64時間目:消えて欲しくないけど
学習発表会が終わり、帰宅したティル。ノエルが言った。
「ティル、とっても素敵な劇だったわね?それに、ピンクのドレス、かわいかったわ!」
「ありがとう、お母さん」
グレゴリオも続いた。
「ティルにも将来、ジュリアン王子みたいな素敵な王子様が現れるんだろうなって見てたよ。少し、さびしかったけどね」
「そうなの?お父さん」
ノエルの苦笑いを見つつ、ティルは寝床に寝かされたリノの元へ。
「リノ、今日は観に来てくれてありがとう」
スヤスヤ眠るリノを少しだけ見つめた後、自室へとティルは行った。部屋の扉を閉めるなり、ティルは座り込んで全身を撫で回した。
「消えないよ」
ティルの脳裏に、舞台が終わった後のラインハルトが。そのラインハルトは、頬をほんのり赤く染めながら、わずかな時間ティルに微笑んだ後、立ち去った。
「ラインハルトくんっ!!」
その微笑みがティルのとくんを復活させる。そして、それを追いかける体の芯からの熱。
(もう一度、抱きしめて。ラインハルトくん)
まるで、その場にラインハルトが来て、再び抱きしめてくれたかのような感覚が、ティルに訪れる。
(消えないよ。もっと、欲しいよ。ラインハルトくんの腕。もう、駄目。友達でいられないよ)
学習発表会の振替休日を経て、次の登校の日。ティルは、ラインハルトを見て上気する頬を隠さなかった。まだハワードは登校してきてはいない。ティルは、鞄を自らの席に置くと、ラインハルトの所へ行った。
「マラブルくん,、学習発表会は、とってもよかった!それでさ、次のお休みの日、遊ばない?」
「ラーナーさん、僕と?」
ラインハルトの目は揺れた。ティルは頷く。
「どこで、遊ぶ?ラーナーさん」
「遠足で行った公園!」
「わかったよ」
そのラインハルトの返答に、ティルはとある覚悟を決めた。そんなティルの目に、登校してきたハワードとエリンの姿が入った。
「あ!エリンちゃん、おはよう!!」
「おはよう!ティルちゃん!!」
そんな挨拶を交わしながら、ティルは自らの席に着いた。同じく右斜め前に着席したハワードは挨拶の後、ティルに言った。
「先日の劇は、成功だったな」
「うん。ありがとう、学級委員長」
(ありがとう、ハワードくん。もうとくんを止めてもらう為にこれからハワードくんに話しかけないから。色々、大変な思いをさせてごめん。本当にありがとう)
それからおおよそ1週間が過ぎた。ティルとラインハルトの姿は、公園にある大きな樹木の下にあった。遠足でラインハルトか戦闘訓練に使ったその樹木は、そんな2人を見守るように佇んでいた。
「ラーナーさん、何して遊ぼうか?それに、フレンツェルさんは?」
「エリンちゃんは呼んでないよ。マラブルくんにお話があって誘ったの」
「僕に?」
「うん」
乾いた風が2人を包む。樹木のサラサラという音が、ティルとラインハルトの耳を撫でる。ティルは、ラインハルトの足下まで視線を落とし、尋ねた。
「どうして、シャルロット姫は、私だったの?」
ラインハルトは、言葉に詰まる。なかなか答えが返らない為、ティルは視線を上げた。すると、劇が終わった直後のように、頬をほんのり赤く染めたラインハルトの顔を見る事になった。
(また、その顔?)
目が合ってしまった事から、ラインハルトは一転ティルの足下まで視線を落とし、口を開いた。
「劇の中だけでも、君と愛し合いたかったんだ。元々シャルロット姫に指名されたメンデスさんにも、学級委員長を見ている君にも悪いと思ったけど、主役に選ばれて、そんな気持ちが抑えられなかったんだ」
(ラインハルトくん、まだ、私の事好きでいてくれてたんだね)
ラインハルトは、両手を震わせながら握りしめた。
「君に、なるべく嫌な思いをさせたくなくて、抱きしめるのは、本番の1回だけって決めた」
ギュッと閉じられるラインハルトの目。
「けれど、今では後悔しているよ。先生が指名した通り、シャルロット姫はメンデスさんにやってもらえばよかったってね」
「えっ?」
再び開かれたラインハルトの目。緩やかに視線が上がっていく。
「1週間経ったのに、シャルロット姫を、君を抱きしめた時の君の息づかいが、耳から離れないんだ。劇が終わったら、君を学級委員長に任せて、諦めるつもりだったのに、諦められなくなってしまったよ」
ラインハルトの熱のこもった眼差しが、ティルにまっすぐ注がれた。ティルもそれに負けない熱のこもった目で、ラインハルトを見つめ返した。
「おんなじだよ。マラブルくん」
「え?」
「私から、マラブルくんの腕のあったかさが消えないんだ」
「迷惑、だね」
「迷惑なんて言わないで。これからも、マラブルくんの腕のあったかさ、私、欲しいんだから!」
ラインハルトの目が丸くなる。
「私、マラブルくんが好き!夏休み前から、好きだったの!!」
「では、どうして?どうして、僕は君にとって友達だなんて言ったんたい?」
「こわかったの、『好き』が。だけど、もう、こわいなんて思わない!マラブルくんにこれからも抱きしめてもらいたいよ!!」
ティルとラインハルトの衝動は、お互いを抱きしめた。ティルの胸はとくん、とくん、とくん。初めて心地よいとくんをティルは感じた。
「マラブルくん、私ね?マラブルくんの事見てると、胸がとくんするの。マラブルくんは?」
「とくんかい。してるよ、ラーナーさん。いや、こう呼びたかった。ティルちゃん」
(あ)
ティルの全身に、甘い熱が広がっていく。
「ラインハルトくん!好き、大好き!!」
「僕もだよ!ティルちゃん!!」
きつく抱きしめ合うティルとラインハルト。お互いの息づかいが、耳を撫でた。しばらくぬくもりを交換し合ったが、ティルとラインハルトは名残惜しそうに離れた。
「父が言っていたんだ。守りたいご婦人がいると、騎士は強くなるって。僕は、君を守る。そして、強くなるよ」
「うん」
それから、抱きしめ合った余韻をティルとラインハルトは静かに味わった。その後、ラインハルトは言った。
「でも、僕達の仲が学級委員長に知られたら、それでこそ風紀が乱れると言われてしまうかもね」
「そう言えば、そうだね」
「内緒にしたいけど、内緒にする事も問題だね。知られてしまった時は、僕が叱られるよ」
「やだよ。一緒に叱られたいよ!」
ティルは、ラインハルトと笑い、それから公園で遊んだ。
(イテラリピティがこわい。けど、今はラインハルトくんを好きでいたい。ラインハルトくんに好きでいてもらいたい。後悔するよね、絶対)




