51時間目:長からの激励
春休み初日の午後2時。広場にはティルとハワードがいた。春めき始めた風が、2人の髪を撫でる。
「何だ?話とは」
「えっと、成績、やっと1位になったね?」
「そうだな。僕も、純粋に嬉しい。それに、僕個人としても初めて全教科満点をとれた」
「本当に?凄い!!」
ハワードは、首を傾げた。
「という話の為に、僕を呼んだのか?」
「ち、違うよ」
「なら、話せ」
(急に、話すのがこわくなった。けど、ここまで来たんだ。今から訊くよ?ハワードくん)
広場のベンチにティルは座った。ハワードはそれに続いて右隣に座る。ティルは唾をひとつ飲み、尋ねた。
「あの、『イテラリピティ』って言葉、知ってる?」
「イテラ?何だって?」
(あ)
「し、知らない?『イテラリピティ』」
「初めて聞く言葉だ。何だそれは?」
(ああ、ハワードくんは、仲間じゃなかった。ああ、初めてハワードくんに、イテラリピティの事言った時のように、私の頭、心配されて終わりだ。ああ)
ティルは、全身が凍るような感覚に陥っていく。
「な、なんでもない!今、私が作った言葉!!」
「いや、そんな言葉をここで作って君に何の得がある?」
(え、なんか、違う)
ハワードは眉間に皺を寄せながら言葉を続ける。
「作った言葉というのは、嘘なんだろう?」
「う、嘘。うん、嘘。ごめん」
ハワードのため息が響く。
「しかし、気になってしまうじゃないか。僕は、イテラなんとかという言葉の意味がわからない。どういう言葉なのか知りたい。説明してくれ」
ティルはうなだれる。
「誰も知らない言葉だよ」
(う、こうなったら、全部言っちゃえ!)
「時間が、ぐるぐるするの。何回も、何回も」
「は?」
「それなのに、皆、時間がぐるぐるしてるの、知らないんだ。ハワードくんは、知らないでしょ?私、ハワードくんと、10回初等部1年生やってるの」
「信じ、られない」
ハワードの絞り出すような声がティルに届く。
(やっぱり)
ティルは顔を上げる。精一杯の笑顔を作り、こう言った。
「あはは!私、頭おかしいの!!」
(だって、初めてイテラリピティの事ハワードくんに言った時、頭大丈夫か?って言われたもん!ここまで信じられない事言ったら、さすがに頭おかしいって思うよね?)
ハワードは、何度も首を横に振った。そして、笑顔を保つ事の出来ないティルにこう声をかけた。
「そう言うな。頭のおかしい人が、学級副委員長として、あんなに立派にクラスを引っ張っていける筈がない」
「え」
ハワードはティルをまっすぐ見つめる。
「その君の姿に、正直嫉妬していた僕もいた。だから、2年生になっても僕は、君と学級委員をしていきたいと思っていた」
「そう、なの?」
(ありがとう、ハワードくん。だけど、だけど、イテラリピティがそれをさせてくれないよ!)
ティルは、涙の気配を感じた。
「しかし、その何だ?時間がぐるぐる?」
「イテラリピティ、だよ」
「そのイテラリピティとやらにその夢を邪魔されるようだな」
「そう、だね」
再び、ティルはうなだれる。多少の沈黙の時間がティルとハワードに訪れた。その沈黙を破ったのは、ハワードだった。
「悔しいな。1年3組は、一番のクラスになったというのに、その話が本当なら、無かった事になる。僕は、悔しい」
「そんな事言われたら、私も悔しくなっちゃう」
「すまない」
即時のハワードの謝罪であった。
「ご、こめん。ハワードくんは悪くないよ」
「そうか。それで、君は?君は、イテラリピティとやらをどう思っている?」
ティルの涙は、決壊しそうになる。そんな涙を堪えたティルの短い声がハワードに届く。
「苦しい、よ」
「そうか」
同じく短く返されたハワードの言葉。
(ハワードくん、なんか、優しい。とっても優しい声。でも、止めてっ!泣いちゃう!!)
ティルは、思わずハワードに背を向ける。そして、叫ぶように言った。
「だって!イテラリピティは私を1人にするんだもん!!」
「そう、だったのか。確かに、そうなってしまうな」
ひと粒ひと粒、ティルは苦しみの雨を降らす。
「すまない、僕は君の苦しみをわかってやれない。しかし、僕は願おう。イテラリピティが来ない事を。来たとしても、君が少しでもいい方向にいく事を」
ティルは、感情の奔流の中、絞り出すように言った。
「ありがとう、ハワードくん」
「礼には及ばない。僕は、何もしていない」
ハワードは、ティルの背中をポンと一度叩き、立ち上がった。
「どちらになるか、わからないが、また会えるのは間違いないよな?」
「また、会える?」
「話を信じるに、僕と君は10回初等部1年生をやってるんだろう?2年生になるにしろ、11回目の初等部1年生になるにしろ、同じクラスになるんだろう?」
「そ、そうだね」
ハワードは、濡れたティルの目を覗き込みながら言った。
「だから、また、一学期に会おう」
「うん」
ティルが頷くのを見届けた後、ハワードは広場を立ち去った。一切振り向かず、右手を振りながら。
(ハワードくん、ありがとう)
ティルもハワードの背中が見えなくなった頃、家へと足を向けた。そして、帰宅するなり自室へと行き、遠足でもらった雛鳥の彫刻があしらわれた子供議員バッジを手に取った。
(また、会える、か。そうだね、そうだよね)




