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70時間目:繋がりが

幸せな時は、駆け足で過ぎていく。あっという間に、三学期の最後の授業の日が来た。6時間目の教科は国語。モニカは終了間際にこう言う。


「はい、皆さん、試験などで見ましたが、しっかり字を書けるようになりましたね。これから皆さんは2年生になりますが、2年生の授業からは自動筆記で字を書く事になります。1年生最後の授業は、自動筆記の呪文の練習です」


 モニカは、その呪文を書いた印刷物を魔法で児童1人1人に配布し、鉛筆を持ったのを確認した後、実際に呪文を唱えた。ティル達児童は、一斉にその呪文をゆっくり唱え始める。


「エッセチエーレイ、ヴエ、エーレエ」


 ティルは、自動筆記にてこんな事を書いた。「ラインハルトくん大好き」と。


 翌日は、メビラ学園の修了式が執り行われる日であった。それぞれの児童生徒の教室の黒板には、学園長のイヴァンが映っていた。そのイヴァンは、こう話した。


「メビラ学園、正統魔法学部の児童生徒の皆さん、1年間の勉強は、どうでしたか?春休みは、そんな勉強の成果を復習する時間にしながら、休みでないと出来ない体験もしてみてください。では、よい春休みを!」


 イヴァンの式辞が終わり、黒板は元通りになった。それを確認した後、モニカは言った。


「皆さん、1年間、よく頑張りました!次に登校する時は、2年生になりますね!新しく入ってくる1年生の立派な先輩になってください!勿論、私は皆さんの担任としてまた一緒に勉強します。まずは、春休みを楽しみながら、2年生になる準備も進めていってくださいね!」


 児童達は、元気に「はーい」と返事をする。しかし、ティルだけは返事をしなかった。


(2年生になって、ラインハルトくんの好きをもらいたい。エリンちゃんとハワードくんの好きを見ていたいよ)


 下校の時間となった。ティルはラインハルトに声をかける。


「ね、ラインハルトくん、春休みいっぱい遊ぼ?」

「そうだね、ティルちゃん。僕もそうしようと思っていたところだよ」


 それから、エリンとハワードも合流し、4人で校門をくぐった。


(次、ここに来る時は、入学式。やだ)


 すると、ラインハルトが言った。


「ハワード、僕とティルちゃんは春休みに会うんだけど、君とフレンツェルさんも一緒に会わないかい?」

「4人でか?ラインハルト」

「そうだよ」

「遠慮しておく。それに、遠慮してくれ」

「どうして?」


 ハワードは、ほんのり頬を赤く染め、答えた。


「エリンと、ふたりっきりで過ごしたい。それに、君達を、ふたりっきりで過ごさせてやりたい」

「そうかい。ありがとう。そして、すまないね。お言葉に甘えて、ティルちゃん、ふたりっきりで会おう」


 ティルは、エリンと共に赤面した。そして、ティルとラインハルト、エリンとハワードは手を繫いで動く歩道まで歩き、いつものように女子組と男子組で別れた。やがてティルとエリンも別れる。


「ばいばい、エリンちゃん」

「ばいばい、ティルちゃん」


(もしかしたら、次エリンちゃんに会うのは、入学式かもね)


 それから、ティルはラインハルトとほぼ毎日、共に時間を過ごした。ある日は、広場で、ある日は、ティルの家、ある日は、ラインハルトの家でふれあいを楽しんだ。


 そんな春休みも、3月の最終日を迎える。ティルとラインハルトは、遠足で行った公園で待ち合わせしていた。先に着いたティルは、穏やかな青空を見上げていた。


(ラインハルトくんの好きが今日で最後なんて、嫌だ)


「ティルちゃん」


 しばらくすると、ラインハルトの声が届く。


「待たせてしまったね?ティルちゃん」

「気にしないよ!ラインハルトくん!!」


(でも、ここまで来たんだ。ラインハルトくんに私の好きを沢山あげるんだ)


 ティルは性急にラインハルトの右腕にしがみつく。ラインハルトは、一瞬目を丸くしたが、その目はすぐに柔らかい雰囲気に包まれる。


「ティルちゃん、今日はどうしたんだい?嬉しい事をしてくれるね?」

「嬉しい?ラインハルトくんが嬉しいの、私も嬉しい!」


 それから、ティルとラインハルトは腕を組み、とある樹木の下へ。幹に寄りかかるように2人で座る。冬を脱ぎ捨て始めた風が、ティルとラインハルトを撫でていく。ラインハルトは、優しい笑い声の後こう言った。


「遠足でこの木相手に戦闘訓練をしていた頃は、こんなにティルちゃんを好きになるなんて、思ってもみなかったよ」

「そう?」


(戻りたい、戻りたい!あの時に!!)


