49時間目:主役は年越し
エスパランタ1535年は、この日で終わる。
(今日のお祭りに、ハワードくん来るかなぁ?)
朝日を見上げながらティルは自室で着替えていた。
(って言うか、ハワードくん、何で試験の順位聞かせてくれなかったの?気になって、気になって仕方がなかったよ。うー、何で?)
ティルは1階に降りていく。そして、穏やかな声が響き合った。
「お父さん、おはよう」
「おはよう」
「おはよう、お母さん」
「おはよう」
「リノ、おはよう、リノ」
(リノは今日もかわいいけどね。関係ないけど)
それから朝食を経て、ティルはこの年最後の日を過ごし始める。ゆったり流れる時間。ティルは昼食の最中、思わずこんな声を漏らした。
「うー、早く夜にならないかなぁ?」
それを聞いたノエルは笑う。
「ティル、お祭りが楽しみなようね?」
「そうに違いないよ、ノエル」
「そ、そうかも」
そう言うと、ティルは優しい笑顔の両親を交互に見た。
それから、ティルは家の手伝いをしながら午後の時間を埋めた。やがて、外は暗くなっていく。お祭りに行くティルの為、両親は早めに夕飯の時間を設けてくれた。軽い食事を済ますと、ティルは出かける用意をする。
(ハワードくん、今日来るかなぁ?うーん、でも、来なくても、エリンちゃんとまたお祭りで遊べるし、きっと楽しくなるよね!)
ティルは玄関へ。グレゴリオとノエルは見送りに出た。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
ノエルの声を背にティルは歩き出す。その背中に、グレゴリオの声が小さく追いかける。
「僕らは、花火だけ見よう?」
「そうね、リノも」
(あ、リノ、花火で泣いちゃわないといいけど。ちょっと心配)
それから、ティルはお祭りが開かれる広場に着く。広場では、きらびやかな出店があったり、盛大な舞台での見世物が催されていたりしていた。そこには、もう既にエリンがいた。
「ティルちゃん!」
「エリンちゃん!」
エリンの傍らには父親のユリウスと母親のエマヌエーラ。エリンの他にもちらほら1年3組のクラスメイトの姿も見えた。また、その中でもエリンのように家族全員でお祭りに来ていたクラスメイトもいた。しばらくすると、ラインハルト、フェリシアも来る。クラスの半分が集まった頃、ティルは、集まったクラスメイト全員に声をかけようとした。
(あっ)
そんなティルの目に、ハワードが映った。傍らには、父親のクロードと母親と思われる大人の女性がいた。
「ハワードくん!」
「随分、集まったようだな」
「来てくれて、嬉しい!皆、今日は楽しもうね!!」
それから、集団で児童達はお祭りの屋台などで遊び始める。そんな中、クロードがティルに話しかけてきた。
「確か、君はティルちゃんって言ったね?」
「は、はい」
立ち止まるティル。そんなティルを見下ろし、クロードは言う。
「息子のハワードを学級副委員長として支えてくれて、ありがとう」
「えっと、私も、助けてもらってます」
「ところで、お祭りに来れるくらい、体は良くなったようだね?」
「えっ?」
「息子から相談を受けた時は、なんて勇敢なお姉ちゃんだと思ったよ」
「そ、そうですか?」
そのやり取りをハワードは近くで聞き、思いきりティルから視線を外した。クロードは引き続きティルに言葉をかける。
「これからも、ずっと、息子をよろしくね?ティルちゃん」
「はい!」
クロードは、ティルに微笑みを見せた後、隣の妻にこう言って立ち去る。
「ハリエット、さて、皆さんに声をかけてこよう」
「ええ、クロード」
そう返事したハリエットは、ハワードに声をかける。
「かわいらしい右腕ちゃんと、遊んでらっしゃい。お父さんは、ちょっとお仕事するからね」
「はい、母上」
更に、ハリエットはティルにも声をかけてきた。
「ティルちゃん、息子をお祭りに誘ってくれてありがとう。主人も言ってたけど、私からもお願いするわ。息子をよろしくね?」
「はい!!」
ティルの返事を聞き届けた後、ハリエットはその場から離れ、クロードを追いかけて行った。一方、ティルは、ハワードに話しかける。
「ハワードくん、遊ぼ!」
「あ、ああ」
ティルは、ハワードの返事を聞きながら周囲を見た。
「って、皆いない!探そう!!」
「そう慌てるな。同じ所にいるんだ。また会うだろう」
「あ、そうだね」
そうハワードとやり取りしたティルの視線の先で、クロードはお祭りに来ている大人達と次々に握手をし始めた。そんなクロードの傍らで、ハリエットは華やかな笑顔を浮かべていた。
(ハワードくんのお父さん、お仕事頑張って!そして、ハワードくんのお母さんも!)
