62時間目:嫌われたいけど
二学期の初日、ティルは帰宅した。ティルの頭の中には、「ラーナーさん、僕が、君を好きだっていう事、それがわかった夏休みだったよ」というラインハルトの言葉がぐるぐる回っていた。自室に辿り着くと、止まらないとくんに、ティルは涙する。
「好き、好き、好き。ラインハルトくん、好き。だけど、ラインハルトくんの好きが消えるの、こわい。だから、早く消さなきゃ」
しかし、ティルの脳裏には、この日ラインハルトが校門で見せた様々な温度の視線がよみがえってしまうのだった。
「あんな目で見られたら、嫌われたくなくなっちゃう。やだ、私、どうしたらいいの?」
記憶の中のラインハルトの言葉と視線が、ティルのとくんを量産していく。
「ラインハルトくんも、私に、とくんしてる?」
収まりかけた涙が、再び猛威を奮った。
「やだ、ずっとずっと、ラインハルトくんには、とくんしてもらいたいよ。ラインハルトくんの好き、ずっとずっと聞いていたいよ」
翌日、本格的な二学期の授業が始まった。約束通り、ティル、ラインハルト、エリンの3人で下校しようとする。しかし、ハワードがこう声をかけてきた。
「前々から思っていたんだが、男子が複数の女子と下校するのは、風紀が乱れる。複数で帰るのなら、もっと人を誘って下校したらいい」
ラインハルトは、ハワードにまっすぐ鋭い視線を向ける。そして、答えた。
「なら、君も同伴してくれないかい?」
「は?」
「僕達にしてみれば、ちょうどいい」
ラインハルトの視線は、一瞬ティルに向けられ、再度ハワードに戻った。
「それに、学級委員長が風紀を重んじると言うのなら、率先して見本を見せてくれないかい?」
「わかった。同行しよう」
ラインハルトは、その返答を聞くなり、ティルに微笑んだ。
「よかったね」
「え、う、うん」
ティルは、身を縮こまらせた。かくして、ティル、ラインハルト、エリン、ハワードの4人で、動く歩道まで下校を始める。ティルは、ハワードを見つめはじめる。
(前のイテラリピティでは、私、リノが産まれる時に無理して今頃体壊してたんだよね。その時は、ハワードくんが考えて、私が保健室に登校出来るようにしてくれたんだっけ)
そのティルの視線にラインハルトは気づく。ラインハルトは、一瞬目をギュッと閉じ、進行方向に視線を移した。入れ替わるように、ティルはラインハルトを見つめる。
(でも、ハワードくんが、私の事考えてくれたのって、ラインハルトくんが変な私に気づいてハワードくんに言ってくれたからなんだよね。う、やっぱり、ラインハルトくんは、優しくて素敵。駄目、あの時のラインハルトくんと今のラインハルトくんは違うけど、やっぱり、好き。好きが、止まらないよ)
「な、なんか、学級委員長と帰るの新鮮で楽しい!ありがとう!!」
「それは、どっちに言ってるんだ?同行している僕か?提案したマラブルくんか?」
「え、どっちも!って言うか、一緒にいてくれるエリンちゃんにも!!」
「どういたしまして!ティルちゃん!!」
エリンは、その言葉に続けて尋ねた。
「あ、昨日ティルちゃんとマラブルくん、一緒に帰ったよね?楽しかった?」
ハワードの顔色が変わった。
「何?マラブルくんとラーナーさんは、昨日2人で?ますます風紀が乱れるな」
「学級委員長、君は、どこまで高圧的な人なんだ。一学期はじめの、ラーナーさんの涙を忘れたのかい?」
「うっ、あ、あれは僕にとって汚点だった」
「なら、態度を改めてもらいたい。ラーナーさんは、そんな君でも、ついていきたいと思っているようだ。君とは違って、とても心優しいご婦人だよ」
