57時間目:謝ったあとは
遠足の舞台である公園のあちこちから、楽しそうな児童達の声が響き始める。
(私も、皆と遊ばなくちゃ。だって、先生が言ってたし。遊んでる姿を先生に見せなきゃ)
ティルは未だ広場を彷徨っていた。
(でも、楽しくないのは、嫌だな。こんな気持ちになったのって、私がラインハルトくんに駄目な事言っちゃったからだよね)
そんなティルの目に、大きな樹木の下にいるラインハルトが映る。ラインハルトは太めで長い木の枝を剣のように振り回していた。
(ラインハルトくんも1人。皆と遊んでない)
遠目でラインハルトをいつかのように見つめ、ティルは棒立ちになる。
(うん。元はと言えば、私が悪いんだし、謝っちゃお!遠足、助けて!!)
意を決し、ラインハルトの元へとティルは行った。そして、木の幹相手に戦っているラインハルトの背中に声をかけた。
「マラブルくん」
ラインハルトは、木の枝を振る手を止め、一旦目を揺らした後、ティルを振り返る。
「ラーナーさん」
わずかな沈黙が、2人を包む。しかし、同時にティルとラインハルトの口から「ごめん」という言葉が出た。ティルもラインハルトもお互いの目を見て、再び沈黙する。その沈黙は、ティルが破った。
「あの、4月は、ごめん」
想定以上の緊張で、ティルの言葉は片言のようになる。ラインハルトの眼差しは硬かったが、わずかな柔らかさが宿り始める。その眼差しに力をもらい、ティルは言葉を続けた。
「あ、の、学級委員長の事ばっかり庇って、守ってくれてたマラブルくんにお礼も言わないで、私、駄目な人だって、ずっと思ってた」
「そうだったのかい」
ラインハルトは言葉を続けようとした様子だったが、ティルは更にラインハルトに話をした。
「あの時、私の事で、心配してくれてたマラブルくんが、私、心配だったの。だから、もう、心配しないでって言いたかったんだけど、言い方が駄目で、マラブルくんに嫌な思いさせちゃった。本当にごめん」
ラインハルトの目が伏せられる。
「僕は、なんて情けない男なんだろう」
「情けなくないよ!マラブルくん、優しいし、私の事、すっごく気にしててくれて、本当にありがとうって思ってたよ!」
辛そうにラインハルトの目は開かれた。
「そう言ってくれて、少し、勇気が出て来たよ。けれど、僕は、君があの時言った言葉を聞いて、理由がわからない苛立ちを感じてしまったんだ。そして、君の話を遮って、僕の言いたい事を君にぶつけてしまった。もう少し、君の話を聞いてやれば、君は、かなしい顔をしなくて済んだのに。僕は、僕はやっぱり情けない男だよ」
(かなしい顔、ラインハルトくんには、見られてたんだ)
「私の事、あれからずっと見てた?」
「見ては駄目だと思ったけど、ずっと、ずっと見てしまっていた。君は、とてもかなしそうな顔をしてたよ」
「私も、ずっとマラブルくんを見てた。どうして見ちゃうのか、私、わからなかったけど」
ティルとラインハルトの視線は、絡み合った。それから、ティルは笑う。
「なぁんだ。一緒だったんだね?」
「そう、みたいだね」
ラインハルトは、一歩ティルに近づき、言葉を続けた。
「今日、君と話が出来て、とても嬉しいよ。これからも、色々君と話をしたい。もし、君が嫌じゃなければ、また、こうやって会いたい」
「いいに決まってるよ!よろしくね?マラブルくん!!」
ようやくラインハルトの表情は、以前のように完全に柔らかいものに変わった。ティルは、それを受けて言った。
「あ、もうひとつ私達一緒だよね?」
「え?」
「私とマラブルくん、どっちも今まで1人だったよね?今から2人で遊ぼ!」
「君と?うん、いいね。何して遊ぼうか?」
(って、遊ぶ事決めてなかった!!)
