46時間目:壊れた体
リノが無事誕生したのは喜ばしい事ではあるが、ティルは無理をした為、体力が戻らず、産科医院の計らいで、ノエルとリノの2人と共に入院する事になった。ティルはその日、力の入らない声で呟いた。
「お父さん、お家で1人だね。大丈夫かな?」
同室のノエルが厳しい声でそれに返した。
「こら、今ティルは大変なんだから、自分の事だけ心配しなさい。グレゴリオは大丈夫よ」
「うん」
鉛のように重い体でティルは短く返した。それを聞き届けると、ノエルは一転優しい声をティルにかける。
「でも、本当にありがとう、ティル。ティルが頑張ってくれたから、私も頑張ってこの子を産めたわ」
(よかった。お母さん、リノ。でも、喋れないよ。体、おかしいよ)
病室は、静まり返る。ティルにとって適切な大きさの寝床がなかった事から、大人用の寝床が宛てがわれた。そんな寝床に横たわりながら、ノエルの隣に寝かされ光るリノをティルは見つめた。
(リノ、かわいい。けど、近くに行けないよ)
それから、数日後。ティル、ノエル、リノの退院の日となる。グレゴリオが病室に迎えに来た。
「ノエル、ティル、皆で帰ろうね?」
「うん、お父さん」
「そうね、グレゴリオ」
手続き等を済ませた後、ティルは、ノエル、リノと共にグレゴリオの瞬間移動にて帰宅した。ノエルは開口一番にこう言った。
「ティル、部屋で休んできなさい。まだ体、辛いでしょ?」
(つ、辛いけど、リノと離れたくないよ)
「大丈夫!もう元気だから!!」
ティルは、精一杯の元気を装った。グレゴリオがそれに返した。
「そうならいいけど、無理は駄目だよ?ティル」
「うん!」
それを聞き届けたグレゴリオは、気持ちを切り替えて言った。
「さて、この子の名前を決めようか」
すると、ノエルは言った。
「リノにしよう?グレゴリオ」
(えっ、リノにすぐ決まった)
「いい名前だね?リノって。それにしよう」
「ティルが病室で寝てる時に、何度も言ってたのよ」
「そうだったのかい」
(えっ、寝てる時?やばっ)
ノエルは微笑んでティルを見つめた。
「ティル、この子の名前、決めてたのね?」
「う、うん!」
そうして、ラーナー家は、4人家族として歩みを始める。しかし、ティルの体調は優れなかった。グレゴリオとノエルに心配をかけまいと、ティルは懸命に「いつものティル」を演じた。
(リノ、こうやって光るリノを見てるの、凄く嬉しいのに、変な体が邪魔する)
朝は決まって寝坊し、夜は寝床に入った瞬間に夢の世界へと旅立ってしまう。
9月。そんな夏休みは終わりを告げ、二学期の始業式の日が来た。ティルは、寝坊をしそうな自分を振り切り、両親から逃げるように登校して行く。
「いってきます!」
「いってらっしゃい、気をつけてね?」
「うん!」
動く歩道への道が遠く感じた。しかし、懸命に辿り着いて動く歩道に乗る。その後、ティルはぼうっとしてしまう。
(駄目。なんか、駄目)
体を引きずるようにして登校を果たし、ティルは自らの席に着く。深くため息をついたティルに、右斜め前から声がかけられる。
「学校副委員長、どうした?二学期が嫌か?」
「えっ!嫌なわけないよ!!」
「なら、いい。また、あくびのティル・ラーナーに逆戻りしたのかと思った」
「あ、そうなの。違うよ、学級委員長。二学期もよろしくね?」
「よろしく頼む」
(ハワードくん、なんか、甘えたくなっちゃった。けど、迷惑だよね?)