少しの間、ティルはクロードの握手を見ていたが、ハワードのさびしそうな短い笑い声を聞く。
「ハワードくん?」
「学級委員長だ。学級副委員長」
「えー?ここは学校じゃないよ?それに、ティルって呼んでよ」
「うっ、それは、そうだが。ら、ラーナーさん」
「ラーナーさんかぁ。ま、それでもいっか!」
ハワードは、ティルから逃げるように歩き始める。それにティルはついて行った。
(あー、何で笑ったのか、訊けなかった。けど、訊いても、答えてくれなさそう。うー、それより、別の事言おう。というか、言わなきゃ)
そして、追いつきこう言った。
「ハワードくん、私の体がおかしかった時に、お父さんに相談してくれてたんだね?ありがとう!」
「まさか、父から言われてしまうとは思わなかった。まぁ、色々勉強になった。あの方法は、父と議論して導き出したんだ」
「そうなんだ!凄い!!」
それから間もなく、とある屋台がティルの目に入った。
「ハワードくん、ちょっとここで待ってて?」
「は?」
ティルは、駆け出して行った。そして、すぐにティルはハワードの元に戻った。
「ハワードくん、これあげる!小麦揚げ!!」
「何で?」
「色々、お礼だよ」
「ま、まぁ、もらっておく」
紙に包まれた小麦揚げのぬくもりが、ティルからハワードに渡る。
「ね、食べよ。夕飯早かったからお腹空いちゃった」
「そうか」
ハワードは、小麦揚げの包みを開ける。
「クリームの小麦揚げ?久しぶりだ」
「え?いつも何味食べてるの?果物?青のり?」
「青のりだ」
「えー、あれ、大人のじゃん。私は食べた事ないなぁ。美味しいの?」
ハワードは、一旦沈黙した。ティルが首を傾げている間に、ハワードは歯切れの悪い返答をし始める。
「まぁ、その、なんだ、僕が食べなければならない味のような気がして」
「えー?無理して青のりの小麦揚げ食べてるの?ハワードくんは、ハワードくんの好きなの食べればいいのに」
「う。この話は、忘れてくれ」
「そう。ま、食べよ!」
ティルとハワードは小麦揚げを口にする。小麦揚げのカリッとした食感は、やがてもちもち感を増していく。上に乗った生クリームの甘さがそれに混じり、気分を高揚させる。ティルは、隣で小麦揚げを咀嚼するハワードのほころぶ顔をチラと見た。
(ハワードくん。うん、やっぱり、クリームの小麦揚げ美味しいよね?うーん、青のり以外は食べさせてもらってないのかな?)
やがて、ティルとハワードは小麦揚げを食べ終わる。ハワードは言った。
「美味しかった。恩に着る」
「よかった!」
再び、ティルとハワードは歩き始める。ティルは、歩き始めてすぐにこう声を上げた。
「そうだ!二学期の試験の順位、三学期の始業式の日に訊きに行けばいいんだ!!」
ハワードは、ティルを凝視する。そして、ため息をひとつついた。
「どうしても知りたいようだな」
「え?」
「やっぱり、言っておこう。残念だが、また5組が1位、3組が2位だ」
「えー?何で知ってるの?え、もしかして、あの時!」
「そうだ。また悪い結果で君がしょぼくれると思ったから、僕1人でオリーン先生に聞きに行ったんだ」
「そ、そうなの」
ティルは、うなだれそうになるのを耐えた。ハワードは、軽く短い笑い声をティルに聞かせた後、こう言った。
「まぁ、1つだけ朗報だ。点数は、一学期より上がったんだ。5組も同じように上がったから、順位が変わらなかっただけだ」
「うー、なら、よかった」
「ま、あと1回ある。また1位を目指すと言うのなら、頑張りどころだな」
「そ、そうだね」
ふと、ティルがハワードから視線を外すと、クラスメイトの集団が見えた。ティルは言った。
「本当だね!皆に会えた!!」
「だろう?」
ティルはクラスメイトの元へと駆け出した。ハワードは、それを見ながらゆっくり歩き、再び1年3組の児童達は親も含めて集結した。やがてクロードとハリエットも合流し、それから日付が変わるまで集団は祭りを思う存分楽しんだ。
15分をかけて上がり続ける大輪の花火が、エスパランタ1536年を告げる。それから、1年3組の集団は解散し、それぞれの家々に帰って行った。