「ぜ、善処する。再びの失言を、謝罪する。マラブルくん、ラーナーさん、すまなかった」
「その謝罪、とりあえず僕は受け取る。けれど、これっきりだよ。次はないと思ってもらいたいね」
「わかった」
ティルも、ハワードの言葉に何か返さねばならなくなった。そして、こう声をかけた。
「わ、私は気にしないよ?学級委員長!あ、そ、それに、マラブルくん、私の事ほめてくれてありがとう!」
そのティルの言葉に、ハワードは頭を下げ、ラインハルトはわずかに微笑んだ。蚊帳の外になってしまったエリンは、再び口を開いた。
「な、なんか、私、変な事訊いちゃった?」
「大丈夫、エリンちゃん。昨日は、マラブルくんとおしゃべりして帰ったんだよ!」
「そう、よかった」
そうして、動く歩道まで辿り着く。ティルとエリン組、ラインハルトとハワード組は、お互いに別れの挨拶を交わした後、反対方向の歩道に乗り、帰宅して行った。
翌日、モニカは言った。
「はい、来月の学習発表会の1年生の出し物は、正式に劇に決まりました。今日から国語の時間は劇の練習をします。3組が演じる劇の台本を、今から配ります」
モニカの前の教卓には、人数分の台本が重ねられている。モニカは唱えた。
「ディイ、エッセティエーレイ、ビウ、イ、エーレエ。台本を皆へ」
台本は一瞬で1人1冊ずつ児童の手元に届いた。児童の中には、配られた台本を早速開く者もいた。そんな中、ティルは呟く。
「『王子様シリーズ』の、『こころのかけら』だ。私の大好きな絵本!」
女子児童を中心に、同様の事を呟く児童もいた。モニカは、そんな呟きの中、言った。
「次に、配役を発表します。主役のジュリアン王子は、ラインハルト・マラブルさんにやってもらいます」
(ラインハルトくん!ぴ、ぴったり!!そ、それで、シャルロット姫は?)
モニカの配役発表は続く。
「シャルロット姫には、フェリシア・メンデスさん」
(雰囲気合ってる!フェリシアちゃんかわいいもん!!)
更に配役を発表しようとしたモニカは、それを急に止める。挙げられる手があったからだ。
「えー、マラブルさん、どうしましたか?」
「あの、配役を変えてもらう事は出来ませんか?」
「マラブルさん、主役は自信ありませんか?」
「僕は、引き受けます。シャルロット姫を別の人にやってもらいたいんです。メンデスさんには、悪いと思いますが」
そのやり取りを聞いて、フェリシアが起立した。
「あ、あの、シャルロット姫は、とっても好きです。選ばれた事も嬉しいです。けれど、劇でやる自信がないです」
モニカは、短く息を吐き、頷いた。
「わかりました、配役を変更します。マラブルさんは、誰にシャルロット姫をやってもらいたいですか?」
「ティル・ラーナーさんです」
「わ、私っ?」
ティルは、思わず起立。モニカは尋ねた。
「ラーナーさん、やれそうですか?」
「あ、その」
ティルは、ラインハルトとフェリシアを交互に見て覚悟を決めた。
「や、やります!」
「わかりました。シャルロット姫は、ラーナーさんに変えます。ラーナーさんは、エレオノール姫を予定していましたが、メンデスさん、エレオノール姫はやれそうですか?」
「はい、それなら出来ます」
フェリシアがそう答えた為、モニカは、配役のメモを書き直す。それが終わると、再び配役の発表をし始めた。
「では、改めて。ジュリアン王子は、ラインハルト・マラブルさん。シャルロット姫は、ティル・ラーナーさん。イザベラ姫は、エリン・フレンツェルさん。エレオノール姫は、フェリシア・メンデスさん。バティスト役は、ハワード・フリーダーさん」
それからも、脇役の発表は続く。
(ラインハルトくんと私、役で結婚する事になっちゃった!)




