63時間目:熱と息
学習発表会の詳細が決まった日、ティルは、とくんと共に帰宅した。わずかに震える手で、自室にある1冊の絵本を取り出す。題名は「こころのかけら」。まさに自らが演じる劇の内容そのものであった。
「ジュリアン王子、シャルロット姫」
憧れたカップルが成立するその物語を読み進める。そして、最後の頁を目にした瞬間、ティルの顔は、熱を伴い紅潮する。耐えられず、絵本を閉じるティル。
「こんな事、出来る?」
その後の学習の合間を縫って劇の練習は続いた。はじめは、セリフのある児童達が台本を音読するところから始まる。日を追って練習が進み、10月に入った日の事であった。モニカがこう声をかけた。
「今日は、講堂を使って劇の動きの練習をしましょう」
ティルは、緊張を高める。そして、1年3組の児童達は、皆で講堂に移動し、セリフや動きの確認をモニカの指導に沿って始めた。本番では10分程度を要すこの劇の動きの確認は、ラストの場面に移る。その時、モニカは異変に気づき、声を上げる。
「マラブルさん、どうしましたか?動きがわかりませんか?」
揺れる目をしたティルの目の前で、ラインハルトはその問いに答える。
「ここは、本番だけにしたいです」
「私としては、納得いきませんが、どうしても嫌ですか?マラブルさん」
「いいえ、事情かありまして」
「わかりました。動きの確認が出来ない分、本番での不安は残ると思いますが」
「大丈夫です」
「わかりました」
ラインハルトは、ティルを一瞬見た後、微笑む。そんな微笑みから目が離せないティルの耳に、ハワードの呟きが入ってくる。
「マラブルくん、自分勝手過ぎるぞ」
ラインハルトは、そんなハワードに一瞥すると、ラストの動きの真似をした。そして、講堂での練習は終わった。
そして、10月も中旬になり、学習発表会の日が来た。それぞれ役がついている児童達は、教室にて続々と衣装に着替える。王子の召使いバティストとしての黒い衣装に着替えたハワードは、呟いた。
「様に、なってるか?」
エレオノール姫としての青いドレスに着替えたフェリシアは、小声で言った。
「なんだか、緊張してきた」
イザベラ姫としての黄色いドレスに着替えたエリンは、シャルロット姫としてのピンクのドレスに着替えたティルに声をかけた。
「わー!ティルちゃんかわいい!!」
「ありがとう!エリンちゃん!!」
そう礼を言ったティルの目に、ジュリアン王子としての濃い赤色の衣装に着替えたラインハルトが入ってくる。
(あ、駄目、ラインハルトくん、かっこいい)
とくんとティルの胸は鳴った。そんなティルにラインハルトは微笑み、クラスの児童全員に主役としてこう声をかけた。
「今日は、よろしくね!」
それを見届けたモニカは声をかける。
「さあ、時間です。講堂に移動しましょう!」
その声に応え児童達は、講堂へ。そして、グレゴリオやリノを抱っこしたノエル他、観衆のあたたかい拍手の中、1年3組の劇「王子様シリーズこころのかけら」が始まった。
紫の照明に照らされた王宮を描いた背景の前でバティストは言う。
「王子、時が来ました。将来を決める旅に出ましょう」
ジュリアンは返す。
「将来が見つかるか、私はわからない。しかし、希望は持つとしよう」
バティストは、ジュリアンに透明の玉を渡す。
「これより、この宝玉をお持ちください。将来は、この宝玉が導きます」
「わかった。では、行こうではないか」
ジュリアンは、バティストを伴い、歩き始め、舞台から一旦姿を消す。照明は、橙色に変わり、引き続き王宮の絵画を照らす。入れ替わるように、シャルロットが舞台へ。
「私、姫なんて興味ないわ!旅に出ましょう!!」
舞台からシャルロットは姿を消す。王宮の絵画は、背景担当の児童達により撤去され、入れ替わるように、山を背負った街の絵画が設置される。それを背景に、バティストを伴ったジュリアンとイザベラの出会いの場面から交流が繰り広げられた。その中で、イザベラは言う。
「王子、あなたと結ばれたいわ。だって、そうしたら私、もっと国の高い所にいられるもの。私のお城にもなるあなたのお城は、とてもいい所!私にきっとふさわしいわね!!」
「イザベラ、その高い志は、とても眩しい。しかし、私には強すぎる」
ジュリアンは、右手の宝玉を高く挙げる。すると、道具担当の児童達が、舞台の左右から出てきて大きな半円状の道具をジュリアンとイザベラの後方に置く。イザベラの方の半円状の道具が、大きく、アンバランスな光景が出来上がった。
「すまない、宝玉はあなたを選ばなかった」
そうして、ジュリアンはイザベラの元を離れる。イザベラは、ジュリアンを追うように舞台から退場。半円状の道具は撤去され、背景も、山と街から海と街の物に変わる。そして、舞台にはエレオノールが立つ。苦しげな表情のジュリアンは、バティストを伴いエレオノールと交流を始める。その中でエレオノールは言った。
