい」
無理矢理涙を引っ込め、ティルは教室へ戻り、席に着く。そして、次からの授業は、虚無の中、最低限の事をこなした。
(放課後は、1人で帰ろう)
そんなティルにかかる声は無かった。ティルはとぼとぼと下校する。
(エリンちゃん、私の事嫌いになったよね?大丈夫、それでいいよ)
動く歩道に乗るティル。
(ハワードくんは、私が入学式であくびしなかったし、学級委員にもならなかったから、私に話しかけてこない)
それから、ぼうっとしていると、自宅に繋がる脇道が近づいてくる。
(家に、帰りたくない。家で、また消したくない思い出が出来ちゃう。けど、きっと駄目だよね。お父さん、警察官だもん。かくれんぼしても、すぐ見つけちゃうよね。それに、お母さんも怒る)
ティルは、動く歩道を降りる。そして、再びとぼとぼと自宅まで歩き、帰宅を果たす。いつものようにノエルが迎えてくれた。
「ただいま」
「おかえり、ティル。初めての授業、どうだった?」
「初めてだったよ」
「そう」
ティルは、ノエルと目を合わせずに言葉を交わす。すると、否が応でも膨らんだノエルのお腹が目に入る。
(今の私、すっごく駄目な子だよね。でも、もう、疲れたよ。リノ、こんなお姉ちゃんでごめん)
ティルの視線は、床まで落とされた。ノエルは、そんなティルに声をかける。
「疲れちゃったみたいね?」
「疲れたよ」
「お昼、すぐに用意するわ」
「いいよ、急がなくて」
ティルは、そう返すと、自室へと行く。
「疲れたよ、何もかも」