「あ、考えてなかった」
ラインハルトは目をくしゃくしゃにして笑った。
「僕も、思いつかないよ」
「えー」
ふと、ティルはラインハルトの手に握られている枝を見る。
「そういえば、ここで何の遊びしてたの?」
「遊び、と言うか、戦闘訓練だよ。父の戦いを見て、やらなきゃと思って」
「そう。マラブルくんのお父さん、かっこよかったもんね!続けて!!あ、私、見学していい?」
「勿論!!」
それから、ラインハルトは木の幹相手に再び戦闘訓練を始めた。ティルは、剣筋のことは全くわからなかったが、木の枝と幹が小気味いい音を鳴らす度にラインハルトへ拍手を贈った。
それから、昼食の時間となる。特に集合はかけられず、教諭から拡声魔法にてめいめい食事をとるように呼びかけられた。それを受け、ティルは言った。
「一緒に、お昼食べよ!」
「そうだね」
しかし、そこでティルは、エリンから言われた例の言葉を思い出す。
「あ、クラスの人、誘ってさ」
「誰を誘おうか?」
「あの、私のお友達、エリンちゃんを誘いたいと思うんだけど」
「いいよ」
そうして、エリンを探し、声をかけた。
「エリンちゃん、お昼食べよ!」
「ティルちゃん、今までどこに行ってたの?」
「えっと、マラブルくんと遊んでた」
「えー、そうだったんだ。仲がいいね?」
ティルの胸が、とくんと鳴りかける。ティルは、それを振り切り言葉を返した。
「えっと、そうだね。その、マラブルくんとも一緒だけどいい?」
「いいよ?」
少し離れた所で待っていたラインハルトにティルは手を振り、エリンの同意が得られたと伝える。間もなくラインハルトが合流する。それから、3人で昼食を始めた。エリンは、荷物から昼食を出しながら尋ねてきた。
「ティルちゃん、マラブルくん、うちのパン食べる?」
「うん!」
「いいのかい?じゃあ、ご馳走になるよ」
それから、ティルとラインハルトはエリンと共にパンを食べ始める。その中でも、ラインハルトは、上品な所作でパンを食す。ティルはその所作に思わず見とれた。
(なんか、エリンちゃんの所のパンが、とっても高級なパンに見える)
パンを食べ終わったラインハルトは、エリンに言った。
「とても、美味しいパンだったよ」
「ありがとう!マラブルくん!!」
エリンは笑顔でそれに応えた。ティルも笑顔で言った。
「だよね?マラブルくん!」
「こんなに美味しいパンを食べられたのは、君がフレンツェルさんとのお昼に誘ってくれたおかげだね」
ラインハルトの微笑みがまっすぐにティルへと向けられた。ティルの胸は、とくんと鳴る。
(や、やだ、また、とくんって。で、でも、逃げちゃ変だよね?あ、う、とくんって、止めて!)
「よかったね!マラブルくん!!」
ティルは精一杯の平静を装いそう返した後、ほんのり頬を赤く染めながら持ってきた昼食を口に運び始める。ラインハルトやエリンもそれに続き、やがて食休みに入った。しばらくすると、エリンが言う。
「私、ティルちゃんと遊びたかった。ね、もうちょっとしたら、遊ばない?」
「うん」
ラインハルトは、微笑みながらそのやり取りを聞き、言った。
「君達は、仲がいいね?」
エリンがそれに答える。
「うん!幼稚園も一緒だったもん!」
「そうかい。僕には、そんな友達いないから、羨ましいよ」
「そうだったんだ。あ、私、友達になってあげる!ティルちゃんは?」
「私?うん!マラブルくんと友達!!」
「2人とも、ありがとう」
それから、ティルとエリンは、幼稚園でやっていたダンスを歌いながらラインハルトに披露した。ラインハルトは、優しい拍手をティルとエリンに贈った。
(今日は、ラインハルトくんに謝れて、そして、友達になれてよかった!)