それから、日を追うごとに、緩やかにティルの体調は良くなっていくが、辛いのは変わらない。そんなある日、ハワードが放課後声をかけた。
「学級副委員長、いや、ラーナーさん」
「へ?」
「二学期に入ってから君は変だ」
「えっ!変?き、気のせいだよ!!」
「気のせい?このクラスの中で、僕とマラブルくんが変と感じたのは間違いだと言うのか?」
「ら、ラインハルトくんっ?」
ティルの「無理の鎧」が剥がれる。床にへたり込んでしまった。
「あ、あ、ごめん、何もないのに転んじゃった」
「そんな訳ないだろう?まったく、君は僕に恥をかかせた」
「え?」
「マラブルくんに言われるまで気づかなかった。君が変だと。僕の右腕となっている人の不調に気づかないなんて、まったくもって恥ずかしい」
ティルは、自らの涙が目に溜まるのを自覚した。落涙を耐えながら、体調不良になった原因を話した。
「弟くん、それはめでたいな。しかし、君は間違ったな」
「え」
「近くの家の大人に頼ろうとしなかった。それへのしっぺ返しだろうな。その不調は」
「あ」
(そうだ、そんなやり方もあったね)
遂に、ティルは落涙する。その涙を直視できず、ハワードは目を逸らした。その視線のまま、提案した。
「まあ、終わった事は終わった事。これからどうするかだ。しばらく学校を休んだらどうだ?」
「学校、休んだら、お父さんとお母さんに心配かける。リノのお世話が大変なのに」
「言ってる場合か」
「けど」
ハワードは深いため息をつく。
「僕とマラブルくんには心配かけていいのか」
「あっ、ごめん」
「一晩だけ時間をくれ。学級委員長として僕が出来る事を考えてくる」
「そんな」
「明日、どうせ無理して学校来るんだろう?待ってろ」
「う、うん」
そう返事したティルの目は乾いていた。
翌日、ティルが登校すると、ハワードは席にいなかった。
「まだ、ハワードくん来てない?」
一時期と比べたら軽くはなったが、「あの日」以前よりはまだ重い体をティルは自らの席に預ける。しばらくすると、ハワードはモニカと共に瞬間移動にて教室に入って来た。ハワードは無言で席に着く。一方、モニカはこの日の挨拶を始める。
「皆さん、おはようございます」
「おはようございます」
ティルは、他の児童達と共に挨拶を返した。それを聞き届けたモニカは、言葉を続ける。
「今日からしばらくこのクラス、1人減ります」
動揺が教室を包む。
「学級副委員長のティル・ラーナーさん、事情があって今日から保健室に登校になります」
「え」
ティルの短い反応の後、ハワードが立ち上がる。
「納得いかないだろうけれど、事情は訊かないでくれ。学級副委員長がこの教室からしばらくいなくなるが、学級委員長の僕がいるから安心してくれ」
ラインハルトが微笑み頷く中、クラスの動揺は収まる。そして、朝の会が終わると、モニカがティルの元へ。
「さ、ラーナーさん。鞄を持ってください」
「は、はい」
すると、モニカはティルを瞬間移動で保健室に連れて行った。
「ラーナーさん、事情はフリーダーさんから聞きました。本当は親御さんに話して欲しいです。けれど、それに抵抗があるようですから、ここで体調を取り戻してください」
「ありがとうございます」
そう返事したティルは、早速寝かされた。
「あ、あの、ハワードくん、学級委員長と話、したいです」
「なら、休み時間にここに来るように言っておきます」
それから、1時間目の授業の後、休み時間にティルを訪ねて来たクラスメイトがいた。
「ティルちゃん、大丈夫?」
「心配かけてごめんね?エリンちゃん」
横たわるティルは、エリンとそれから話をした。2時間目が始まった事から、エリンは教室に戻っていった。
(なんか、大ごとになっちゃったなぁ)
2時間目が終わった。すると、ハワードが来た。
「何だ?話とは」
「ありがとう。保健室に登校する事、先生に言ってくれて」
「こうするしかなかった」
「そう。でも、大ごとになっちゃった」
「それは、素直に親に体の事を言わない罰だろうな」
「そう?そうだね」
「ま、一刻も早く教室に登校出来るように、頑張れよ」
「わかった。本当にありがとう」
それから、ティルは毎日保健室に登校し、体調を見て自主勉強をする日々を過ごす事になった。