 ティルの精一杯の笑顔を見つめ、ラインハルトは話を続ける。


「それに、年越しの花火の時、そして、春休みで君のお父さん、グレゴリオさんという警察官にも出会えていい刺激になったよ」

「お父さんに?どんな?」

「僕自身の父が唯一の憧れだったけど、もう1人増えたよ。僕は、父のような、そして、君のお父さんのような守る人になりたい」

「ラインハルトくん」


 ラインハルトは、一旦立ち上がる。ティルは、急なラインハルトの動きを受け、追うように立ち上がる。そんなティルに向かい合ったラインハルトは跪いた。


「その時、隣にいてくれるかい?ティルちゃん」


(出来ない。だって。でも)


「ラインハルトくんが、いて欲しいって言ってくれたら、いつでも隣にいるよ」

「そうかい。ありがとう、ティルちゃん、大好きだよ!」

「私も、大好き!」


(だから、明日からも私を好きでいて!ラインハルトくん!!)


 ティルは、跪くラインハルトに抱きついた。ラインハルトはそんなティルをしっかり抱き止める。


「ティルちゃん」

「ラインハルトくん」


 それから、ティルとラインハルトは、お互いの体温を交換した。そして、しばらくした後、離れた。


「ティルちゃん!」


 ラインハルトの声が焦る。そして、ラインハルトは右手の人差し指をティルの顔に伸ばした。


「僕、泣かせちゃったかい?」


 ラインハルトの人差し指は、涙で濡れる。ティルの嗚咽が樹木の下に響く。


「泣いちゃうよ、ラインハルトくん。だ、だけど、これ、嬉し泣きだから!ラインハルトくんが好きっていう嬉し泣きだからっ!だから、いっぱい、いっぱい泣かせてっ!!」


 ラインハルトは再びその腕でティルを包む。


「なら、その涙を全てもらっていいかい?」

「ラインハルトくんっ」


 涙に奪われるティルの返答。ラインハルトは、そんなティルの頭を撫でてくれた。


(もう、駄目)


「ラインハルトくん、もう、大丈夫」

「そうかい」


 ティルとラインハルトは、離れる。ラインハルトは言った。


「沢山、ティルちゃんの好きをもらったよ。ありがとう」

「私も、ありがとう。ラインハルトくんのあったかい好き、いっぱいもらったよ」


 それから、ティルとラインハルトは家に帰る事に。公園を出て、学校を経た帰り道、ティルとラインハルトの手はしっかり繋がれていた。


(この手、離したくないよ)


 無情にも、動く歩道が目の前に。ラインハルトは言った。


「またね、ティルちゃん」

「うん、また、またね、ラインハルトくん」


 動く歩道は、2人を反対方向に運び始める。ティルは、後ろを振り返る。ラインハルトもティルを振り返っていた。いつまでも手を振り合ったティルとラインハルトだったが、やがて、お互いの姿は見えなくなった。


「さようなら、ラインハルトくん」


(明日からのラインハルトくんに、また、好きになってもらえる自信、ないよ)


 ティルは目に力を失い、帰宅した。それから、夕飯を経て、ティルは挨拶をする。


「お父さん、お母さん、リノ、おやすみ」


 グレゴリオとノエルは「おやすみ、ティル」と返してくれた。また、リノは光りながらあやふやな発音を聞かせてくれた。ティルは、それを聞き届けると、自室へと向かった。そして、自室に入るなり鞄を開けた。そこには、学校からの魔法の杖。


「ウ、エッセア、エーレエ。箒」


 杖から箒が出現。ティルは、持ち手を下にして、箒を抱きかかえる。


「ラインハルトくんと、作った箒」


 あの日触れ合った手のぬくもりが、よみがえる。それから、ティルの頭の中には、ラインハルトと過ごした日々もよみがえる。ティルの涙は再びティルの瞳を濡らした。さすがに泣き疲れ、ティルに眠気が襲ってくる。


(眠い。寝たくない。でも、眠い)


 枯れかけの涙を流しながら、寝床へ。箒は脇に立てかけ、ティルは目を瞑る。


(う、やっはり、箒と離れたくない)


 適当な紐を探した。そして、再び流れ始める涙を放り出し、ティルは紐で左手と箒を繋ぐ。


「これなら、離れない。イテラリピティに、負けないかも」


 ティルの涙は最後の一滴が流れ、完全な眠りに誘った。


 夜中、カチカチと時を刻む音が、ティルの夢の中で鳴り響く。


(止めて、止めて!止めて!!やだ、やだ!やだ!!)


 しばらくカチカチとする音を聞き続けるティル。


(聞きたくない、聞きたくない!聞きたくない!!やだ、やだ!やだ!!)


 うるさく感じる音が、止まった。息すら止まるような感覚の中、聞こえたのは、無機質で性別も判定出来ないようなゆっくりしたこの声であった。


「イテラリピティ」


(ラインハルトくん、さようなら)


 ティルの意識は途切れた。


 燦々と春の朝日が降り注ぐ中、ティルは目を覚ます。「昨日」あった左手の紐が綺麗さっぱり消えている光景を無気力に見つめ、溢れる涙を枕に落とした。


「イテラリピティ」



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