「王子、私はこわいのです。国が私の手の中に入った時、どんな私になるのか。私に、国を守れるか、それを考えたら、こわいのです」
「エレオノール、その清らかな心、私に必要だ。きっと、これは大丈夫と言ってくれる」
ジュリアンは、右手の宝玉を高く挙げる。すると、道具担当の児童達が、舞台の左右から出てきて大きな半円状の道具をジュリアンとエレオノールの後方に置く。エレオノールの方の半円状の道具が、小さく、アンバランスな光景が出来上がった。
「なんと。宝玉はあなたを守ったようだ」
そうして、エレオノールはジュリアンの元を離れる。ジュリアンはエレオノールを追うように舞台から退場。半円状の道具と背景は撤去され紫の照明のみが照らす舞台に、ジュリアンとバティストが立つ。ジュリアンはかなしげな表情で言った。
「私には、『王子』は邪魔だ。ここで捨てる。この宝玉も、お前が持っていてくれ」
「なんと、王子!」
ジュリアンは、1人走り出し一旦舞台から下がる。バティストも追いかけ舞台から下がる。それを合図に、背景が再び設置される。それは、質素な町を描いた物であった。シャルロットが舞台に上がる。町の背景の前で、踊るように遊ぶシャルロット。
「なんて穏やかな町なの?とても新鮮!」
シャルロットは笑う。そんなシャルロットの元にジュリアンが現れる。ジュリアンはそんなシャルロットに話しかけた。
「楽しそうですね」
「楽しいわよ!」
満面の笑みを浮かべたシャルロットは、尋ねた。
「あなたは?私、シャルロットよ」
「私は、私は」
「あら、自分の名前を忘れてしまったの?」
「いいえ。私は、ジュリアン」
「ジュリアン。いい名前ね?そんないい名前をすぐ言えないなんて、変ね?」
ジュリアンとシャルロットは笑い合った。舞台の脇には、バティストがいて、その笑顔を見守る。それから、児童達が演じる町人の困り事をジュリアンとシャルロットは解決していく。やがて、舞台は暗転。ジュリアンとシャルロットのみにスポットライトが当たる。そんな中で、ジュリアンは言った。
「私は、ひとつ隠している事がある。あなたのような光の前に明かしていいだろうか?」
「何?」
「私は、ジュリアン。王子ジュリアンなのだよ」
「あなたは、王子なの?私、騙されてたのね?」
「すまない」
「どうして今、王子だと私に言ったの?」
「あなたを心から愛してしまった。騙すのは心苦しくなったんだ」
シャルロットは笑った。
「私も、あなたが好きよ。騙してたってよかったのに。私は、あなたがあなただから好き。騙してるあなた、王子のあなた、全部好き!」
「シャルロット!」
そこに、バティストが歩み寄ってくる。そして、言った。
「王子、選びますか?選ぶと言うのなら、宝玉をお取りください」
ジュリアンは、迷わず宝玉をバティストから受け取った。バティストは、その場から離れる。ジュリアンは右手の宝玉を見つめた後、高く挙げた。すると、道具担当の児童達が、舞台の左右から出てきて大きな半円状の道具をジュリアンとシャルロットの後方に置く。その2つの半円状の道具は、ぴったり合う物で、綺麗な円を描いた。ジュリアンは言う。
「宝玉は、シャルロット、あなたを認めた。私はあなたを選びたい。結婚してくれないか?」
「勿論!」
「シャルロット、愛している」
「私も、ジュリアン、あなたを愛してるわ!」
ジュリアンは、シャルロットにゆっくり歩み寄る。そして、シャルロットはジュリアンの腕の中に誘われた。
(ラインハルトくん!)
明るい照明が、舞台全体を照らす。そして、背景や道具担当の児童達が杖を持ち、舞台に集まる。その児童達の「ピイアエンネ、ティア。花よ、咲き誇れ!」という呪文が講堂に響く。すると、舞台で咲いた花が、観衆の周囲まで溢れ、舞い散る。花は、ひとつ、またひとつと消えて行くが、ジュリアンは、最後の花が消えるまでシャルロットを離さない。
(だ、駄目)
ジュリアンとしてのラインハルトの体温が、次々にシャルロットとしてのティルに移る。ティルのとくんは、最高潮に達し、それを追いかけるように体の芯から熱が溢れ出す。ティルは、自らの赤面を自覚し、荒くなる呼吸を止められなくなる。ティルの手は、ラインハルトの背中で衣装を掴む。一方、ラインハルトの手は、ティルの背中で衣装を撫でた。
(もう、限界)
やがて、最後の花が消える。それと同時にジュリアンはシャルロットを解放する。観衆の惜しみない拍手の中、舞台に並んだ児童達全員は、一礼した。かくして、1年3組の劇「王子様シリーズこころのかけら」は幕を下ろした。




