61時間目:欲しいもの
家族の真実を知った後の夜、ティルは寝床で胸に手を当てる。
(お父さんと、お母さん、とってもかなしそうだったなぁ。あんなにかなしい事だったなんて、お父さんとお母さんには、とくんはなかったのかなぁ?)
「ん」
ティルに、その日最後のとくんが訪れる。
(イテラリピティがなかったら、このとくん、ラインハルトくんにも聞いてもらいたかった)
それから、ティルはとくんに身悶えながらも、それに包まれ、眠りに就いた。
翌日から、ティルはよくノエルの手伝いをするようになった。そんなある日の夜、ノエルは尋ねてきた。
「ティル、今日もお手伝いありがとう。でも、急にどうしたの?」
「弟、大変でしょ?やりたくなったの!」
「そう」
ノエルは微笑み、自らのお腹に手を添えた。
(リノとお母さんのため。それに、ラインハルトくんと結婚したら、こんな風に奥さんやるのかな?って思いたいから)
その日の寝床も、ティルのとくんを包んだ。しかし、次第に涙も受け入れる。
「ラインハルトくんと、一緒に大きくなって、好きって毎日言って、ラインハルトくんの好きを毎日聞いて、お父さんとお母さんみたいに結婚して、リノみたいなかわいい赤ちゃん、欲しかったよぉ」
(イテラリピティが、邪魔)
夏休みは、ティルのとくんと涙の連続であった。そんな8月の半ば。グレゴリオの休みの日、ノエルは言った。
「グレゴリオ、ティル、産まれるかも」
ノエルの声は、苦しそうだった。グレゴリオは産科医院へと急いだ。ティルは、痛みと戦うノエルの傍に寄り添った。
(痛がってるお母さん、見てるのやっぱり辛い。けど、一番辛いのは、お母さんだよね?頑張って!お母さん!!)
間もなく、ノエルは産科医院へ運ばれる。産科医院に運ばれた後、時折、ノエルは痛みに耐えられず、悲鳴を上げた。部屋の外で、祈りの時間を過ごすティルとグレゴリオは、思わず声を上げる。
「お母さん!」
「ノエル!」
(リノ、今度は産まれた時の泣き声聞けそうだよ。頑張って産まれて来て!リノ!!)
その後の夕方遅く。分娩室から、元気な産声がティルとグレゴリオの耳に届いた。2人は、抱き合って喜びを分かち合った。
それから数日後。ラーナー家は、4人での生活を始める。光り輝く新たな家族に、ラーナー家は「リノ」という名前を贈った。ティル、グレゴリオ、ノエルは、寝床にて光を放つリノに口々に「リノ」と声をかける。
(また、やっと、リノをリノって呼べるようになった)
「リノ、かわいい!!」
丸々としたリノの目が、ティルを見つめた。
それから、ティルは出来る範囲でリノの世話にも力を注ぐ。
(ラインハルトくんと私に、もし赤ちゃんがいたら、こんな風にお世話するんだ)
いつもとは違う動機の世話だったが、リノは姉からの世話を時折笑顔で受け入れてくれた。
そんな夏休みも終わる。ティルは登校前に、リノの元へ。
「リノ、いってくるね?」
リノは目を閉じ、スヤスヤと寝息を立てて返答はない。ティルは笑顔で登校して行った。
学校に辿り着き、教室までの廊下で、ティルはもう既に自らの胸のとくんを聞いていた。
(ラインハルトくん、来てるかな?顔を見て、もっととくんしよう。それだけでいいよね。うん、それだけにしよう)
教室に入ると、ラインハルトは登校していた。そして、そんなラインハルトとティルは、早速目が合う。ティルは、とくんが酷くなる。
(えっ!目が合っちゃった!!どうしよう?)
紅潮するティルの頬。
「お、おはよう!!」
クラスメイト全員へ向けた挨拶をした後、平静を装いティルは自らの席に着く。
(う、もっととくんしようと思ったけど、ちょっと強すぎるよ。ラインハルトくんと目が合うなんて、考えてなかったもん。助けて、ハワードくん)
「おはよう、学級委員長」
「おはよう。急に何だ?改めて挨拶なんて」
「いいじゃん」
「僕に特別な事をしても、何も得はないぞ」
「何か欲しいわけじゃないよ」
「わけがわからない。まあ、挨拶する姿勢は、評価しよう」
「ありがと!」
(はー、収まった。とくん)
その光景を、ラインハルトは凝視していた。ティルは、そんな事は知る由もなかった。それから、始業式を経て、すぐ下校の時間になる。
(ラインハルトくんと目が合っただけで、あんなになっちゃったんだ。ちょっと一緒にいられる自信がなくなっちゃったなぁ。今日は、エリンちゃんと帰ろ)
帰りの準備をするティルに近づく人影が。
「ラーナーさん」
ティルは、後ろからラインハルトの声を聞く。ビクッとしながら振り返るティル。
「マラブルくんっ?何っ?」
(ええっ!今日は駄目!!)
「一緒に帰ろう?」
「えっ、あ、エリンちゃん」
「今日は、君と2人で帰りたいんだ」
「え、う、わかったよ」
かつてない速さのとくんがティルを襲う。自らの顔の熱を自覚しながらティルは、ラインハルトと並んで教室を出る。
(助けて、エリンちゃん、ハワードくん)
そんなティルとラインハルトをエリンが追いかけて来た。
「今日も、2人で帰るの?」
「エリンちゃん!」
「そうだよ、フレンツェルさん。明日は、3人で帰ろうか?」
(え)
「そうだね!ティルちゃん、マラブルくん、ばいばい!!」
「あ、エリンちゃん、うん、ばいばい」
「さよなら、フレンツェルさん」
(エリンちゃん、行かないで!)
エリンを見送ったティルとラインハルトは、共に昇降口を目指す。その後、校門をくぐる。そこで、ラインハルトは足を止める。
「ラーナーさん、夏休みは、どうだった?」
「え、弟が産まれて、とってもかわいいの!」
ティルは、ありふれた世間話に一息つきながら、ラインハルトに続いて足を止めた。
「そうかい。とてもいい夏休みだったんだね」
「うん」
(ちょっと変な事しちゃったけど。ごめん、ラインハルトくん)
「僕にとっては、さびしい夏休みだったよ」
「え、そうなの?なんで?」
「君のせいだよ」
「え?私?あ、ごめん、友達なのに、遊びに行かなかったし、遊びに誘わなかったね」
(ああ、友達として、遊ぶって事も出来たよね。うーん、失敗)
「大丈夫だよ。今日、君と会って顔を見れたからね」
「よかった」
「でも、だからこそ、わかった事があるんだ。聞いてくれるかい?」
「うん」
ラインハルトは、ティルの正面に立つ。そして、まっすぐティルの目を見た。その視線は、熱のこもった物であった。ティルはそれに圧倒される。
「ラーナーさん、僕が、君を好きだっていう事、それがわかった夏休みだったよ」
「え」
ティルは、慄き、言葉が返せなくなる。ラインハルトは、一歩ティルに近寄り話を続けた。
「君は、僕を、友達としてしか見ていないだろうけれどね」
「友達、だよ」
(好きだよ!でもっ!!)
ラインハルトの目が、一気にかなしみに染まる。
「やっぱり。僕は、こう思ってる。君は、学級委員長が好きなようだってね」
「そ、それは、違うよ!」
「君は、優しいね。僕が傷つかないように、嘘を言ってくれて」
(嘘じゃないよ)
「大丈夫だよ。君が、誰を好きでも。僕は、君のその気持ちもまとめて全部守りたい」
ラインハルトの目は、ひとつひとつの単語を口に出す度に、強い意志に彩られていく。ティルの胸は、とくんと鳴った。
「あ、ありがとう」
(って、言葉合ってるのかな)
ラインハルトは、いつもの微笑みを浮かべ、こう言った。
「さぁ、帰ろうか」
「うん」
(ラインハルトくんの好き、欲しかった。私、嬉しいけど、凄く苦しいよ)




